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一回目 (過去)
118.恨む余裕
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「聞いていたからそう思いました。
ハリーより劣悪な環境で生きてきた人を知っています。暴言と暴力に加えて食事もなく何度も毒を盛られていました。家に閉じ込められて一日中働かされていました。
それでもその人は真っ直ぐ生きています。何故真っ直ぐに生きていけるのか不思議だと思うほど真っ直ぐで。
本人に聞いたことがあるんです。そうしたら、覚えていたら生きていけないから恨みを持つ余裕もなかったんだと思う。酷いとか狡いとか少しでも思ったら多分壊れてただろうと話してくれて。
ハリーには友達がいて側で支えてくれているのですから、救いはあったと言う事ではないでしょうか」
「恨む余裕⋯⋯」
「その話を聞くまで恨みを持てないほど追い詰められている人がいると思ってもいませんでした」
「その人って今どうしているんですか?」
「⋯⋯危険はまだ去っていないです。その中でも自分にできる事を探して必死に頑張っておられます」
「その人と話してみたいです。そしたらハリーも変われるかも」
「それはどうでしょうか。あの人は不幸自慢がお好きではありませんし、自己憐憫ができない方なので今のハリーは共感できないと思います。
それに、あの方にとってハリーと知り合う事になんのメリットもありません」
ナスタリア神父はその人の事を尊敬しているのだろう。そしてよく似た境遇で全く違う考え方を持ち行動をするハリーに対して忌避感を持っているのだと思った。
(俺がハリーを甘やかし過ぎたのかな)
腹筋が終わったハリーがひとりポツンと寝転んでいた。
「なんでもするって言ったよな」
「ああ、殴るなり蹴るなり好きにしろよ」
「そう言うのは趣味じゃねえ、この書類にサインしろ」
ナザエル枢機卿がテーブルに置いたのは領主の権限を全て委託すると記された委任状だった。
「なんだよそれ。字が読めねえって知ってんだろ?」
ハリーは不貞腐れて横を向いた。
「簡単な話だ。お前は領主としてやる気もなけりゃ能力もない。だがこんな領地なんかじゃ買ってくれる奴を見つけるのは時間がかかる。
そこでこれだ」
ナザエル枢機卿がトントンと指で書類を叩いた。
「まともな奴に預かってもらう。これにサインした時点でお前は領地に関する全ての責任から逃れられる。だが、領主としてのメリットもなくなる」
「意味がわかんねえ」
ハリーが俯いていつになく頼りなげに小声で呟いた。
「爵位とこの領地や屋敷、屋敷の中の物を売れないって事だ。で、生活費は自分で働け」
「⋯⋯いい事一つもねえじゃん。俺っていつも損するばっかだよ。領主になれたと思ったらなんもなくて、残ったもんも取り上げられる」
「責任がなくなって気楽になるんだ。それで十分いい事だろうがよ。
金があろうがなかろうがお前が背負ってるはずの責任は山のようにあるんだ。今はそれを放り投げてるだけでな。
子供達のことが良い例だ。それ以外にも街で喧嘩が起き、ならず者が暴れてる、違法な賭けが行われてる⋯⋯ちょっと考えただけでもいくらでも出て来るぜ。
それから、税を払えって言われた時どうすんだ? 金がないから知らんは通用せんからな。
それに取り上げるのは勝手にする権利だけで、なくなるわけじゃない」
ハリーの頭ではナザエル枢機卿の話は半分もわからなかった。爵位と領地を継ぐ権利があると言われた時、貴族になって楽に生きていけるって事だとしか思っていなかった。
『豪華な家に住んで使用人を使って美味しい飯を食うんだ!』
「責任があるとか誰も教えてくんねえし、知るかってんだ。屋敷取り上げられたらどこに住むんだよ⋯⋯⋯⋯ネイサン、どう思う? 俺難しいことなんてわかんねえ」
「領地の事を責任持って頑張るって言うんなら俺も手伝うからサインはするな。で、頑張るのが嫌ならサインしたらいい」
「⋯⋯ならサインする。はぁ⋯⋯好きにしろよ、どうせ俺みたいな奴にはなんもできねえしな」
なれない手つきでハリーがサインをした。
「ナスタリア神父、後は任せる」
「わかりました。丸投げはナザエル枢機卿の得意技ですから。
さてハリー、食事をしながら色々話を聞かせていただきます」
ナザエル枢機卿が書類を手に立ち上がり、代わりにナスタリア神父が席に座って事情聴取がはじまった。
大きな肉の塊がハリー達の口を滑らかに開かせ、屋敷から売り払った物の情報や半年の間に起きた事など全て丸裸にされた。
馬を飛ばしたナザエル枢機卿はグレイソンに会いに来た。
「なんだ? またなんかあったのか?」
