63 / 73
アンチノック・スターチスの誤算
13.
しおりを挟む
まるで家賃の取り立てに来た誰かがいるかのように、乱暴にドアや壁に何かがぶち当たる音がする。それが雨音だなんて生易しいものでないことは想像に難くなかった。風が出てきたのだろう。
子供の頃、台風による影響で学校が休校になった時、似たような音を聞いたことがある。
真っ昼間なのに部屋が真っ暗だったのは雨戸を閉じていたからで、そういった明確な理由があるものにさえ、普段とはまるで違う非日常に心が踊った。
家の中にいれば、自分の意志で電気も付けられるし暖も取れた。確実に安全が保証されていたからこそ、外の惨状を知らぬままでいられたからこそ、その非日常はエンターテイメントになり得たのだと思う。
「心当たりがあるんだ」
唐突に恭介が言った。お互い、下着こそ身につけているのものの、その他の服は天井にロープを吊るし、乾くのを待っている状態だ。ログハウスの床をぶち抜いて作った焚き火の上に吊るすなんて、危険なことはしない。格子窓の近くに仲良く並べられたそれらは、乾いた空気による乾燥でしか、水分を飛ばせないだろう。
翌朝に望む通りの状態で仕上がっているかどうかは改めて考えても絶望的だったが、濡れたままのそれを身に纏ったまま眠りにつく危険性を考えれば脱いでしまう方が安全だった。
もぞり、と体を動かしたのは、恭介に背を向けていたから。
両想いだと知ったばかりの相手と、自分の提案でとはいえ、ひとつの毛布の中にいるなんて――箍を外せばいつでも触れるしなやかな背筋が目の前にあるだなんて、拷問以外の何物でもなかったからだ。
つい先程圭吾の手によって無理矢理押し込めたばかりの獣は、その息遣いさえ感じられる程近くで、今か今かとその時を待っている。ほんの少しでも滑らかな肌を視界に入れないようにと躍起になっていたところだったので、恭介の言葉に一拍遅れる羽目になった。
「……心当たりって?」
「弟が死んだ場所」
感情のない声だと思った。そう思ってからすぐに、そうではないのだと理解した。
この人は、飲まれないようにしてるのだと思う。
姉である彼女が抱いた憤りも、哀しみも、恭介や圭吾が我が物顔で振りかざして良いものではない。傷つけられたと声を荒げる権利は、傷つけられた本人にしかないのだと正しく理解していた。
シンパシーも、共感も、感情移入も。核心をブレさせるだけのまやかしであり、どれ程寄り添おうと心を砕いたところで、一緒になって同じ重さの武器を持つことはできない。
外野である恭介たちができることは、傍にいて見定めることだけだ。
今までだって、これからだって、その域を出てはいけない。
「最初に、いざという時の避難場所として……血液で囲ったところ。今は水が乾いていたけど、多分あそこは池だったと思う。中央に伸びてる石の足場が残ってたけど、それが中心で途絶えてる」
「橋ではないってことですか?」
「渡すために造られたんじゃない。真ん中に拘束して、見せしめにするための台か、或いは」
そこで一度口を閉ざしてから、恭介は少し思案しているようだった。
「池に突き落とすための足場……だったのかもしれませんね」
その先を言わせまいとして、圭吾が受け取った。
ふるり、と小さく震えて、恭介が両手で顔を覆う。
「……失格だ、俺」
「どうして」
「可哀想だって、思っちまう」
暗闇と砂嵐を混ぜたようにざらついた声が、恭介の感情を殺しきれないまま静寂に落とされた。
「俺だって、そうだったのかもしれない。師匠が、しのが……他のみんなが、いてくれなきゃ、とっくに」
最初に師匠と羅列されたことに幼い嫉妬を感じたけれど、焼け付く喉を堪えてすぐに飲み込む。今言うべき感情ではないと判断した。きっと、こうした自分本意なところが、次点に名前を挙げられる最もたる所以なのだと思う。
頼るべき大人は、恭介の近くにずっと居続けていたのだから。
それでも――それでも、だ。
「先輩」
とっくに、の後に何を言おうとしていたのか、想像できない程馬鹿じゃない。顔を覆う指に手を伸ばすと、氷を触った直後のように冷たかった。
