真紅羽 ー薄紅色の翼の少女コーラルの物語ー

きのと

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第8話 風使いの杖

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かつては美しい鐘が吊るされ、荘厳な音を響かせていた街のシンボルも、いまや魔物の住処となってしまった。
シルファの大嵐に耐え、その姿を残していた鐘塔だったが、外階段は嵐で壊れたのか年月で風化したのか、今は影も形もなく、昇る手段は失われてしまっている。
イーライは鐘塔を見上げながら眉をひそめていた。
高所恐怖症なのだ。

「手っ取り早く魔法で焼き鳥にしちゃわね?」

ルッカがイーライを小突く。

「あのな、子供が巻き込まれたらどうする!」

子供の居場所がわからないのでむやみに魔法で攻撃するわけにいかない。
また、オオガラスは雛といえども大きく、体高は人間の成人男性くらいあり、暴れられたら子供が傷つけられる恐れがある。
やはり飛べるコーラルがそっと忍び込み、気づかれぬように子供をさっと連れだすのが最善だろうとなった。
幸い、今夜は曇っていて月も出ていない、絶好の機会だ。
鳥は夜目だからうまくごまかせるだろう。
闇にまぎれて、そっとコーラルが飛び立つ。

なるべく音をたてないように、巣の様子をうかがった。
方々から集めたらしい藁や枝がすきまなく敷き詰められ、中央には母鳥を囲むように数羽の雛が身を寄せ合っている。
コーラルは静かに降り立つと、足音を忍ばせてピーターを探す。
目を凝らしてみると、巣のはしっこで眠る小さな男の子を発見した。
近づいてやさしく肩をゆすると子供は目を覚ました。

「ピーター、助けに来たよ」

小声で話しかける。

「お姉ちゃん、だれ?」
「しー―。君のママに頼まれて迎えに来たの。さあ、おうちに帰ろう」
「ほかの子はどうなるの?」
「ほかの子?」

巣材の藁をめくってみると6人もの子供が体を丸めて眠っていた。
どうしよう、想定外だ。
一度に全員を抱っこして飛ぶことは出来ない。
2人ずつ抱えて何回か往復するしかないか……?
逡巡していると、一番手前の雛が侵入者の存在に気づき、ギャアギャアとけたたましく鳴き始めた。
共鳴するかのようにほかの雛たちも翼をバサバサと羽ばたかせながら暴れだす。
母鳥もコーラルの気配を察知したのか、見えない敵に向かって尖った嘴で威嚇を始めた。
往復は無理だ。
今すぐ連れ出さなければ、下に降りてまた戻ってくるまでに、残された子供がオオガラスに傷つけられる危険がある。
もう、これしかない!
自分の羽をむしりとると、子供たちの服の中に次々に突っ込んでいった。


巣でなにか起こったことは地上のルッカたちにも伝わっていた。

「大丈夫かな」

鐘塔を見上げていると、コーラルが巣からひょっこりと顔を出した。

「イーライ!ルッカ!この子たちを落とすから、お願い!受け取ってー―――――!!!!」

下に向かってそう叫ぶと、次々と子供を放り投げた。

「落とすって、ま、マジで??」
「おい!無茶だって!!!」

放たれた子供たちはコーラルの羽の浮力で、ふわふわとゆっくり時間をかけて落下してきた。
ルッカとイーライはひとりずつ受け止め、やさしく地面に下ろした。
最後の女の子を抱きかかえるとコーラルは巣から飛び立った。

アジトではジャッキーが待ちわびていた。

「ママ!!」
「ピーター!!無事だったんだね、よかった」

母子はお互いを抱きしめあって再会を喜んだ。

「三人とも、心から感謝するよ」

ほかの子供たちはジャッキーがそれぞれの親に届けてくれるという。

「これ、約束のものだ」

古木の杖を受け取った。
手にすると、ずっしりとした重みとともに、びりびりとした魔法の波動を感じる。
擦り切れていたが、バルクムーンの国章とシャフーザのサインが確認できた。
やっぱりこれが歴史書で見た風使いの杖に違いない。

「本当にこんなものでいいのかい?なんなら宝石や金貨もあるよ」
「じゃあ俺は金貨で!」

調子に乗るなとルッカが蹴る。

「この杖が欲しいの。ありがとう」


せめてもの礼にとジャッキーはベッドを用意してくれた。
簡素なものだったが久しぶりの寝具は柔らかく、ゆっくり体を休めることができた。
翌朝、目覚めると外へ出てさっそく風使いの杖を試すことにした。
杖をかざして呪文を唱える。

「竜巻(トルネード)!」

風がくるくると弧を描き小さな渦をつくる。
周りの砂を巻き込みながら、すぐに大きな竜巻へと姿を変えた。

よし!学校で練習していた時より倍くらい大きい。
自己新記録かも。

「おー!」

イーライとルッカが歓声をあげる。

「竜巻よ、進め!」

崖の方角を指し、杖を振り下ろす。
しかし、竜巻は反対方向へ後退すると、そのまま消滅した。

「あれ?」

新米ペーペー魔法使いが、稀代の賢者の魔道具を使いこなせるようになるには、まだまだ修行が必要のようだ。


ピーターが朝食を用意ができたと呼びにきた。
テーブルには焼きたてのパン、サラダ、ハム、ミルクシチューが並べられていた。
こんな砂漠で新鮮な食材を手に入れるのはたいへんだろう。

「いただきます!」

三人は熱々の食事を頬張った。
ゆっくり食べなよとジャッキーが笑う。

「ところで、あんたたちはアル・コバール連峰を目指しているんだって?やっぱりルスターク山のお宝探しかい?」
「お宝?」
「ああ。山頂の湖に城が沈んでいて、中には財宝が眠っているんじゃないかと噂されているんだよ」

三人は顔を見合わせる。

「その話、詳しく教えて」
「詳しくといっても、これ以上は知らないんだ。なんせ、山に登って無傷で帰ってきた者はいないからね」

7つの山からなるアル・コバール連峰は活火山であり、活発なマグマ活動のため地熱が高い。
そのためサラマンダーの生息地となっている。
今は天敵がいないので大繁殖し、より巨大化し凶暴さも増している。

「シルファの大嵐の前は人間が定期的に駆除していたけど、いまは野放しだからね。何人も宝さがしに山に入ったが、みんなサラマンダーに喰われちまったよ」


ルスターク山までは旧帝都ダンマームを突っ切るのが最短ルートだからと、ふもとまでジャッキーの一団が案内を買って出てくれた。
帝都を迂回すると5日はかかるところ、わずか1日で着くという。
食料も少なくなってきたので日数を短縮できるのはありがたい。
喜んで申し出を受けた。

「さ、見えてきたよ、あれがルスターク山だ」

ダンマームの関所跡を越えたところで、ルスターク山がその雄姿を現した。
度重なる噴火によって溶け出したマグマがかたまり山肌を覆っていて、遠目からは真っ黒に見える。

「あんたたちなら心配なさそうだけど、くれぐれも気を付けて」

ここでジャッキーたちとはお別れになった。

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