俺の隣にいるのはキミがいい

空乃 ひかげ

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第二章

わだかまりが溶けた日

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 昼下がりの家は、蝉の声と風鈴の音で満たされていた。
 私はソファに寝転がって、スマホをぽちぽち。
 宿題? 
 そんなの、8月に入ってからでいいや……。

「静かだねぇ~」
「昼間だしな」

 キッチンカウンターの向こうで、ハルくんがコーヒーを飲みながら答える。
 麦茶のグラス越しに見る兄の横顔は、なんだか大人びて見えて、
 “お兄ちゃん”というより“社会人のお兄さん”って感じだった。

 ――その時。
 ピンポーン。

「……誰だろ」
 玄関の方に行くと、ドアの向こうで瑠夏が腕を組んで立っていた。
「よお…。
 暇してるだろうと思ったから来てやった」

「来てやったって、なにそれ」
「事実だろ?」
「ふふ、ありがと」

 いつものぶっきら棒な笑い方。
 でもどこか照れてるのがわかって、私の口元も自然とゆるむ。

 後ろから足音がして、ハルくんが顔を出した。
「おー、海の時ぶりだな。
 元気そうじゃん、瑠夏」
「そんなに日にち経ってねぇけどな」

 瑠夏が少し笑って肩をすくめる。
 ああ、なんかこういうやり取り、落ち着くなぁ……。
 小学生の頃はしょっちゅう見てた光景だ。
 よく瑠夏が私の家に遊びに来てたんだよね。
 懐かしい…。

「麦茶、いる?」
「おう、ありがとな」
「うん」

 今日の瑠夏、何だか凄く落ち着いてる。
 何かあったのかな?
 そう不思議に思うものの、この3人で過ごすのは昔に戻ったようで
 嬉しいという気持ちの方が強かった。

 3人でリビングのテーブルを囲んで、他愛ない話をした。
 ハルくんはいつの間にか麦茶を片手に笑ってて、
 瑠夏はまだ少しハルくんに気まずさが残ってるみたいだったけど、海に一緒に行ったおかげもあってか
 前より全然普通に会話に混ざっていた。

「しかし、ホントお前丸くなったな。
 中学ん時は棘の様にツンツンしてたのにさ」
 テーブルに膝をつきながら、ハルくんがニヤリと不敵な笑みを浮かべてからかうように笑う。
「あん時は…!
 …悪かったよ、色々と迷惑かけて」
 瑠夏が何か言い返そうとしていたけど、すぐ目を伏せて下を向いた。

「別に迷惑はかかってねぇよ。
 けど、心配はしてた」
「はる兄…」
ハルくんの言葉で、瑠夏の顔が静かに上がる。

「もうあん時の様に、戻る事はないと思うけど…。
 もしまたあん時みたいにひなたの事泣かせたら、そん時は…分かってるよな?」
 ハルくんがニコリと笑ってるのを横で見るものの、目が笑ってない気がする。
 何か黒いオーラも見える気がするし、怖いまですらある。

 そんなハルくんに怯むこともなく、瑠夏は真面目な顔をしてハルくんの目をしっかり見ていた。
「分かってる、そんくらい…」
「ならいい。
 これからもひなの事頼んだぞ、瑠夏」
「ん…」

 短く答えて、瑠夏がストローでグラスの中の氷を鳴らす音が、妙に心地よかった。
 ハルくんは静かに肩を揺らして笑いだす。
「まあ、でも今の方がずっと良い顔してるよ。
 なぁ、ひな?」
「うん。
 瑠夏、いつも楽しそうだし、凄く優しくなった」

 笑顔で言った瞬間、瑠夏が固まって、
「……うるせぇ」
 って視線をそらした。

 その横顔が、少し赤く見えたのは気のせいじゃないと思う。

ーーーーー

 気づけば外はすっかり夕方で、
 茜色の空がカーテンの隙間から差し込んでいた。
 3人でだらだら話して、笑って、気づいたら時間なんてどうでもよくなっていた。

「…んじゃ、そろそろ帰るわ」
 外と時計を見た瑠夏が、立ち上がって玄関へ向かう。
 私も立ち上がってその後を追いかけた。

「楽しいとあっという間に時間が経つね」
「だな」
 返事をしながらサンダルを履き、瑠夏が振り向いた。
 ハルくんがリビングから手を上げて瑠夏を見送る。

「瑠夏、また来いよー」
「おう。
 …はる兄、ありがとな」
「気をつけて帰れよー」

 2人の間には、もう気まずさも微妙な空気もなくなっていた。
 昔の、頼れる兄と可愛い弟分…。
 そんな関係に戻った気がした。

 私もサンダルを履いて、瑠夏と共に外に出て玄関先までお見送りする。
「今日はありがとね。
 瑠夏が来てくれて凄く楽しかったよ」
 少し照れながらもニコっとはにかむ。

「……お前な」
 瑠夏は一瞬、何か言いたげに口を閉じて、
 そしてふっと笑った。

「お前も、前よりずっと楽しそうに笑うようになったな」
「え?」
「……あの頃より、ずっと」

 それだけ言って、瑠夏は私の頭の上に手を乗せて、
 軽くポンと撫でた。

 その手の温度が、夕方の風よりもずっとあたたかくて。
 胸が少しドキッとする。
 やっぱり、何だかいつもの瑠夏じゃないみたい…。

「またな」

 その声は優しくて、穏やかだった。
 瑠夏の後ろ姿を、見えなくなるまでずっと見つめる。

 遠くでカエルの鳴き声と虫の声が聞こえ始めた。
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