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第22話 障害があるほうが愛は燃え上がるもの

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そんな優雅な宮殿バカンスも5日目。サリッドに旅を再開を持ち掛けてみた。
カミール副団長の来訪以降、聖職者や政治家等々あちこちからお茶や食事の誘いがくるようになり、社交に時間をとられるようになってしまった。
一応、貴族の令嬢であり聖女でもあるので、その手のお付き合いは慣れっこだが、私はそんなことをしたいわけではない。
はやくサリッドと二人きりになりたい。


旅立ちが決まってから、侍女に付き添ってもらってモスクへ行った。

「これはこれは聖女様、お目にかかれて恐悦至極にございます」
「神官様、お願いがあるのですが。私はアイティラ女神を信仰しておりますが、こちらのモスクでお祈りを捧げててもよろしいでしょうか?」

神官はうなずく。

「もちろんでございます。ここではすべての神へ祈ることが許されております。聖女様に祈っていただけるなら神々もお喜びになられるでしょう」
「感謝いたします」

私は祭壇の前に膝をつき、手を胸の前で交差する。コルトレーンの祈りの姿勢だ。

「天上の神々よ。私たちのこれからの旅をどうぞ見守ってください。そして願わくば私がこれから犯す罪をお許しください」

心より願う。どうか、美しき御霊が長きにわたる苦しみから解き放たれ、永遠の安らぎを得られますように。
アイティラ女神様の望みが叶うように、私は全てを賭けて立ち向かう。



翌朝、出発する前に国王陛下にサリッドと二人で挨拶に向かった。

「そうか、もう旅立ってしまうのか」

私は深く頭を下げる。

「はい。ゆっくりと旅の疲れを癒すことができました。陛下の御厚恩に拝謝いたします」
「喜んでもらえたなら良かった。申し訳ないが、そなたにはあと少し力を貸してほしい」
「お任せくださいませ」

私は微笑んだ。

「サリッド、聖女を頼むぞ」
「はい、全身全霊で聖女様をお守りし、必ずやクリスタルを持ち帰ります」
「うむ。お前ならやり遂げてくれると信じている。帰還を楽しみに待っているぞ。必ず生きて戻ってきてくれ」

ファーティマ国王は本当に尊敬に値するお方だ。
サリッドが忠誠を誓う気持ちがわかる。このような主君なら仕えたいと、私も心から思う。


そしてその後、私は信じられない出来事に遭遇することとなる。

「余も一緒に旅に出ることにした!」

バカ王子が声も高らかに宣言した。
どうしてコイツの宣言ってろくでもないことばかりなんだろう。
ディルイーヤの国王陛下はあんなに御立派なのに、コルトレーンの王族がこんなハイクラスのバカだなんて国民として恥ずかしくなる。
寝言は寝て言え、無理に決まっているだろ。側近たちも窘めろよ。

しかし、サリッドが了解してしまった。

「かしこまりました。ハリソン殿下」
「ちょっとサリッド。どうして? あんな素人を連れていくなんて危険だわ」

小声で抗議する。

「彼はレイシーの母国の将来の国王だろう?これ以上機嫌を損ねたら、国にいる君の家族や親族に累が及ぶかもしれない」

ポーラ姉さまや両親の顔が頭をよぎった。どれだけバカでも権力者であることには変わりないのだ。

「そうだったわね。私ったら、そこに考えがいたらなかったわ。ありがとう、気づかせてくれて」

サリッドは王宮の騎士だから要人の警護は日常茶飯事だろう。
お偉いさんの無茶ぶりに耐性がついているのかもしれない。

でも、これで二人旅がしばらくお預けだと思うと、怒りがふつふつと沸いてきた。
ああ、せっかく手ごたえを感じられるようになったのに、どこまで私の邪魔をするんだ。
こうなったら仕方ない。あんな箱入りのバカボンボン、どうせすぐにギブアップするだろう。
というか、今、ギブアップしてくれ、頼むから。




王都を出て最初の野営。
サリッドは焚きつけに使う薪を探しに行った。私は火を起こす準備と寝床づくりをする。
バカ王子はどっかりと腰を下ろしたままだ。

「なあ、レイシー、どうして余の求婚を受けなかったんだ?」
「あんたのことが大嫌いだからよ」

豹変した私にバカ王子は戸惑ったようだ。

「お、おい!なんだ、王族に対してその口の利き方は!」
「ここは王城じゃないの。あんたもただの冒険者よ。偉そうな態度が通用するとは思わないで」

バカ王子は口をつぐんだ。思考の立て直しをしているらしい。

「フン!あんな平民あがりの騎士の何がいいんだ?余のほうが富も権力もあるのだぞ」

ただでさえイライラさせられているのに、サリッドを見下すようなことを言われて私はさらにイラっとした。

「寝ぼけたこと言ってるんじゃないわよ。あんたの持っているものなんて親から与えてもらったものばかりじゃない。サリッドは己の力だけで今の地位を得たの。その方がずっと尊いわ」

バカ王子を睨みつける。

「なあ、レイシー」

言葉では言いくるめられないと悟ったのか、近寄ってきて私に触れようと手を伸ばしてきた。

私は素早くレイピアを鞘から抜くと、切先をバカの額に当てた。

「私を襲おうとしても無駄よ。あんたより私のほうが剣も魔法も上なんだから」
「余に逆らうのか?不敬罪になるぞ!」

私は鼻で笑った。

「ここは誰もいない砂漠よ。あんたを切り捨てたところで、私とサリッドが口裏を合わせて魔獣に襲われたことにすればそれでおしまい。それに今の私はディルイーヤ国王の恩人なの。コルトレーンの威光の届かない土地で、誰があんたの味方をしてくれるかしらね」
「ふ、フン!!」

ようやく自分の置かれた立場を理解できたのか、王子はようやく口を閉じた。

ちょうどサリッドが戻ってきたので、一緒に焚火を起こす。
二人で干し肉のスープとチーズのサンドウィッチを作った。
バカ王子は味が薄いだの文句を言いながら、すべてを平らげた。
もう、こいつ、このまま捨てていきたい。
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