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悪役を演じて見せよ!

閑話 お母さんは勝手に捨ててしまうことあるよね

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 ソラは本当に幼いころから漫画を読んでいる。文字は漫画で覚えたといって過言ではない。
 すごろくゲームで謎の空間に呼び出されてしまう前も、ネコ型ロボットが出てくるよい子向けの漫画を読んでいた。

 あれから10年経った今でもお気に入りの少年誌を定期購読をしている。ゲームポイントを毎月10消費してしまうが、それは必要経費と思っている。しかも、定期購読であれば送料無料なのだ。

 ちなみに、電子版は毎月8ポイントと絶妙に割り引いてくれているので、他のチームメイトには好評だ。支給されているゲーム参加者専用の電子タブレットを使って、簡単に購入することもできるのだ。ソラは本を実際手に取って読むことの方が好きで、インクの匂いも好きなので、雑誌は実物を買う派だが。

 ゲームに参加していない時、人をだめにするソファに寝っ転がって、少年誌や漫画を読む時間はソラの至福の時だ。至福の時だったのだ…。
 だが、そんなある日、ソラに悲劇が襲う。漫画のお供ポテトチップスのストックがなくなってしまったので、地下にあるコンビニに買い物に出かけている間のたった数十分の出来事だった。

 帰ってみると、部屋の中がべしょぐしょの水浸しになっていたのだ。いったい何が…。雑誌もほぼ全滅だ。不幸中の幸いは、洋服ダンスの上にある本棚の中は高さがあったため、無事であったことだ。

 拠点の中ということもあり、不用心なソラは鍵を閉め忘れていた。こうしてまんまと侵入者の暴挙を許してしまったのだ。

「犯人はとま伯か!」
 ビシっと、犯人とおぼしきとまと伯爵を指さす。

「この落とし前どうしてくれよう、雑誌、読みかけだったのに!」
 とまと伯爵のおしゃれな紳士服の襟元をつかんで、ゆっさゆっさと揺さぶる。
 とまと伯爵はおしゃれに目覚めて立襟にしているので、つかみづらいったらありゃしない。先日、おしゃれの立襟なのに、「とまと伯爵、襟がたちっぱなしですよ」とガラムに指摘されていた時につい笑ってしまったのがいけなかったのだろうか。

「ごめん、違うんだけどさ、いやー、申し訳ない。色んな不幸が重なって、鯉吉こいきちちゃんが怒って水浸しにしちゃったんだ」
 鯉吉ちゃんとはゲーム参加者の赤白黒のきれいな鯉柄の竜だ。数多あまたの鯉を押しのけて、滝登りに成功して、竜となった猛者竜だ。元々は鯉なので、大型犬サイズでまだまだかわいらしいサイズだ。得意技は口から水放射。

「いやね、鯉吉ちゃんが読んでいた漫画雑誌を勝手にお母さんが勝手に捨てちゃったんだって。で、そういえば、その雑誌ソラ君が持っていたかもって言ったらこの有様でね」
 鯉吉の母も一緒にゲームに参加していて、鯉吉とペアを組むことが多い。鯉吉の両親も共に鯉から竜になった猛者で、母は喧嘩して家出してしまった夫を探している。喧嘩の理由が野球チームの応援をカープかドラゴンズどっちにするかという理由だったので、実にくだらないと思っている鯉吉はあんまり父を心配していない。鯉吉はサッカーファンなのだ。

「ジャンルが違ったみたいで、期待しただけに怒っちゃってね。僕も迂闊にソラ君が持っているかもなんていった手前申し訳なくて…後で弁償するから許してね」
 鯉吉よ…、気持ちは何となくわかる。やるせない怒りってあるよね、とまと伯爵が弁償してくれるし、まあ、あとで1回しっぺして許してあげよう。

 後日、ほっぺをはらしてべそべそ泣いた鯉吉と鯉吉母が菓子折りをもって謝罪しに来たので、この話は水に流すことにした。
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