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ep.29
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「リリアーナ! 今日の御機嫌はいかがかな」
「クリスお兄様、プレゼントはもう十分頂きましたから、これ以上はやめてくださいませとお願い申し上げましたよね?」
クリストファーは毎日のように何かしらリリアーナに贈り物を持ってきていた。
アルバートとウェルスナー宰相のクーデターにより、逃げるようにシーランス王国に来たリリアーナは、着替えの一つも持っていなかった。
これも必要だろう、あれがないと不便じゃないかとアクセサリーや小物を見繕ってくる。
ドレスはもちろん、必需品は侍女が揃えてくれているので十分に足りていますと言うと、今度は花を届けるようになった。
小さな花瓶に収まる程度ならよかったが、クリストファーの贈り物は腕に抱えきれないほどの大きな花束だ。あっという間に部屋が花で埋まってしまった。
もう飾るところがないと言うと、その次はお菓子や珍しい果物などを持参するようになった。
甘いものは大好きだし、どの食べ物もほっぺたが落ちそうになるほど美味しいのだが、こんなに甘味ばかり食べてばかりいては太ってしまう。
「まあ、そう言うな。今日のは特別にロチェスターから取り寄せたものなんだ。きっと気に入ると思うんだが」
「わぁ! それは楽しみです!」
クリストファーは青春時代をロチェスターで過ごしている。ディランや同級生らとこっそりアカデミーの寮を抜け出しては、食べ歩きをしていたらしい。街に出られなかったリリアーナよりもずっと王都の店や名物には詳しいのだ。
「入ってくれ」
クリストファーに促されて、扉の向こうから現れたのは、黒髪の男性だった。
「……ラス?」
息が止まるほどの驚きで言葉が継げない。リリアーナは大きな瞳を瞬かせると、そのまま身体を硬直させた。
「本当だったら僕がリリアーナのためにやるはずだったことを、十年間も奪った男の顔を見てやろうと思ってね。ちょっとディランに言って呼び寄せたんだ」
クリストファーはライアスの肩に自分の肘をのせ、下から顔を覗き込みながら「なあっ?」と強引に同意を求める。
ライアスは他国の王太子に絡まれて、どう反応したらいいものかわからないようだ。目線をふらふらと彷徨わせている。こんなにも居心地の悪そうにしているところは、子供のころからでも一度も見たことがない。
ぐいぐいと迫る実兄と、狼狽える義兄。ふたりの兄が並んで立っている光景に、何故だかおかしくなってリリアーナは声を立てて笑ってしまった。
エールは腕を組みながら、はーっとわざとらしく大きなため息をついた。
「まったく。我が国の王太子殿下は素直じゃないですね。可愛くてたまらない妹を喜ばせたかったと、正直に言えばいいでしょうに」
「黙れ、エール」
クリストファーは睨みつけるが、エールはどこ吹く風だ。
「それより、我々は退散いたしましょう」
エールは、クリストファーの肩を掴み、むりやり方向転換させると、背中をぐいぐい扉に向かって押してゆく。
「おい! 何をするんだ!」
「リリアーナ姫、お義兄様とどうぞごゆっくりお過ごしください。積もる話もおありでしょう。こっちの兄は私がしっかり見張っていますからご安心を」
エールは首だけ振り向くと、そのままクリストファーを押しながら部屋を出ていった。
「まだ、ろくにリリアーナと話してないのに!」
「それは公務が終わったらどうぞ。勝手に仕事を抜け出してきた殿下のサインを待ち望む行政官たちが、今頃きっと執務室で列を作っていますよ」
ばたんと音を立てて扉が閉まる。
壁越しのクリストファーの抗議の声はだんだんと遠ざかり、やがて聞こえなくなった。
「……本物のラスなのね」
名前を呼ぶ声が喜びで震える。こうして会えることを何度、夢に見ただろうか。