両手の中に閉じ込めて、圭吾はその中に息を吹き掛ける。
「……っ」
咄嗟に、逃げようとむずかるそれをきつく握り締めて、オッドアイの両目を覗き込んだ。
きっと、圭吾がこんなふうに踏み込むようになる前の彼は、凍える直前のような指を一人で握り込み、これはずっと温かさに触れられないものだと諦めて、夜が過ぎ去るのを待つ日々をあてもなく過ごしていたのだろう。
安っぽい同情のようなものを無意識に抱いた自分を恥じて、自身の運命をひとり、なぞるように未来を閉じて。
嵐が暴れる夜も、雨上がりの空にそよぐ風の匂いも、湿った土を踏む感触も、雨宿りを終えたそれぞれの生き物が、こぞって動き出す世界も。壁一枚向こう側にあるものだからと、ただ羨ましそうに眺めただけで終わらせていたのかもしれない。
だけどもう、圭吾は触ることができる。
一人ぼっちで握り込んでいた、この指に。
「迎えに行きましょう、僕たちで」
「しの……」
猫っ毛の黒髪を、緩く撫でながら提案する。そのまましっとりと水分を含む髪に指を滑らせて、まるで風呂上がりのようだななんて邪な妄想に思考が傾きかけたが、どうにか持ち堪えた。
「ここを出られなくて、烏丸さんたちも入って来られない領域である以上、僕たちだけで浄霊しなければならないということです。ですが、呪いの原因もはっきりとわからない今のままでは、対話での浄霊は正直難しいと思います。危険を伴うとは重々承知ですが、一度現場に戻って、可能な限り霊視をするか……弟さんに直接話を聞く他ないでしょうね」
「呪いの原因って……姉が、弟を理不尽に殺されたことを恨んでるって話じゃなかったのか?」
さっきの電話でのやりとりを思い出し、恭介が意外そうに聞き返した。
「……本当に、一個人の呪いだけで、山全体を結界で覆う力となり得るでしょうか?」
「……」
「……お姉さんの怨念も、おそらく原因のひとつだと思います。ですが、元凶は多分それだけじゃない」
頭を撫でるだけだった掌が、無意識に恭介の首筋へとスライドする。体の形を縁取るように、しつこく触ってしまうのだ――まるでその存在が、輪郭が、この手の中にあることを確かめるように。
「つらいかもしれませんが、弟さんに……昔何があって、今何が起きているのか。聞くのが得策だと思います」
「……つらいなんて言わねェよ、馬鹿」
「そうかな」
綿菓子を抱きしめるように、優しく手を背中に回してから圭吾は言う。
「貴方は優しい人だから」
体に直接触れる面が多くなったから、気づいてしまった。
その華奢な肩が、僅かに震えていることに。
「……寒い?」
「少し……」
こんなこと、提案するのはまずいだろうか。不意に擡げた欲求は、すぐに言葉にするにはやや躊躇いがあった。
「しの?」
「……体温を、あげることをしても良いですか?」
「え……」
本当に、何もわかっていなそうな無垢な顔で、恭介が小さく首を傾ける。
「さっきみたいに、乱暴なことはしません。傷口が開くような激しいことは極力……しませんから、だから、キスだけ」
無意識に指に力が籠り、柔らかく触るだけだったそれが突如、拘束の意味を含みそのまま腰に回された。
「ま、待て、しの。駄目だ」
「どうして?」
「キスだけって、お前は言うけど、俺」
耳まで真っ赤になりながら、睫毛を震わせて恭介が言う。
「しのにキスされたら……頭ん中、ぐちゃぐちゃに溶けて……おかしくなる……」
ぐらり。
その瞬間、圭吾を真っ赤な欲望が飲み込んだ。
「ん……っ」
「いい加減にしてください……! あんたは、男がどういう生き物かまるでわかってない!」
「え……な、何」
まるで貪るように唇を奪いながらも、どうにか残っている理性で圭吾が叫んだ。
「本当に、乱暴にはしたくないんです……! なのにどうしてそんな、煽るようなことを……!」
「煽るなんて、そん……ん、」
腰に回した手で、羽交い締めするようにしっかり抱きかかえながら、再び口を塞ぐ。
ぬるりと舌を入れ込み、上唇を愛撫するように舐めた。
「待っ、しの……っ、アァ……!」
