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穴
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「マティアス様!危ないわ!!下がっていてください!痛みに巻き込まれてしまう!!」
ドルマの叫びの後ろで、マティアスはしっかりとその腰を掴んで離す気配もしない。
(こんなに近づいたら、マティアス様も世界の痛みに巻き込まれてしまう!!!)
痛みを一部受け取ったらしい。ごふ、ごふ、と肺の奥から苦しそうな咳をしながら、マティアスは言った。
「・・絶対嫌だねドルマ、俺は君を離さない。決して一人にしない。君一人に世界の傷を引き受けさせるものか、君が引き受けるのであれば私も引き受けよう。さあ、ドルマ、早く繕いを!!」
「マティ様!!」
メリ、メリと嫌な音を立てて、そんな間にも穴の亀裂は深まってゆく。
「私に構うな、早く!」
ドルマは頷くと、穴から頼りなさそうに手を伸ばしている、黄色くか細い光の糸を掴んで、ゆっくりと、ゆっくりと紡ぎ始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
穴からは、目眩がするほど醜く酷い、重く苦しい傷が散り散りになってドルマに押し寄せてくる。
(ああ、そうだったのね・・この感情は知っている・・穴の向こうにあるのは・・「絶望」だったのね)
絶望が沈澱して、形となると瘴気となる。瘴気に触れると森の生き物達は魔獣と化する。濃い瘴気が沈殿すると、新しい命となって魔族が誕生する。
穴の向こうには、ただ、虚無の空間が広がっているとそうされてきていた。
(虚無からは何も生まれない。穴の向こうに蓄積した、世界の「絶望」が瘴気の元。そして、大きく膨れ上がって、耐えきれなくなった瘴気が「穴」から漏れてきたのね)
裂け目から伸びている光の糸は蜘蛛の糸のように細く頼りない。
だが、それでも世界は細やかながらもつながろうとしている。
前に発生したメンダーは、世界の「穴」を閉じて繋ぐために、穴の中に多くの命を投げ入れた。そう大聖女の思考は言っていた。
(命は「希望」ですもの。穴から溢れる「絶望」を止めるのには、たくさんの生きている若い命を穴に投げ入れて、そして穴を閉じる必要があったのだわ)
(でも、私なら、命を投げ込まなくても繕う事ができる気がする。私は人の絶望を、たくさん繕ってきたから)
ドルマは一度大きなため息をつくと、しっかりと糸を手にして、祈りを込めて、細く頼りない糸で「穴」の裂け目を繕い出した。
第六の騎士の制服を繕った時のように、孤児院の子供の服を繕った時のように、レナの魔術紋を繕う時のように、ヴァルクの胸を繕った時のように。
光はぎりぎりとした金属音を出しながら、ゆっくりとドルマの手によって、「穴」を閉じてゆく。
(世界が、痛みを伴わない場所でありますように。闇の中に光がありますように)
ドルマの心に世界の痛みが、絶望が散り散りになって襲いかかってくる。
叩きつけるように押し寄せてくる嵐のような世界の絶望の感情に巻き込まれて、ドルマの心の奥の、仕舞い込んでいた一番奥の痛みの断片が、急に浮かび上がって蘇ってくる。
(母さん・・!!)