黒曜石の瞳には、今にも泣きだしそうなリリアーナの顔が映し出されている。
「士官学校を卒業するまで会えないのだと思っていたのに」
「俺はそのつもりだったんだ。だが、先週、急にディラン王太子殿下から呼び出されてね。自分は立太子の儀式で忙しいから、名代で隣国の姫君に挨拶をしてこいと命令されたんだ。騎士たるもの、国家国民のために外交に尽力しろと言われたら従うしかない」
ディランがしれっとした顔で淡々と命令する姿が目に浮かんだ。
「ディラン殿下には感謝だわ」
嬉し涙が一筋、滑らかな白い肌を伝う。
「リリは……本当にきれいなった」
他国の王族に比べたら慎ましいとはいえ、王女の嗜みとしてそれなりの高級品を身に着けている。侍女たちに肌や髪を磨かれ、化粧を施され、ドレスを身にまとったリリアーナは、使用人の養女だったころとは明らかに変わっているだろう。
「ううん。わたしはわたしのままよ。着ている服が違っても、ラスを好きな気持ちは少しも変わらないわ」
今すぐにでも抱き着きたかった。あの胸に飛び込んで優しく包まれて、温もりを感じたかった。
リリアーナはライアスの方へ歩み寄る。
ライアスも手を伸ばすが、わずかに宙をさまようとそのまま下ろした。黒い瞳には躊躇が見て取れる。
悲しいが、今のお互いの立場を考えたら、こうなるのも仕方がない。
暗い雰囲気を払拭するために、リリアーナは笑顔を作って話題を変えた。
「ね、ラスは何日くらいここに滞在できるの?」
「次の船に乗せてもらうことになっている。三日後には帰るよ」
「え、そんな。たったそれだけしか居られないの?」
「ああ。士官学校に戻らなければならないから」
「……そうよね、仕方ないわよね」
それならせめて有意義に過ごしたい。
「では、シーランスの王女として、ロチェスターからの使者をもてなさせてもらうわ。両国の友好のために新王太子殿下に良い報告をしていただかなければならないもの。なにか希望はあるかしら?」
「そうだな。街を見てみたい」
「では、城下町を案内するわね」
すぐに馬車の用意をさせると、目抜き通りへと繰り出した。
「クリスお兄様、プレゼントはもう十分頂きましたから、これ以上はやめてくださいませとお願い申し上げましたよね?」
クリストファーは毎日のように何かしらリリアーナに贈り物を持ってきていた。
アルバートとウェルスナー宰相のクーデターにより、逃げるようにシーランス王国に来たリリアーナは、着替えの一つも持っていなかった。
これも必要だろう、あれがないと不便じゃないかとアクセサリーや小物を見繕ってくる。
ドレスはもちろん、必需品は侍女が揃えてくれているので十分に足りていますと言うと、今度は花を届けるようになった。
小さな花瓶に収まる程度ならよかったが、クリストファーの贈り物は腕に抱えきれないほどの大きな花束だ。あっという間に部屋が花で埋まってしまった。
もう飾るところがないと言うと、その次はお菓子や珍しい果物などを持参するようになった。
甘いものは大好きだし、どの食べ物もほっぺたが落ちそうになるほど美味しいのだが、こんなに甘味ばかり食べてばかりいては太ってしまう。
「まあ、そう言うな。今日のは特別にロチェスターから取り寄せたものなんだ。きっと気に入ると思うんだが」
「わぁ! それは楽しみです!」
クリストファーは青春時代をロチェスターで過ごしている。ディランや同級生らとこっそりアカデミーの寮を抜け出しては、食べ歩きをしていたらしい。街に出られなかったリリアーナよりもずっと王都の店や名物には詳しいのだ。
「入ってくれ」
クリストファーに促されて、扉の向こうから現れたのは、黒髪の男性だった。
「……ラス?」
息が止まるほどの驚きで言葉が継げない。リリアーナは大きな瞳を瞬かせると、そのまま身体を硬直させた。
「本当だったら僕がリリアーナのためにやるはずだったことを、十年間も奪った男の顔を見てやろうと思ってね。ちょっとディランに言って呼び寄せたんだ」