「あった、ある意味ウスベルの一大事⋯⋯かもしれん」
「物騒だな、聞こうじゃねえか」
ハリーより劣悪な環境で生きてきた人を知っています。暴言と暴力に加えて食事もなく何度も毒を盛られていました。家に閉じ込められて一日中働かされていました。
それでもその人は真っ直ぐ生きています。何故真っ直ぐに生きていけるのか不思議だと思うほど真っ直ぐで。
本人に聞いたことがあるんです。そうしたら、覚えていたら生きていけないから恨みを持つ余裕もなかったんだと思う。酷いとか狡いとか少しでも思ったら多分壊れてただろうと話してくれて。
ハリーには友達がいて側で支えてくれているのですから、救いはあったと言う事ではないでしょうか」
「恨む余裕⋯⋯」
「その話を聞くまで恨みを持てないほど追い詰められている人がいると思ってもいませんでした」
「その人って今どうしているんですか?」
「⋯⋯危険はまだ去っていないです。その中でも自分にできる事を探して必死に頑張っておられます」
「その人と話してみたいです。そしたらハリーも変われるかも」
「それはどうでしょうか。あの人は不幸自慢がお好きではありませんし、自己憐憫ができない方なので今のハリーは共感できないと思います。
それに、あの方にとってハリーと知り合う事になんのメリットもありません」
ナスタリア神父はその人の事を尊敬しているのだろう。そしてよく似た境遇で全く違う考え方を持ち行動をするハリーに対して忌避感を持っているのだと思った。
(俺がハリーを甘やかし過ぎたのかな)
腹筋が終わったハリーがひとりポツンと寝転んでいた。
「なんでもするって言ったよな」
「ああ、殴るなり蹴るなり好きにしろよ」
「そう言うのは趣味じゃねえ、この書類にサインしろ」
ナザエル枢機卿がテーブルに置いたのは領主の権限を全て委託すると記された委任状だった。
「なんだよそれ。字が読めねえって知ってんだろ?」
ハリーは不貞腐れて横を向いた。
「簡単な話だ。お前は領主としてやる気もなけりゃ能力もない。だがこんな領地なんかじゃ買ってくれる奴を見つけるのは時間がかかる。
そこでこれだ」
ナザエル枢機卿がトントンと指で書類を叩いた。
「まともな奴に預かってもらう。これにサインした時点でお前は領地に関する全ての責任から逃れられる。だが、領主としてのメリットもなくなる」
「意味がわかんねえ」
ハリーが俯いていつになく頼りなげに小声で呟いた。
「爵位とこの領地や屋敷、屋敷の中の物を売れないって事だ。で、生活費は自分で働け」
「⋯⋯いい事一つもねえじゃん。俺っていつも損するばっかだよ。領主になれたと思ったらなんもなくて、残ったもんも取り上げられる」
「責任がなくなって気楽になるんだ。それで十分いい事だろうがよ。
金があろうがなかろうがお前が背負ってるはずの責任は山のようにあるんだ。今はそれを放り投げてるだけでな。
子供達のことが良い例だ。それ以外にも街で喧嘩が起き、ならず者が暴れてる、違法な賭けが行われてる⋯⋯ちょっと考えただけでもいくらでも出て来るぜ。
それから、税を払えって言われた時どうすんだ? 金がないから知らんは通用せんからな。
それに取り上げるのは勝手にする権利だけで、なくなるわけじゃない」
ハリーの頭ではナザエル枢機卿の話は半分もわからなかった。爵位と領地を継ぐ権利があると言われた時、貴族になって楽に生きていけるって事だとしか思っていなかった。
『豪華な家に住んで使用人を使って美味しい飯を食うんだ!』
「責任があるとか誰も教えてくんねえし、知るかってんだ。屋敷取り上げられたらどこに住むんだよ⋯⋯⋯⋯ネイサン、どう思う? 俺難しいことなんてわかんねえ」
「領地の事を責任持って頑張るって言うんなら俺も手伝うからサインはするな。で、頑張るのが嫌ならサインしたらいい」
「⋯⋯ならサインする。はぁ⋯⋯好きにしろよ、どうせ俺みたいな奴にはなんもできねえしな」
なれない手つきでハリーがサインをした。
「ナスタリア神父、後は任せる」
「わかりました。丸投げはナザエル枢機卿の得意技ですから。
さてハリー、食事をしながら色々話を聞かせていただきます」
ナザエル枢機卿が書類を手に立ち上がり、代わりにナスタリア神父が席に座って事情聴取がはじまった。
大きな肉の塊がハリー達の口を滑らかに開かせ、屋敷から売り払った物の情報や半年の間に起きた事など全て丸裸にされた。
馬を飛ばしたナザエル枢機卿はグレイソンに会いに来た。
「なんだ? またなんかあったのか?」
「あった、ある意味ウスベルの一大事⋯⋯かもしれん」
「物騒だな、聞こうじゃねえか」
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