意図した訳ではなかったが、逸る圭吾の爪が乳首をかすめ、恭介は高い声で啼いた。その瞬間を逃さず、圭吾の舌が恭介の腔内にねじ込まれる。
「っ、もっと奥に……入れたい……口、開けて先輩」
「奥……奥はだめ……っ、あ、んう」
少しの隙間も許さずに凌辱する圭吾の舌からどうにか逃げながら、恭介が上擦った声で懇願した。
「お腹が、うずうずして、へんになるから……だめ」
「っ、くそ……っ!」
「やっ……」
完全に理性の焼き切れた圭吾が、押し倒すようにして恭介の口の中を犯した。
「ん、んん……んう」
「……ね、先輩……乳首……舐めても良いですか?」
熱に浮かされてはいたが、とんでもないことを提案されて恭介は縮み上がった。
「……! だ、だめ、だ」
「絶対に噛んだりしませんから。舐めるだけ……」
まるで捨てられた仔犬のように縋る目が、ただでさえ不安定だった恭介の理性をどろりと溶かす。もう頭の中は、目の前の男の言うことを聞いてやりたいという欲望に染められていた。
「……ほ、ほんとに」
言ってはいけない。こんないやらしいこと。
言ってはいけない、のに。
「ほんとに、舐めるだけ、か……?」
「……ちょっとだけ、吸っちゃうかもしれませんけど、多分……舐めるだけ……」
圭吾の、火傷しそうなくらい熱い吐息が耳を掠める。
きっと、それが決定打だった。
「……痛く、しないなら……良いけど」
ごくり。
唾を飲み込む音が、圭吾の鼓膜に大きく響いた。期待に震えた乳首が、淡いピンクに色づいている。殆ど獲物に齧り付く野生動物のように口をあけた瞬間、放り投げていた携帯の受信音が鳴った。
「……絶対どこかで見張ってる気がするな」
「しの、電話……」
「電話じゃないですよ」
その短さでメールか何かだろうと判断し、恭介の肩に毛布を掛け直してから、忌々しい気持ちで全く空気を読まない小型の機械を拾う。メールだろうと判断したそれは正解で、送り主も言わずもがなの人物であった。
参考にしろ、という一言だけの本文の下には、添付されたリンクがある。恭介の近くに戻って、一緒に画面を見ながら、人差し指でタップする。起動中を意味する丸の記号が暫くぐるぐる動いた後、開かれたのは山全体を把握できる地図だった。
「助かりましたね。ここから移動をしてしまったら、そこに電波があるとも限りませんし、念のため画像保存しておきましょう」
「……しの」
「はい?」
「さっきの、続きどうすんの……? 乳首……舐める?」
「~~~~!!」
不意打ちにも程がある質問をされ、咄嗟に携帯を取り落とす。改めて人から聞くと、とんでもないセクハラ発言だった。
「しの?」
「いいです……少し冷静になりました。絶対舐めるだけじゃ終わらないし、万一傷が開くようなことがあってもいけませんし」
「もし」
脇腹の少し下をなぞりながら恭介が、ぼそりと呟いた。
「傷が開くようなことがあったら、傷口……しのが焼いてくれよ」
とんでもないことを言われている気がして、息を飲んだ。睫毛を伏せてうっとりと微笑みながら、追い打ちを掛けるようにして恭介が言う。
「……そうしたら、俺……すげー幸せだもん」
この時圭吾が理性を失わず、予定の通り乳首をしゃぶり倒すこともせず、柔らかく微笑んで「あんまりそういうことをそんな顔で言ってはいけませんよ」と一言を返すだけに留めることができた件に関しては、一生褒め称えられるべき事案だと後々まで仲間内で語られる伝説となった。
子供の頃、台風による影響で学校が休校になった時、似たような音を聞いたことがある。
真っ昼間なのに部屋が真っ暗だったのは雨戸を閉じていたからで、そういった明確な理由があるものにさえ、普段とはまるで違う非日常に心が踊った。
家の中にいれば、自分の意志で電気も付けられるし暖も取れた。確実に安全が保証されていたからこそ、外の惨状を知らぬままでいられたからこそ、その非日常はエンターテイメントになり得たのだと思う。
「心当たりがあるんだ」
唐突に恭介が言った。お互い、下着こそ身につけているのものの、その他の服は天井にロープを吊るし、乾くのを待っている状態だ。ログハウスの床をぶち抜いて作った焚き火の上に吊るすなんて、危険なことはしない。格子窓の近くに仲良く並べられたそれらは、乾いた空気による乾燥でしか、水分を飛ばせないだろう。
