かりそめの侯爵夫妻の恋愛事情

きのと

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第7話 カルヴィンの恋 -6-

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 その日は仕事しても、すぐに昨夜の記憶が蘇り、エリーゼのことで頭がいっぱいになってしまう。

 カルヴィンは自分の手をじっと見た。ベッドでの艶めかしい感触が手のひらに残っている。柔らかく瑞々しい張りのある肌、蕩けそうな唇、しっとりと潤いながら絡みついてくる熱さ、何もかもが気持ちよかった。

「聞いていらっしゃいますか、侯爵様」

 咎めるような声に、カルヴィンは我に返った。

「あ、ああ。すまない。もう一度頼む」

「心ここにあらずですね」

 主任会計官のベイカーが呆れたように言う。

「まだまだ新婚ですし、奥様のことでも考えていらしたのでしょう」

 秘書も一緒になって揶揄ってきた。

「やめてくれ」

「お奇麗なだけでなく、大変にお優しい方でいらっしゃいますから」

 家令まで参加してくる。

「奥様がいらしてからお屋敷の様子もずいぶん変わりましたよね」

 エリーゼは侯爵家の女主人としての役割を十分に果たしてくれていた。

 カルヴィンが本邸を出て、西側の領主館へ移ったときは必要最低限のものしかなく、このうえなく殺風景だったが、結婚してからはエリーゼが少しずつ命を吹き込んでくれた。

 領主の好みに合わせた絵や調度品が品よく飾られ、部屋ごとに置かれた花瓶には季節に合わせた花が常に活けられて彩りを添えている。

 手つかずだった庭園もどんどん整ってきた。むき出しだった土には芝が植えられ、きれいに刈り込まれている。バランスよく配置された樹木は青々とした若葉を茂らせ、新たに作られた花壇には幾種類もの花が咲き乱れ鮮やかなグラデーションを描いていていた。

 執務室の窓から見える風景も大きく変わっていった。

 屋敷が暖かくて落ち着ける空間に変化してゆくのを日々実感していた。領地の視察などで数日間遠出したときは特に、屋敷に戻るとほっとするのを感じる。

 使用人たちはみな、新たな女主人を歓迎していた。以前に比べて、生き生きと楽しそうに働いている。

 料理人や庭師などにもよく声をかけているようで、特に侍女たちはエリーゼを慕っているようだった。数人の侍女たちがエリーゼを囲んでお茶を楽しんでいるのを何度か見かけたが、みな彼女に憧れのまなざしを向けていた。

「変わったと言えば、侯爵様もずいぶんと雰囲気が変わりましたよね」

「そんなことはないだろう」

「いえいえ。お召し物も洗練されてきましたし、奥様のお見立てですか?」

「……まあ、そうだが」

 観劇に行って以降、エリーゼと出かける機会も増えた。

 街歩きをしていた時に、急にブティックに連れ込まれた。てっきり、エリーゼがドレスを作りたいのかと思ったら、カルヴィンの服を選ぶという。

「旦那さまは今のままでも十分ステキです。だけど、時に違う一面を見せられると女はドキッとさせられるものなんですよ?」

 手早く店員に指示し、流行のものから定番のものまで揃えさせる。

「そうね、少しクールでミステリアスな雰囲気にしたいわ」

「かしこまりました、奥様。お任せくださいませ」

 その後しばらくカルヴィンは、エリーゼと店員の着せ替え人形状態だった。

 服選びなど面倒でしかなかったが、妻に服を見立ててもらうという経験は存外に楽しいものだった。それ以降、服をあつらえるときはエリーゼにアドバイスをもらうようになっている。

 これ以上、冷やかされてはたまらないと、無理やり仕事の話に戻す。

「それで、何の話だ」

「商業港の拡張工事は予定通り進んでおります。再来月からは大型の船も入ってこられるようになります。貿易の拡大が見込めますし、海のない他の領地の貴族から港湾使用料もとれるでしょう」

「輸出品目を大幅に増やせるだろうか」

「新たに立ち上げた貿易商も販路の開拓が順調にできていますし、十分に可能ですよ。なにか商会の看板商品になるような名産品が欲しいところですね」

「大型客船の誘致はどうなっている?」

「もうすでに何社から寄港地にしたいと申し込みが来ています」

「それは良かった。今後は観光客の増加も見込めるな。領地のブランド化のためにも名産品は早急に考えよう」

 カルヴィンが父親から引き継いだ事業はみな大幅な右肩上がりを見せ、またカルヴィン自身が手掛けた商会も順調に業績を伸ばし利益を上げていた。

「そういえば、東の領地の会計官が愚痴をこぼしていましたよ。アンディ様は先代様に比べても放蕩経営で金遣いも荒いと」

 自分たちはカルヴィン様についてこられてよかったと、秘書と会計官はうなずき合っていた。

 たしかに、アンディは実業家というタイプではない。兄に渡った事業の中に自分が手掛けたいと思うものもあった。もし、あまり兄が商売に乗り気でないようなら売り渡してもらうのも手かもしれない。

「兄さんが簡単に手放すとも思えないが、こちらに譲ってもらえないか話だけでもしてみるか」

「それならカルヴィン様、東側の財務諸表を調査しておきましょうか? ここだけの話ですが新領主としてもアンディ様は評判が芳しくないんです。領地の視察なども行政官に丸投げしたまま、ご自身で足を運ばれることは皆無のようです。以前からタチの悪い店に出入りして散財しているという噂もありますし、一度、状況を把握されておかれた方がいいかもしれません」

「それはまずいな。カーソン、仕事を増やして悪いが調べておいてくれ」

「かしこまりました」

 カルヴィンは手もとの書類に目を落とすが、またエリーゼのしどけない姿を思い出してしまった。

 そういえばエリーゼは初めてじゃなかったのか?

 女性は最初はとても痛いと聞くが、そんなそぶりはなかった。それどころか戸惑うカルヴィンをさりげなくリードしてくれていた。

 見合いの時の話ぶりから彼女は恋愛に興味がないと一方的に思い込んでいたが、交際経験はあったのかもしれない。



 夕食の席でも、意識をしないようにと思えば思うほど、エリーゼの身体に目が行ってしまう。

――――いったいどうしたんだ

 いくらなんでも、あまりにも節操がなさすぎるんじゃないか?

 そんなカルヴィンの心を見透かしたように、エリーゼが小声でささやく。

「旦那さま、今夜も夫婦の寝室でお休みになりますか?」

 それがふたりの合図となった。

 その夜も次の夜も、そしてその次の夜も、カルヴィンはエリーゼを激しく求めた。

 体を重ねるごとに、自分に自信がついていくような気がした。女性に受け入れられ、女性を悦ばせられることが、男にとってこんなに大事なことだったとは考えたこともなかった。

 妻のぬくもりを感じながら目覚めた朝は、身も心も潤い満たされている。

 何よりミーシャへの気持ちを隠さなくていい相手ができたことは、カルヴィンにとって大きな収穫だった。

 己を捨てた元婚約者に執着し続けるなど世間からみたら愚の骨頂でしかない。誰にも言えず秘めていた恋心を理解してもらえることは、想像していたよりもはるかに心を軽くしてくれていた。



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