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第11話 過去を捨てた老人-1-

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「勉強中か」

声が聞こえてふっと顔をあげる。集中しすぎて、ノックの音にも気づかなかった。

「ごめんなさい、本に夢中になり過ぎていました」

アイザック様は椅子に腰かけた私をお姫様抱っこすると、ソファまで歩き、そのまま腰かけた。
私を膝の上にのせた格好になった。

「あの、読書しているんですけど」
「どうぞそのまま続けてくれ」

ああ、かまってちゃんモード発動している。
今日中に読み終わりたかったけど読書は諦めることにした。
本はソファに放り投げ、アイザック様に向かい合うように座りなおす。
彼の頬にキスをすると、同じところにキスをし返す
額にキスすると彼も額にキスをする。次は鼻先に、その次は反対の頬に。
アイザック様と私のちょっとした焦らしっこゲームだ。
我慢できずに唇にキスをしてしまった方が負け。今回は彼に勝ちを譲ろう。

いつもアイザック様のほうからちょっかいだしてくるけど、本当は私のほうが彼に夢中なのだ。
後宮での事件を一緒に追っていた時は身分違いの恋など叶うはずがないと気持ちを抑えていたが、一緒に生きる道があるなら遠慮する気はない。

部下にも己にも厳しく、戦場では鬼神とも言われる騎士様が、私に構ってもらえずに拗ねた目をするのを見るのは楽しい。
今生での私は現在19歳だが、前世で亡くなったときには32歳だったので、精神年齢だけ比べたら28歳のアイザック様は年下の彼氏ということになる。そういう理由もあって、たまらなく可愛く感じる時がある。
刑事だったころは、たしかに仕事が恋人状態の独身女ではあったが、何人か彼氏はいたし、大人の関係にもなっていた。決してモテなかったわけではない!と、名誉のために言わせていただく。


何度かの軽いキスの後、アイザック様は私の髪をかき上げると首筋に口づける。
そして、背中に手を回し、私のドレスのリボンをほどいた。

「そこまでです」

もったいないが、ストップをかける。

「結婚式まであと3か月はお預けか」

不満そうに口をとがらせる。
こちらの世界においては、婚約はしていても、女神さまの前で婚姻の誓いを立てるまでは肉体関係はご法度らしい。
正直、私もこの生殺し状態がつらいと思う時もあるが、そこは郷に入りては郷に従え、今生きている世界のルールに従うつもりだ。

いつもより心なしか覇気がない。

「どうかなさったのですか?ずいぶんお疲れのようですけど」

おでことおでこをコツンとつける。

「いや、一日中、資料をひっくり返していて、なれない事務作業がきつかっただけだ。訓練のほうが楽なくらいだ」


王都の外れの農村地帯でひとりの老人が殺された。
名前はダニエル・スミス。
年齢は60代~70代。
遺体を調べたところ、刀傷や矢傷、火傷の跡、おそらく戦場でできたものだと思われる古い傷がたくさんあった。
アンバー王国軍の退役軍人ならきちんと葬式をだしたいという軍の意向もあって、古い記録をひっくり返して調べたが、軍の名簿にその名前は存在しなかった。

殺人犯を捉えるにしても被害者が身元がわからないので捜査が進まず、手詰まり状態だという。

「差し支えなければ、ご遺体と殺害現場を拝見できますか?」

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