翌朝に望む通りの状態で仕上がっているかどうかは改めて考えても絶望的だったが、濡れたままのそれを身に纏ったまま眠りにつく危険性を考えれば脱いでしまう方が安全だった。
もぞり、と体を動かしたのは、恭介に背を向けていたから。
両想いだと知ったばかりの相手と、自分の提案でとはいえ、ひとつの毛布の中にいるなんて――箍を外せばいつでも触れるしなやかな背筋が目の前にあるだなんて、拷問以外の何物でもなかったからだ。
つい先程圭吾の手によって無理矢理押し込めたばかりの獣は、その息遣いさえ感じられる程近くで、今か今かとその時を待っている。ほんの少しでも滑らかな肌を視界に入れないようにと躍起になっていたところだったので、恭介の言葉に一拍遅れる羽目になった。
「……心当たりって?」
「弟が死んだ場所」
感情のない声だと思った。そう思ってからすぐに、そうではないのだと理解した。
この人は、飲まれないようにしてるのだと思う。
姉である彼女が抱いた憤りも、哀しみも、恭介や圭吾が我が物顔で振りかざして良いものではない。傷つけられたと声を荒げる権利は、傷つけられた本人にしかないのだと正しく理解していた。
シンパシーも、共感も、感情移入も。核心をブレさせるだけのまやかしであり、どれ程寄り添おうと心を砕いたところで、一緒になって同じ重さの武器を持つことはできない。
外野である恭介たちができることは、傍にいて見定めることだけだ。
今までだって、これからだって、その域を出てはいけない。
「最初に、いざという時の避難場所として……血液で囲ったところ。今は水が乾いていたけど、多分あそこは池だったと思う。中央に伸びてる石の足場が残ってたけど、それが中心で途絶えてる」
「橋ではないってことですか?」
「渡すために造られたんじゃない。真ん中に拘束して、見せしめにするための台か、或いは」
そこで一度口を閉ざしてから、恭介は少し思案しているようだった。
「池に突き落とすための足場……だったのかもしれませんね」
その先を言わせまいとして、圭吾が受け取った。
ふるり、と小さく震えて、恭介が両手で顔を覆う。
「……失格だ、俺」
「どうして」
「可哀想だって、思っちまう」
暗闇と砂嵐を混ぜたようにざらついた声が、恭介の感情を殺しきれないまま静寂に落とされた。
「俺だって、そうだったのかもしれない。師匠が、しのが……他のみんなが、いてくれなきゃ、とっくに」
最初に師匠と羅列されたことに幼い嫉妬を感じたけれど、焼け付く喉を堪えてすぐに飲み込む。今言うべき感情ではないと判断した。きっと、こうした自分本意なところが、次点に名前を挙げられる最もたる所以なのだと思う。
頼るべき大人は、恭介の近くにずっと居続けていたのだから。
それでも――それでも、だ。
「先輩」
とっくに、の後に何を言おうとしていたのか、想像できない程馬鹿じゃない。顔を覆う指に手を伸ばすと、氷を触った直後のように冷たかった。
両手の中に閉じ込めて、圭吾はその中に息を吹き掛ける。
「……っ」
咄嗟に、逃げようとむずかるそれをきつく握り締めて、オッドアイの両目を覗き込んだ。
きっと、圭吾がこんなふうに踏み込むようになる前の彼は、凍える直前のような指を一人で握り込み、これはずっと温かさに触れられないものだと諦めて、夜が過ぎ去るのを待つ日々をあてもなく過ごしていたのだろう。
安っぽい同情のようなものを無意識に抱いた自分を恥じて、自身の運命をひとり、なぞるように未来を閉じて。
嵐が暴れる夜も、雨上がりの空にそよぐ風の匂いも、湿った土を踏む感触も、雨宿りを終えたそれぞれの生き物が、こぞって動き出す世界も。壁一枚向こう側にあるものだからと、ただ羨ましそうに眺めただけで終わらせていたのかもしれない。
だけどもう、圭吾は触ることができる。
一人ぼっちで握り込んでいた、この指に。
「迎えに行きましょう、僕たちで」
「しの……」
