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第12話 過去を捨てた老人-2-

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遺体は陸軍の安置所に保管されていた。
もう血液などはきれいに洗い流されていたあとだった。

ダニエル・スミスは体格が良く固太り、頭は剥げているが、立派な顎髭を生やしている。

凶器はナイフのような小型の刃物だ。
刺し傷は体の前面に7か所、胸や腹を集中的に刺されている。
おそらく動機は怨恨、犯人は右利き、傷の深さからして力のある男性だろう。
傷のひとつは正確に心臓を貫いている。たまたまその場所を刺したのか、もし狙って刺したのなら、犯人は医学の知識があるのかもしれない。

普通、襲われたときには体を守ろうとして、手や腕に防御創ができるものだが、それがない。
正面から刺されているのにまるで抵抗した様子がみられないのだ。

発見されたときはロッキングチェアに腰かけた状態だったという。
手首や足首などにはロープなどで拘束された跡はない。
泥酔していたり、薬で動けない状態だったことも考えられるが、この時代では血中のアルコール濃度を調べることも薬物検査もできないので、どうにも判断つけられない。ああ、もう、科学捜査のあった前世が懐かしい。

そして、右腕の上腕に皮膚をえぐり取られたような跡があった。どうやら、タトゥーの一部を削り取ってあるようだ。

遺体をうつぶせにして背中を確認する。

「ここ見てください」
「何かあったか?」
「気のせいかもしれませんが、これ、文字のように見えませんか?えーっと、WとCでしょうか?それにほかの火傷とはちょっと違うような」

アイザック様はしばし考えこんでいたが、ふっと思い出したように

「調べたいことがある。一緒に来てくれ」

詰め所に戻ると、一冊の歴史書を引っ張り出した。ミネルバ王国時代について書かれたものだ。


「これを見てくれ」
「……あ!」

我がアンバー王国と隣国カナナラ王国はもともとミネルバ王国というひとつの国だった。
ミネルバ王国だったころの風習で、分断以降、アンバー王国では止めてしまったが、カナナラ王国では今も続けられていることがある。
そのうちの一つが犯罪者への焼き印だ。灼熱の鉄で罪を体に焼き付ける。
W CはWar Criminal、戦争犯罪者だ。

「ダニエル・スミスは、カナナラからの逃亡者だったんですね」
「被害者の年齢から考えて、おそらく第8旅団の兵士だったんだろう」

35年前、カナナラ王国では国王軍と革命軍の内部紛争があった。
革命軍を壊滅させるため国王軍が出撃したが、そのうちの第8旅団が暴走した。
革命軍のリーダーの出身地であり、根城としていたトカラ村を襲撃し、金品を強奪し、非戦闘員である老人、女性、子供を拷問し殺害した。
特に女性は数日間にわたって性的暴行を受けたという。

もともと第8旅団は国王への忠誠心も高い優秀な兵士が多く所属していて、戦績も目覚ましいものがあった。
その英雄たちが非人道的な蛮行に走ったことで、国民も衝撃を受けた。

内戦が終わった後、彼らは裁判にかけられ、戦争犯罪者として刑務所に収監された。
しかし、数年後、刑務所で火災が発生し、多数の受刑者が脱獄したという。
おそらく、この被害者は国境を越え、アンバー王国に密入国し、ダニエル・スミスと名乗って暮らしてきたのだろう。

しかし、仮にこの戦争犯罪が殺人の動機だったとして、なぜ今になって殺されたのか。
20年以上逃げ延びてきた男がどうして見つかってしまったのか。

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