愛とは記憶の鳥籠

きのと

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ep.30

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「ここが街の中心よ」

 王城の外門からまっすぐ南に伸びる本通りを進んだところにあるマーケットにやってきた。

 王都の台所ともいえる大きな市場には、新鮮な食材や日常的に使う雑貨を求めて、多くの人々がやってくる。

 シーランス王国は内陸国だが、大陸を縦断する大河のおかげで運送の便はよく、他国からの輸入品もたくさん売られている。とはいってもほとんどが食品や生活必需品だ。

 ロチェスターの大都市のようにお洒落で高級なブティックや宝飾品店はそう多くない。道行く人々の服装も素朴なものばかりだ。

 新王国樹立の際に、もともとシーランス伯爵領の領都だったこの場所に王都を移した。革命時には砲弾が飛び交ったが、今は戦火の傷跡はもうどこにもない。

 活気あふれる通りを、ライアスは目を細めて魅入っていた。

「いかがかしら? ロチェスターの使者さん?」

「いいところだ。国王陛下が善政をしいていることがうかがえるよ。平民が政治に関われると聞いたときは驚いたが」

 シーランス国王、フェリックス・ウィンダム・シーランスは、王政を廃止し、議会制度を取り入れていた。国政に関することは、国王の独断ではなく会議にて決定される。

 そしてそれは貴族だけではなく、平民の参加も許されていた。今はまだ、平民の中でも、高い教養を身に付けられている一部の富豪だけに限られてしまっているが、学校を増やし国民の学力が向上した暁には、政治に関心の高い有望な若者にも門戸が開かれるだろう。

「ねえ、せっかくだから、シーランスの庶民の味を試さない?」

 リリアーナがひとつの露店を指さす。

「クリスお兄様に教えていただいたのだけれど、ここのサンドウィッチは本当に美味しいのよ」

 パンに焼きたての肉と野菜をたっぷり挟んでスパイスの効いたソースで味付けをする、このマーケットの名物の一つだ。香ばしい香りが堪らなく食欲を刺激する。

「いいね。お腹が空いてきた」

 リリアーナがサンドイッチを二つ注文する。

「これは王女様。今日はお忍びですか」

「ふふ、そうなの。ハリソンさん、腰の具合はどうかしら?」

「おかげさまですっかり治りました」

「よかった。何かあったらいつでも治癒院に来てくださいね」

 店番と気さくに言葉を交わすリリアーナをライアスは慈しみを込めて見つめる。

 両手に持った熱々のサンドウィッチのひとつを「はい」とライアスに渡す。リリアーナはぱくりと自分のぶんに噛り付いた。

 生粋の貴族令嬢なら、皿もカトラリーもない食べ歩きなど出来ないだろう。

「行儀悪いけど、これだけはやめられないわ」

 小さくぺろりと舌を出す。

 出来立てのサンドウィッチを頬張りながら、雑貨店などを見て回る。イネス村で暮していたころを思い出しながら、日が暮れるまで散策を楽しんだ。



 父王はもちろん、母妃もライアスを気に入ったようだ。まだきちんと言葉を話すことはできないが、ライアスとリリアーナの並ぶ姿を見ては輝くような笑顔を浮かべている。

 クリストファーがライアスに再び突っかかるのではないか心配してきたが、どうやら側近たちが上手く執務室に留めていてくれるらしい。

 楽しい時間は一瞬ですぎてしまう。

 最後の夜、リリアーナは寝台に横になっても眠れないでいた。

 まだ水晶宮にいた頃、最初にライアスが士官学校に入学した時は離れていて寂しいとは思っていたが、不安になったことはなかった。

 それは外の世界を知らなかったから。リリアーナの知っている若い女性と言えば侍女か使用人の娘たちで、彼女らはみな第一王子であるセドリックに夢中だった。

 しかし、王宮の外での暮らしで、世間には美女がたくさんいて、そして彼女らにとってライアスが魅力的な男性だということに気付いてしまった。

 城下街を散策したときも、話しかけられた花屋の女の子が頬を赤らめていた。ロチェスターに帰れば、周りの女性たちがライアスにアプローチするのだろう。

 それだけなら、ライアスを信じればいい。もし彼が他の女性を抱いたとしても、目を瞑ってみなかったことにすれば同じことだ。

――――わたしと結婚することがライアスにとって幸せなことなのかしら?

 結婚の約束をした時とは、あまりにも状況が変わってしまった。リリアーナを配偶者に選ぶということは、同時に王族としての責務を背負うことになる。

 そして、祖国を捨てるということでもある。

 ライアスがロチェスターの女性を娶るなら、そのまま住み慣れた街で暮せる。士官学校で優秀な成績を残せば、王宮騎士にもなれる。子供のころからの夢だった職業に就けるのだ。

 好きだからと言って、リリアーナにライアスの人生を大きく変える権利などない。

 かといって、彼との未来を諦めることもできない。

 離れていた半年間で、一緒に暮らせた日々がどれほど尊いものだったのか思い知ってしまった。

 愛情ゆえの相反する想いがぶつかり合い、考えれば考えるほどに心にもやもやしたものが溜まっていく。

 リリアーナは寝台から降りるとショールを羽織った。



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