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第10話 白羽の宝玉とリーラ姫 / そして再び友のために
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火成岩地帯を抜けると一気に気温が下がった。
さっきまでとは明らかに空気が違う。
こころなしか水分を多く含み、しっとりしているように感じる。
地面には石膏や磨かれた大理石など、明らかに人工物とわかる破片が散乱していた。
落下したホワイトエデンの残骸だろう。
やがて前方に青く輝く光が見えた
「湖だ!」
3人は駆けだした。
山頂のカルデラ湖は清らかな水を湛えていた。
ただひたすらに透明で、生命の気配はまるで感じられない。
目を凝らし水中をのぞき込むと、ホワイトエデンの神殿がはっきり確認できた。
湖底からの強い魔力を全身に感じて、さっきから身震いが止まらなくなっていた。
ここに宝玉がある、コーラルは確信した。
「風の鎧」
呪文を唱え、風を自らの体にまとわりつかせる。
もともとは攻撃から身を守るための鎧代わりになる魔法だが、水中においては体温を奪われないだけでなく、しばらくは呼吸もできる。
「じゃあ行ってくるね」
気合を入れるべく、自分のほっぺたをパチンと叩く。
「気をつけろよ!」
二人に背中を押され、コーラルは湖に飛び込むと深く潜っていった。
ホワイトエデンの神殿は無残な有様だった。
1000年前のバルクムーン軍による侵略で荒らされ、美しく細工されていた柱や壁は傷つけられ、ところどころ炎で焼かれ焦げて黒ずんでいる。
正門をくぐり、神殿の中に入ると、すぐそこは祭祀を執り行うための大広間になっていた。
突き当りにはかつて精霊シルファの像が置かれてあったであろう台座が見える。
同じ精霊を信仰しているからか、つくりはクリムゾンヘブンとほとんど同じだ。
そうなると宝玉はシルファ像の近くの隠し部屋にある可能性が高い。
広間の突き当りまで泳いですすみ、大理石の壁を慎重になでる。
ぱっと見はわからないが、指先にわずかなへこみを感じた。
そっと押すと壁が動き、予想通り秘密の小部屋が現れた。
きらびやかに飾られた室内には黄金で作られた祭壇がしつらえられていた。
華やかな細工が施され、大粒の宝石がふんだんに使われている。
この宝石ひとつでも売ったらそうとうのお金になるだろう、盗賊やトレジャーハンターが命がけで狙うのもうなずける。
祭壇の最上部にはシルファの翼をかたどった小さな扉があった。
コーラルは取っ手に手をかけると一気に開いた。
まばゆい光の波が洪水のようにあふれだす。
中には純白の宝玉が輝きを放ちながら鎮座していた。
「見つけた……」
これでクリムゾンヘブンは救われる。
コーラルがそっと手を伸ばす。
指が触れた瞬間、宝玉は光を放つのを止めた。
「えっ?」
コーラルは慌てて手を引っ込める。
宝玉はどんどん黒ずみ、ひびが入り、パーンと音を立て粉々に砕け散った。
「そんな、どうして?」
ふいにルモンド博士の言葉が頭をよぎった。
― 白羽に与えられた宝玉は白羽以外のものが触れると壊れてしまう ―
白羽の血をわずかに引いているだけの赤羽一族の私では宝玉に触れる資格がなかった、そういうことなのか。
宝玉を見つけさえすればなんとかなる、そう思い込んでいた。
私じゃダメだった。
コーラルの瞳から大粒の涙があふれた。
クリムゾンヘブンの人々の顔がうかんだ。
みんな、ごめんなさい、ごめんなさい。
今度こそちゃんと役に立ちたかったのに。
コーラルはひざから崩れ落ちると、ただただ泣き続けた。
“悲しまないで、可愛い少女よ”
コーラルの耳にささやき声が聞こえた。
「……誰?」
“あなたにちからをかしましょう、私の愛おしい子孫よ”
「もしかして……、リーラ姫?」
“少女よ、あなたの大切なものを守りなさい”
目には見えないが、何かが頬に触れているのを感じる。
それは徐々に広がり、優しい暖かさが全身を包み込んだ。
コーラルの珊瑚のような薄紅色の羽が純白へと変わってゆく。
胸の奥にリーラ姫の魂を感じていた。
「リーラ姫、ここにいらっしゃるのですね」
コーラルは自分の体を抱きしめた。
そして、そっと床に手をかざす。
砕けた破片が一つにまとまり、きれいな球体に姿を変えた。
宝玉は再び眩い光を放ちはじめた。
3人はマケドニアへ戻った。
持ち帰った宝玉は、クリムゾンヘブンの神殿に新たに作られた祭壇へ、コーラルの手によって無事に納められた。
コーラルの純白の翼はいつの間にか元の薄紅色に戻っていた。
リーラ姫の魂はまたバルクムーンに帰ったのだろうか。
(ありがとうございました、リーラ姫)
宝玉に異常が起きていたことを知るのは、族長と一部の神官だけだったはずだが、どこから話が漏れたのか、コーラルの偉業は国中の人々に広まり、お祝いのパーティがあちこちで開催された。どれにもコーラルはひっぱりだこだった。
ようやくフィーバーが落ち着き、数か月ぶりにウィルに会いに行くことができた。
「聞いたよ、コーラル、頑張ったんだね」
ウィルはいつも笑顔で迎えてくれるのに今日は沈んでいる。
「ね、何かあったの?カリンダは?」
「病院にいる」
カリンダが病で倒れ、今は入院しているという。
高齢で手術に耐えられるだけの体力がないため、薬物による治療を行っているが、はかばかしい成果がでていない。
唯一の肉親を失ったら、ウィルがひとりぼっちになってしまう。
「そんなの絶対にダメ、私が助けてみせる」
コーラルはふたたび慟哭の谷に立っていた。
ヒカリゴケがあればウィルがそれを材料に万能治療薬を作れるだろう。
谷には2年前と同じように悲鳴のような強風が絶え間なく吹いていた。
頬に当たる風が痛い。
でも、もう無力だったころの私ではない。
コーラルは風使いの杖を振り上げた。
荒れ狂う風がぴたりと止み、慟哭の谷に静寂が訪れた。
「行くよ、クル」
翼竜が雄たけびを上げる
コーラルは翼を広げると、谷底へ向かって滑空した。
さっきまでとは明らかに空気が違う。
こころなしか水分を多く含み、しっとりしているように感じる。
地面には石膏や磨かれた大理石など、明らかに人工物とわかる破片が散乱していた。
落下したホワイトエデンの残骸だろう。
やがて前方に青く輝く光が見えた
「湖だ!」
3人は駆けだした。
山頂のカルデラ湖は清らかな水を湛えていた。
ただひたすらに透明で、生命の気配はまるで感じられない。
目を凝らし水中をのぞき込むと、ホワイトエデンの神殿がはっきり確認できた。
湖底からの強い魔力を全身に感じて、さっきから身震いが止まらなくなっていた。
ここに宝玉がある、コーラルは確信した。
「風の鎧」
呪文を唱え、風を自らの体にまとわりつかせる。
もともとは攻撃から身を守るための鎧代わりになる魔法だが、水中においては体温を奪われないだけでなく、しばらくは呼吸もできる。
「じゃあ行ってくるね」
気合を入れるべく、自分のほっぺたをパチンと叩く。
「気をつけろよ!」
二人に背中を押され、コーラルは湖に飛び込むと深く潜っていった。
ホワイトエデンの神殿は無残な有様だった。
1000年前のバルクムーン軍による侵略で荒らされ、美しく細工されていた柱や壁は傷つけられ、ところどころ炎で焼かれ焦げて黒ずんでいる。
正門をくぐり、神殿の中に入ると、すぐそこは祭祀を執り行うための大広間になっていた。
突き当りにはかつて精霊シルファの像が置かれてあったであろう台座が見える。
同じ精霊を信仰しているからか、つくりはクリムゾンヘブンとほとんど同じだ。
そうなると宝玉はシルファ像の近くの隠し部屋にある可能性が高い。
広間の突き当りまで泳いですすみ、大理石の壁を慎重になでる。
ぱっと見はわからないが、指先にわずかなへこみを感じた。
そっと押すと壁が動き、予想通り秘密の小部屋が現れた。
きらびやかに飾られた室内には黄金で作られた祭壇がしつらえられていた。
華やかな細工が施され、大粒の宝石がふんだんに使われている。
この宝石ひとつでも売ったらそうとうのお金になるだろう、盗賊やトレジャーハンターが命がけで狙うのもうなずける。
祭壇の最上部にはシルファの翼をかたどった小さな扉があった。
コーラルは取っ手に手をかけると一気に開いた。
まばゆい光の波が洪水のようにあふれだす。
中には純白の宝玉が輝きを放ちながら鎮座していた。
「見つけた……」
これでクリムゾンヘブンは救われる。
コーラルがそっと手を伸ばす。
指が触れた瞬間、宝玉は光を放つのを止めた。
「えっ?」
コーラルは慌てて手を引っ込める。
宝玉はどんどん黒ずみ、ひびが入り、パーンと音を立て粉々に砕け散った。
「そんな、どうして?」
ふいにルモンド博士の言葉が頭をよぎった。
― 白羽に与えられた宝玉は白羽以外のものが触れると壊れてしまう ―
白羽の血をわずかに引いているだけの赤羽一族の私では宝玉に触れる資格がなかった、そういうことなのか。
宝玉を見つけさえすればなんとかなる、そう思い込んでいた。
私じゃダメだった。
コーラルの瞳から大粒の涙があふれた。
クリムゾンヘブンの人々の顔がうかんだ。
みんな、ごめんなさい、ごめんなさい。
今度こそちゃんと役に立ちたかったのに。
コーラルはひざから崩れ落ちると、ただただ泣き続けた。
“悲しまないで、可愛い少女よ”
コーラルの耳にささやき声が聞こえた。
「……誰?」
“あなたにちからをかしましょう、私の愛おしい子孫よ”
「もしかして……、リーラ姫?」
“少女よ、あなたの大切なものを守りなさい”
目には見えないが、何かが頬に触れているのを感じる。
それは徐々に広がり、優しい暖かさが全身を包み込んだ。
コーラルの珊瑚のような薄紅色の羽が純白へと変わってゆく。
胸の奥にリーラ姫の魂を感じていた。
「リーラ姫、ここにいらっしゃるのですね」
コーラルは自分の体を抱きしめた。
そして、そっと床に手をかざす。
砕けた破片が一つにまとまり、きれいな球体に姿を変えた。
宝玉は再び眩い光を放ちはじめた。
3人はマケドニアへ戻った。
持ち帰った宝玉は、クリムゾンヘブンの神殿に新たに作られた祭壇へ、コーラルの手によって無事に納められた。
コーラルの純白の翼はいつの間にか元の薄紅色に戻っていた。
リーラ姫の魂はまたバルクムーンに帰ったのだろうか。
(ありがとうございました、リーラ姫)
宝玉に異常が起きていたことを知るのは、族長と一部の神官だけだったはずだが、どこから話が漏れたのか、コーラルの偉業は国中の人々に広まり、お祝いのパーティがあちこちで開催された。どれにもコーラルはひっぱりだこだった。
ようやくフィーバーが落ち着き、数か月ぶりにウィルに会いに行くことができた。
「聞いたよ、コーラル、頑張ったんだね」
ウィルはいつも笑顔で迎えてくれるのに今日は沈んでいる。
「ね、何かあったの?カリンダは?」
「病院にいる」
カリンダが病で倒れ、今は入院しているという。
高齢で手術に耐えられるだけの体力がないため、薬物による治療を行っているが、はかばかしい成果がでていない。
唯一の肉親を失ったら、ウィルがひとりぼっちになってしまう。
「そんなの絶対にダメ、私が助けてみせる」
コーラルはふたたび慟哭の谷に立っていた。
ヒカリゴケがあればウィルがそれを材料に万能治療薬を作れるだろう。
谷には2年前と同じように悲鳴のような強風が絶え間なく吹いていた。
頬に当たる風が痛い。
でも、もう無力だったころの私ではない。
コーラルは風使いの杖を振り上げた。
荒れ狂う風がぴたりと止み、慟哭の谷に静寂が訪れた。
「行くよ、クル」
翼竜が雄たけびを上げる
コーラルは翼を広げると、谷底へ向かって滑空した。
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