悪徳令嬢に転生した推理作家は騎士様に溺愛されても元の世界に帰りたい

きのと

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第15話 悪徳令嬢は公女殿下と失踪する-1-

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 うららかな午後。

 馬車の心地よい振動に瞼が落ちそうになっていた。

 私はお父様の忘れ物を届けるために王宮へ向かっている。意図的に忘れていったのは知っている。届け物など従者にやらせればいいものを、わざわざわたしを指名したのは、おそらく連日王宮に詰めっぱなしのオーウェンに会わせてやろうという要らぬおせっかいだ。

 王族の権威を示すためだけに、これでもかというほど派手に作られたバカでかい正門をくぐり、これまた完璧なまでに美しく整備された石畳の道をしばらく進むと、石造りの堅牢な演武場が見えた。騎士や兵士たちの多くは、日々ここで訓練を行っている。

 私は馬車を降りると、演武場に隣接する建物に向かった。ここは軍の幹部の個室と兵士の宿舎がある。

「アレクシス!」

 最上階にある、お父様に割り当てられた執務室の扉をノックしようとしたところで名前を呼ばれた。

 オーウェンが階段を駆けあがってくる。ここまでも走ってきたのか、騎士服が少し乱れていた。胸元がはだけて、首筋が覗くのがちょっと艶っぽくて大変よろしい。

「副隊長への届け物ですよね」

「ええ」

「僕が代わりに受け取ります。とりあえず入りましょう」

 部屋に通されたとたんに、オーウェンの逞しい腕に後ろから抱きすくめられた。なじみのトワレに汗のにおいが少し混ざり、いつもより男らしさを感じてドキドキしていまう。

「会いたかった」 

「大袈裟ですわ。たった三週間じゃないですか」

「貴女のいない三週間は長すぎます」

 彼の手に自分の手を重ねながら、顔だけを向けると、すぐに深いキスが落ちてきた。空白期間の寂しさを埋めるかのように、時間をかけてお互いの唇を貪りあう。

 私だって会いたかった。だからといって、仕事の邪魔をしてまで逢引したくない。

 王宮近衛隊は王族だけではなく、海外からの賓客や重要人物の護衛などもするため、仕事イコール国家機密の場合もある。どこから情報が漏れるかもわからないから、たとえ家族や恋人であっても仕事内容は尋ねないのが暗黙のルールとなっている。悪徳令嬢アレクシスとて、そこらへんはさすがに理解している。

 もとより私は『仕事とワタシ、どっちが大事なの!』と恋人に迫るタイプではないけれど。

 すぐに訓練に戻らなければいけないオーウェンを見送ったあとは、届け物の封筒をお父様の書斎机にブン投げた。どうせ中身はどうでもいい書類だろう。丁寧に扱う必要もない。

「これで用事は済んだわね」

 真の目的であるオーウェンとのほんのわずかな逢瀬を楽しんだなら、王宮こんなところに長居は無用、さっさと帰るに限る。

 演武場のそばに待たせていた馬車に乗り込もうとしたときに、若い女性から声をかけられた。

 萌黄色のシンプルなワンピースにつばの広い帽子、大きなバスケットを持っている。年齢は私と同じくらい。配達にでも来たのだろうか。王宮は貴族から商人までたくさんの人が出入りしており、彼女のような若い娘も衣装や小間物の納品によく来ている。

「図々しいお願いで恐縮ですが、もしよろしければ噴水広場まで乗せていただけないでしょうか?」

「かまわなくてよ。通り道ですし」

 普通の令嬢ならこんなことは許さないだろうが、私はそんな細かいことは気にしない。情けは人の為ならず、悪徳令嬢でもたまにはいいことをしないとね。

 もっとも、この親切心をすぐに後悔することになるのだけど。

 彼女が席に着くと、カタカタと揺れながら馬車が走り出した。王宮を出て、街の中心地へとつながる馬車道を軽快に進んでいく。

 斜め向かいに座った女性が、目深に被っていた帽子を脱いだ。銀髪に近いプラチナブロンドと、同じ色の長いまつげに縁どられているのは深い湖のような水色の瞳。目尻には特徴的な大きめの泣きボクロがあった。

 先日見た貴族名鑑を思い出す。スイニー公国の第一公女がこんな感じだったな。

 って、えええええ?