猫っ毛の黒髪を、緩く撫でながら提案する。そのまましっとりと水分を含む髪に指を滑らせて、まるで風呂上がりのようだななんて邪な妄想に思考が傾きかけたが、どうにか持ち堪えた。
「ここを出られなくて、烏丸さんたちも入って来られない領域である以上、僕たちだけで浄霊しなければならないということです。ですが、呪いの原因もはっきりとわからない今のままでは、対話での浄霊は正直難しいと思います。危険を伴うとは重々承知ですが、一度現場に戻って、可能な限り霊視をするか……弟さんに直接話を聞く他ないでしょうね」
「呪いの原因って……姉が、弟を理不尽に殺されたことを恨んでるって話じゃなかったのか?」
さっきの電話でのやりとりを思い出し、恭介が意外そうに聞き返した。
「……本当に、一個人の呪いだけで、山全体を結界で覆う力となり得るでしょうか?」
「……」
「……お姉さんの怨念も、おそらく原因のひとつだと思います。ですが、元凶は多分それだけじゃない」
頭を撫でるだけだった掌が、無意識に恭介の首筋へとスライドする。体の形を縁取るように、しつこく触ってしまうのだ――まるでその存在が、輪郭が、この手の中にあることを確かめるように。
「つらいかもしれませんが、弟さんに……昔何があって、今何が起きているのか。聞くのが得策だと思います」
「……つらいなんて言わねェよ、馬鹿」
「そうかな」
綿菓子を抱きしめるように、優しく手を背中に回してから圭吾は言う。
「貴方は優しい人だから」
体に直接触れる面が多くなったから、気づいてしまった。
その華奢な肩が、僅かに震えていることに。
「……寒い?」
「少し……」
こんなこと、提案するのはまずいだろうか。不意に擡げた欲求は、すぐに言葉にするにはやや躊躇いがあった。
「しの?」
「……体温を、あげることをしても良いですか?」
「え……」
本当に、何もわかっていなそうな無垢な顔で、恭介が小さく首を傾ける。
「さっきみたいに、乱暴なことはしません。傷口が開くような激しいことは極力……しませんから、だから、キスだけ」
無意識に指に力が籠り、柔らかく触るだけだったそれが突如、拘束の意味を含みそのまま腰に回された。
「ま、待て、しの。駄目だ」
「どうして?」
「キスだけって、お前は言うけど、俺」
耳まで真っ赤になりながら、睫毛を震わせて恭介が言う。
「しのにキスされたら……頭ん中、ぐちゃぐちゃに溶けて……おかしくなる……」
ぐらり。
その瞬間、圭吾を真っ赤な欲望が飲み込んだ。
「ん……っ」
「いい加減にしてください……! あんたは、男がどういう生き物かまるでわかってない!」
「え……な、何」
まるで貪るように唇を奪いながらも、どうにか残っている理性で圭吾が叫んだ。
「本当に、乱暴にはしたくないんです……! なのにどうしてそんな、煽るようなことを……!」
「煽るなんて、そん……ん、」
腰に回した手で、羽交い締めするようにしっかり抱きかかえながら、再び口を塞ぐ。
ぬるりと舌を入れ込み、上唇を愛撫するように舐めた。
「待っ、しの……っ、アァ……!」
意図した訳ではなかったが、逸る圭吾の爪が乳首をかすめ、恭介は高い声で啼いた。その瞬間を逃さず、圭吾の舌が恭介の腔内にねじ込まれる。
「っ、もっと奥に……入れたい……口、開けて先輩」
「奥……奥はだめ……っ、あ、んう」
少しの隙間も許さずに凌辱する圭吾の舌からどうにか逃げながら、恭介が上擦った声で懇願した。
「お腹が、うずうずして、へんになるから……だめ」
「っ、くそ……っ!」
「やっ……」
完全に理性の焼き切れた圭吾が、押し倒すようにして恭介の口の中を犯した。
「ん、んん……んう」
「……ね、先輩……乳首……舐めても良いですか?」
熱に浮かされてはいたが、とんでもないことを提案されて恭介は縮み上がった。
「……! だ、だめ、だ」
「絶対に噛んだりしませんから。舐めるだけ……」
まるで捨てられた仔犬のように縋る目が、ただでさえ不安定だった恭介の理性をどろりと溶かす。もう頭の中は、目の前の男の言うことを聞いてやりたいという欲望に染められていた。
「……ほ、ほんとに」
言ってはいけない。こんないやらしいこと。