浮き上がってきたのは幼児の頃のドルマの姿だ。
(「ごめんねドルマ、母さんにはお前のような恐ろしい子を育てることはできない。お前を家に置いていたら、父さんも母さんもみんなも、村から追い出されてしまうのよ。そうしたらみんな生きていけなくなる)
辺りをキョロキョロと落ち着きなく探りながら、そうドルマに言うと、赤ん坊を抱えた若い女は父と他の兄弟達の待つ馬車に乗り込んで行った。
これはドルマの母親だった女の姿。
(ああ、そうだ、村にスタンピートが襲ったその日の思い出だわ)
黒い煙が上がり、あちこちに叫び声が響く。辺り一面の焼け野原。ドルマが生まれ育った村田。
あの日。村をスタンピートが襲ったあの日、幼いドルマは避難してゆく家族から、村人から、魔獣の闊歩する焼け尽くされた村に、一人置き去りにされたのだ。
(そうだわ、これが絶望)
ドルマの心にポッカリとあいた大きな穴は、目の前の世界の「絶望」と同調し始めている。
ドルマの繕いの手が止まった。頼りない光の糸はどんどん細くなってゆく。
逆に大きな穴は、命を与えられたかのように脈動を打ち始める。
(ああ、これは私の絶望。私、自分の穴は、どうやって繕ったらいいのか知らないわ)
目の前の「穴」はミシミシと音を立ててどんどん広がってゆく。ドルマの目から、涙がほろりとこぼれてきた。
(胸が痛い。悲しい。怖い。お母さん)
馬車がドルマを置いて、どんどん遠ざかってゆく。途方に暮れて一人立ち尽くす幼いドルマの心が鮮やかに蘇る。
ドルマが思わず手から糸を手放しそうに鳴ったその瞬間だ。
ドルマの腕を、マティアスが後ろからガシリと掴んで叫んだ。
「ドルマ、俺がここに居る。俺がお前を繕う。お前は二度と一人じゃない!!」
苦しそうな息を吐きながら、ぎりぎりと歯を食いしばって、ドルマの腕を掴むと、マティアスは穴を一針、一針力の限りを振り払って、目の前の穴を繕い始めた。
「マティアス様、私、母さんに捨てられたの。私は世界でたった一人ぼっちだったの!!」
マティアスは苦しそうにドルマの頭をガシガシと撫でると、荒い息を吐きながら言った。
「ドルマ、よくぞ今まで耐えてくれた!もうドルマの仕事は終わりだ!!後は俺が全部引き受ける。ドルマの傷も、ドルマが繕いたい世界の傷も、俺が全部引き受けてやる!!ドルマ、絶望を手放せ、俺はここに居る!!!二度とお前を一人にするものか!!!」
「でも・・」
「手放せドルマ、俺を信じろ!!」
(マティ様・・!!)
ドルマの叫びの後ろで、マティアスはしっかりとその腰を掴んで離す気配もしない。
(こんなに近づいたら、マティアス様も世界の痛みに巻き込まれてしまう!!!)
痛みを一部受け取ったらしい。ごふ、ごふ、と肺の奥から苦しそうな咳をしながら、マティアスは言った。
「・・絶対嫌だねドルマ、俺は君を離さない。決して一人にしない。君一人に世界の傷を引き受けさせるものか、君が引き受けるのであれば私も引き受けよう。さあ、ドルマ、早く繕いを!!」
「マティ様!!」
メリ、メリと嫌な音を立てて、そんな間にも穴の亀裂は深まってゆく。
「私に構うな、早く!」
ドルマは頷くと、穴から頼りなさそうに手を伸ばしている、黄色くか細い光の糸を掴んで、ゆっくりと、ゆっくりと紡ぎ始めた。
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穴からは、目眩がするほど醜く酷い、重く苦しい傷が散り散りになってドルマに押し寄せてくる。
(ああ、そうだったのね・・この感情は知っている・・穴の向こうにあるのは・・「絶望」だったのね)
絶望が沈澱して、形となると瘴気となる。瘴気に触れると森の生き物達は魔獣と化する。濃い瘴気が沈殿すると、新しい命となって魔族が誕生する。
穴の向こうには、ただ、虚無の空間が広がっているとそうされてきていた。
(虚無からは何も生まれない。穴の向こうに蓄積した、世界の「絶望」が瘴気の元。そして、大きく膨れ上がって、耐えきれなくなった瘴気が「穴」から漏れてきたのね)
裂け目から伸びている光の糸は蜘蛛の糸のように細く頼りない。
だが、それでも世界は細やかながらもつながろうとしている。
前に発生したメンダーは、世界の「穴」を閉じて繋ぐために、穴の中に多くの命を投げ入れた。そう大聖女の思考は言っていた。
(命は「希望」ですもの。穴から溢れる「絶望」を止めるのには、たくさんの生きている若い命を穴に投げ入れて、そして穴を閉じる必要があったのだわ)
(でも、私なら、命を投げ込まなくても繕う事ができる気がする。私は人の絶望を、たくさん繕ってきたから)
ドルマは一度大きなため息をつくと、しっかりと糸を手にして、祈りを込めて、細く頼りない糸で「穴」の裂け目を繕い出した。
第六の騎士の制服を繕った時のように、孤児院の子供の服を繕った時のように、レナの魔術紋を繕う時のように、ヴァルクの胸を繕った時のように。
光はぎりぎりとした金属音を出しながら、ゆっくりとドルマの手によって、「穴」を閉じてゆく。
(世界が、痛みを伴わない場所でありますように。闇の中に光がありますように)
ドルマの心に世界の痛みが、絶望が散り散りになって襲いかかってくる。
叩きつけるように押し寄せてくる嵐のような世界の絶望の感情に巻き込まれて、ドルマの心の奥の、仕舞い込んでいた一番奥の痛みの断片が、急に浮かび上がって蘇ってくる。
(母さん・・!!)