クリストファーはライアスの肩に自分の肘をのせ、下から顔を覗き込みながら「なあっ?」と強引に同意を求める。
ライアスは他国の王太子に絡まれて、どう反応したらいいものかわからないようだ。目線をふらふらと彷徨わせている。こんなにも居心地の悪そうにしているところは、子供のころからでも一度も見たことがない。
ぐいぐいと迫る実兄と、狼狽える義兄。ふたりの兄が並んで立っている光景に、何故だかおかしくなってリリアーナは声を立てて笑ってしまった。
エールは腕を組みながら、はーっとわざとらしく大きなため息をついた。
「まったく。我が国の王太子殿下は素直じゃないですね。可愛くてたまらない妹を喜ばせたかったと、正直に言えばいいでしょうに」
「黙れ、エール」
クリストファーは睨みつけるが、エールはどこ吹く風だ。
「それより、我々は退散いたしましょう」
エールは、クリストファーの肩を掴み、むりやり方向転換させると、背中をぐいぐい扉に向かって押してゆく。
「おい! 何をするんだ!」
「リリアーナ姫、お義兄様とどうぞごゆっくりお過ごしください。積もる話もおありでしょう。こっちの兄は私がしっかり見張っていますからご安心を」
エールは首だけ振り向くと、そのままクリストファーを押しながら部屋を出ていった。
「まだ、ろくにリリアーナと話してないのに!」
「それは公務が終わったらどうぞ。勝手に仕事を抜け出してきた殿下のサインを待ち望む行政官たちが、今頃きっと執務室で列を作っていますよ」
ばたんと音を立てて扉が閉まる。
壁越しのクリストファーの抗議の声はだんだんと遠ざかり、やがて聞こえなくなった。
「……本物のラスなのね」
名前を呼ぶ声が喜びで震える。こうして会えることを何度、夢に見ただろうか。
黒曜石の瞳には、今にも泣きだしそうなリリアーナの顔が映し出されている。
「士官学校を卒業するまで会えないのだと思っていたのに」
「俺はそのつもりだったんだ。だが、先週、急にディラン王太子殿下から呼び出されてね。自分は立太子の儀式で忙しいから、名代で隣国の姫君に挨拶をしてこいと命令されたんだ。騎士たるもの、国家国民のために外交に尽力しろと言われたら従うしかない」
ディランがしれっとした顔で淡々と命令する姿が目に浮かんだ。
「ディラン殿下には感謝だわ」
嬉し涙が一筋、滑らかな白い肌を伝う。
「リリは……本当にきれいなった」
他国の王族に比べたら慎ましいとはいえ、王女の嗜みとしてそれなりの高級品を身に着けている。侍女たちに肌や髪を磨かれ、化粧を施され、ドレスを身にまとったリリアーナは、使用人の養女だったころとは明らかに変わっているだろう。
「ううん。わたしはわたしのままよ。着ている服が違っても、ラスを好きな気持ちは少しも変わらないわ」
今すぐにでも抱き着きたかった。あの胸に飛び込んで優しく包まれて、温もりを感じたかった。
リリアーナはライアスの方へ歩み寄る。
ライアスも手を伸ばすが、わずかに宙をさまようとそのまま下ろした。黒い瞳には躊躇が見て取れる。
悲しいが、今のお互いの立場を考えたら、こうなるのも仕方がない。
暗い雰囲気を払拭するために、リリアーナは笑顔を作って話題を変えた。
「ね、ラスは何日くらいここに滞在できるの?」
「次の船に乗せてもらうことになっている。三日後には帰るよ」
「え、そんな。たったそれだけしか居られないの?」
「ああ。士官学校に戻らなければならないから」
「……そうよね、仕方ないわよね」
それならせめて有意義に過ごしたい。
「では、シーランスの王女として、ロチェスターからの使者をもてなさせてもらうわ。両国の友好のために新王太子殿下に良い報告をしていただかなければならないもの。なにか希望はあるかしら?」
「そうだな。街を見てみたい」
「では、城下町を案内するわね」
すぐに馬車の用意をさせると、目抜き通りへと繰り出した。
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