言ってはいけない、のに。
「ほんとに、舐めるだけ、か……?」
「……ちょっとだけ、吸っちゃうかもしれませんけど、多分……舐めるだけ……」
圭吾の、火傷しそうなくらい熱い吐息が耳を掠める。
きっと、それが決定打だった。
「……痛く、しないなら……良いけど」
ごくり。
唾を飲み込む音が、圭吾の鼓膜に大きく響いた。期待に震えた乳首が、淡いピンクに色づいている。殆ど獲物に齧り付く野生動物のように口をあけた瞬間、放り投げていた携帯の受信音が鳴った。
「……絶対どこかで見張ってる気がするな」
「しの、電話……」
「電話じゃないですよ」
その短さでメールか何かだろうと判断し、恭介の肩に毛布を掛け直してから、忌々しい気持ちで全く空気を読まない小型の機械を拾う。メールだろうと判断したそれは正解で、送り主も言わずもがなの人物であった。
参考にしろ、という一言だけの本文の下には、添付されたリンクがある。恭介の近くに戻って、一緒に画面を見ながら、人差し指でタップする。起動中を意味する丸の記号が暫くぐるぐる動いた後、開かれたのは山全体を把握できる地図だった。
「助かりましたね。ここから移動をしてしまったら、そこに電波があるとも限りませんし、念のため画像保存しておきましょう」
「……しの」
「はい?」
「さっきの、続きどうすんの……? 乳首……舐める?」
「~~~~!!」
不意打ちにも程がある質問をされ、咄嗟に携帯を取り落とす。改めて人から聞くと、とんでもないセクハラ発言だった。
「しの?」
「いいです……少し冷静になりました。絶対舐めるだけじゃ終わらないし、万一傷が開くようなことがあってもいけませんし」
「もし」
脇腹の少し下をなぞりながら恭介が、ぼそりと呟いた。
「傷が開くようなことがあったら、傷口……しのが焼いてくれよ」
とんでもないことを言われている気がして、息を飲んだ。睫毛を伏せてうっとりと微笑みながら、追い打ちを掛けるようにして恭介が言う。
「……そうしたら、俺……すげー幸せだもん」
この時圭吾が理性を失わず、予定の通り乳首をしゃぶり倒すこともせず、柔らかく微笑んで「あんまりそういうことをそんな顔で言ってはいけませんよ」と一言を返すだけに留めることができた件に関しては、一生褒め称えられるべき事案だと後々まで仲間内で語られる伝説となった。
0
あなたにおすすめの小説
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です
はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。
自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。
ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。
外伝完結、続編連載中です。
推しにプロポーズしていたなんて、何かの間違いです
一ノ瀬麻紀
BL
引きこもりの僕、麻倉 渚(あさくら なぎさ)と、人気アイドルの弟、麻倉 潮(あさくら うしお)
同じ双子だというのに、なぜこんなにも違ってしまったのだろう。
時々ふとそんな事を考えてしまうけど、それでも僕は、理解のある家族に恵まれ充実した引きこもり生活をエンジョイしていた。
僕は極度の人見知りであがり症だ。いつからこんなふうになってしまったのか、よく覚えていない。
本音を言うなら、弟のように表舞台に立ってみたいと思うこともある。けれどそんなのは無理に決まっている。
だから、安全な自宅という城の中で、僕は今の生活をエンジョイするんだ。高望みは一切しない。
なのに、弟がある日突然変なことを言い出した。
「今度の月曜日、俺の代わりに学校へ行ってくれないか?」
ありえない頼み事だから断ろうとしたのに、弟は僕の弱みに付け込んできた。
僕の推しは俳優の、葛城 結斗(かつらぎ ゆうと)くんだ。
その結斗くんのスペシャルグッズとサイン、というエサを目の前にちらつかせたんだ。