「エカテリーナ公女殿下⁈」

「あら、やだ。貴女、私の顔を知っていたの?」

「ええ、貴族名鑑を拝見しました」

 いやいや、そんなことは今はどうでもいい。

 私は馬車の窓を開けて、御者に王宮に引き返すように伝える……つもりだったが、公女殿下に引き戻された。

「このまま噴水広場まで行ってちょうだい」

「無理です、今すぐに引き返します!」

「そんなことしたら、王宮に戻ったときに貴女に誘拐されたって言うわよ」

「はあっ? 私に公女殿下を誘拐する動機なんてありませんわ」

「動機なんていくらでもでっちあげられるわよ。貴女は王宮近衛隊副団長キャンベル伯の娘でしょう? 社交界では悪徳令嬢として有名らしいじゃない。公女わたくし悪徳令嬢あなたと、皆はどちらを信じるかしら?」

「くっ!」

 痛いところを突かれた。日頃は評判が悪いのを逆手にとって好き放題やっているが、それが自分に跳ね返ってくることも時にはある。

 まもなくして噴水広場に着いた。繁華街の入口にある円形の広場で、中央にはそのシンボルである大きな噴水が勢いよく水を吐き出している。

 エカテリーナ公女は馬車が止まるやいなや、自分で扉を開けると駆け出していった。

「ちょっと待って!! 公……じゃなくてお嬢様!!!」

 ドレスのスカートをたくし上げ、ダッシュであとを追いかける。学生時代は体育会系でみっちり鍛えていたし、運動神経にはいい方なので、すぐに追いついた。

 五十メートルも走っていないのに公女殿下は両肩で息をしている。深窓の令嬢の運動不足って深刻だと思うわ。

「ったく! 下々の迷惑も考えてください」

 首根っこを掴んで押さえつけた。

「離しなさい!」

 公女は身をよじるが私の手を振りほどくことはできない。悪いけど握力にも自信があるんだわ。

「これが他国からの客に対するふるまいなの?」

「ええ。私は悪徳令嬢ですから、礼儀などこれっぽっちも弁えておりませんの」

「くっ!」

 今度は公女そっちがぎゃふんという番だ。ざまあみろ。

「今頃、お嬢様がいなくなって大騒ぎでしょう。心配している者たちのことを考えないんですか」

「私は昨晩の晩餐でワインを飲み過ぎて具合が悪くなったことになっているの。ベッドでは侍女が代わりに寝ているからしばらくはバレないわ」

「そんなバカげたことに協力させられる侍女に同情しますよ。いったい何が目的なんですか」

「ジェラートが食べたいのよ」

「はぁあ?」

「国にいるときは自由な時間なんてほとんどないの。せめて今だけは普通の女の子のように過ごしてみたいのよ。そこの階段に座ってジェラートを食べて、お散歩をして、ぶらぶら買い物をするだけなの。お願いだから見逃して」

 冗談でしょ。ローマの休日ごっこなどごめん被る。馬鹿も休み休み言えと、手首を掴んで馬車まで引っ張ってきた。痛い痛いと半べそになっていたが知ったことか。

 馬車に押し込み、私も乗り込む。しっかり鍵をかけてから小窓を開けて御者を呼んだ。

「申し訳ないんだけど、そこの屋台でジェラートを買ってきてくれない? 味なんかなんでもいいわ。売り子に一番売れているのを聞いてそれにしてちょうだい」

 二つのジェラートを持って御者がすぐに戻ってきた。受け取り、一つを公女様に渡す。

「はい、目的は果たせましたね。帰りますよ」

 公女様は恨みがましい目を私に向けてきたので、持ち前の悪役顔で睨み返した。

「いいから召し上がってください。ジェラートが溶けてしまいますわ」

 チョコレート味のジェラートはなかなか美味しかった。また今度、ゾーイと一緒に食べにこようっと。

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