浮き上がってきたのは幼児の頃のドルマの姿だ。
(「ごめんねドルマ、母さんにはお前のような恐ろしい子を育てることはできない。お前を家に置いていたら、父さんも母さんもみんなも、村から追い出されてしまうのよ。そうしたらみんな生きていけなくなる)
辺りをキョロキョロと落ち着きなく探りながら、そうドルマに言うと、赤ん坊を抱えた若い女は父と他の兄弟達の待つ馬車に乗り込んで行った。
これはドルマの母親だった女の姿。
(ああ、そうだ、村にスタンピートが襲ったその日の思い出だわ)
黒い煙が上がり、あちこちに叫び声が響く。辺り一面の焼け野原。ドルマが生まれ育った村田。
あの日。村をスタンピートが襲ったあの日、幼いドルマは避難してゆく家族から、村人から、魔獣の闊歩する焼け尽くされた村に、一人置き去りにされたのだ。
(そうだわ、これが絶望)
ドルマの心にポッカリとあいた大きな穴は、目の前の世界の「絶望」と同調し始めている。
ドルマの繕いの手が止まった。頼りない光の糸はどんどん細くなってゆく。
逆に大きな穴は、命を与えられたかのように脈動を打ち始める。
(ああ、これは私の絶望。私、自分の穴は、どうやって繕ったらいいのか知らないわ)
目の前の「穴」はミシミシと音を立ててどんどん広がってゆく。ドルマの目から、涙がほろりとこぼれてきた。
(胸が痛い。悲しい。怖い。お母さん)
馬車がドルマを置いて、どんどん遠ざかってゆく。途方に暮れて一人立ち尽くす幼いドルマの心が鮮やかに蘇る。
ドルマが思わず手から糸を手放しそうに鳴ったその瞬間だ。
ドルマの腕を、マティアスが後ろからガシリと掴んで叫んだ。
「ドルマ、俺がここに居る。俺がお前を繕う。お前は二度と一人じゃない!!」
苦しそうな息を吐きながら、ぎりぎりと歯を食いしばって、ドルマの腕を掴むと、マティアスは穴を一針、一針力の限りを振り払って、目の前の穴を繕い始めた。
「マティアス様、私、母さんに捨てられたの。私は世界でたった一人ぼっちだったの!!」
マティアスは苦しそうにドルマの頭をガシガシと撫でると、荒い息を吐きながら言った。
「ドルマ、よくぞ今まで耐えてくれた!もうドルマの仕事は終わりだ!!後は俺が全部引き受ける。ドルマの傷も、ドルマが繕いたい世界の傷も、俺が全部引き受けてやる!!ドルマ、絶望を手放せ、俺はここに居る!!!二度とお前を一人にするものか!!!」
「でも・・」
「手放せドルマ、俺を信じろ!!」
(マティ様・・!!)
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