悔しいけど、僕は推しのサインにつられて首を縦に振ってしまった。
え?葛城くんが目の前に!?
どうしよう、人生最大のピンチだ!!
✤✤
「推し」「高校生BL」をテーマに書いたお話です。
全年齢向けの作品となっています。
一度短編として完結した作品ですが、既存部分の改稿と、新規エピソードを追加しました。
✤✤
綴った言葉の先で、キミとのこれからを。
小湊ゆうも
BL
進路選択を前にして、離れることになる前に自分の気持ちをこっそり伝えようと、大真(はるま)は幼馴染の慧司(けいし)の靴箱に匿名で手紙を入れた。自分からだと知られなくて良い、この気持ちにひとつ区切りを付けられればと思っていたのに、慧司は大真と離れる気はなさそうで思わぬ提案をしてくる。その一方で、手紙の贈り主を探し始め、慧司の言動に大真は振り回されてーー……。 手紙をテーマにしたお話です。3組のお話を全6話で書きました!
表紙絵:小湊ゆうも
染まらない花
煙々茸
BL
――六年前、突然兄弟が増えた。
その中で、四歳年上のあなたに恋をした。
戸籍上では兄だったとしても、
俺の中では赤の他人で、
好きになった人。
かわいくて、綺麗で、優しくて、
その辺にいる女より魅力的に映る。
どんなにライバルがいても、
あなたが他の色に染まることはない。
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
金の野獣と薔薇の番
むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。
彼は事故により7歳より以前の記憶がない。
高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。
オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。
ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。
彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。
その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。
来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。
皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……?
4/20 本編開始。
『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。
(『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。)
※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。
【至高のオメガとガラスの靴】
↓
【金の野獣と薔薇の番】←今ココ
↓
【魔法使いと眠れるオメガ】
闘乱世界ユルヴィクス -最弱と最強神のまったり世直し旅!?-
mao
BL
力と才能が絶対的な存在である世界ユルヴィクスに生まれながら、何の力も持たずに生まれた無能者リーヴェ。
無能であるが故に散々な人生を送ってきたリーヴェだったが、ある日、将来を誓い合った婚約者ティラに事故を装い殺されかけてしまう。崖下に落ちたところを不思議な男に拾われたが、その男は「神」を名乗るちょっとヤバそうな男で……?
天才、秀才、凡人、そして無能。
強者が弱者を力でねじ伏せ支配するユルヴィクス。周りをチート化させつつ、世界の在り方を変えるための世直し旅が、今始まる……!?
※一応はバディモノですがBL寄りなので苦手な方はご注意ください。果たして愛は芽生えるのか。
のんびりまったり更新です。カクヨム、なろうでも連載してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる