対人恐怖症のメンダーと辺境の騎士 ~この恋は、世界のほころびを繕う~

Moonshine

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辺境伯

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(父上・・!)

塔の二階から、父の体が金の紐になって、己めがけて霧散してゆくのを見届けたマティアスは、一階の扉まで駆け下りていった。
扉の前には、先ほど外から見えた金の光が集まり、固まって、マティアスの目の前で一人の男の姿に変わってゆく。

マティアスの前で気を失っている男は、間違いなくマティアスの父・ヴァルクだ。
だがヴァルクの姿は、かつて辺境の虎とよばれたその力強い男の姿からは程遠く、青く、小さく、その命は風前の灯である事が明白であった。
ひゅう、ひゅうと肺から空気が漏れる、苦し気な音がする。
だがその体はまだ温かく、心臓はまだ命の鼓動を打っている。まだ死んではいない。

マティアスはそっと父を抱き起し、上着を脱いで冷たい石の床の上に父を横たえた。

壁の向こうに怯えて隠れていたドルマがそっと二人の元に、静かに歩み寄ってきた。

「・・ドルマ。私と父をつなげてくれたんだね。ありがとう」

「・・はい」

ドルマは短くそう言った。
マティアスの思いと、父の思いをドルマがその力で繋げた事、そして繋げた思いによってこの塔に父を呼び込んだ事は、マティアスにも何となく理解ができた。

(一体どうやって・・・いや、全ては後だ。今は一刻を争う)

「マティアス様、今から繕います。そこで見ていてください」

ドルマは小さな声で一言そう言うと、石の床の上に寝かされた病人の胸元のシャツを開いた。
そして、何か明確な意思をもったような手つきで直接胸の傷にまるで楽器を弾くような手つきで触れて、大きな傷跡の上に、その小さな指を動かしつづけた。

(ドルマは人の体を繕った事が、あるのだな)

マティアスは、前に発生したメンダーの仕業であると言われている、魔の森に生息するキメラ魔獣を頭に思い浮かべていた。
命を繕うほどの能力を持つ、メンダーの強大な力を目の当たりにして、マティアスは立ち尽くしていた。

ドルマが何かをさぐるかのように胸の傷跡の上を指で触れる度に、時々苦悶のうなり声が漏れ、石の塔にひびく。
父をドルマの手にゆだねる事以外、マティアスに出来ることは何もない。
マティアスはぐっと唇を噛んで、ただドルマの傍らで茫然とする他はなかった。

一体どれほどの時間が経過しただろう。
日はもう傾いて、茜色の光が冷たい石の床に伸びていた。

いつの間にか真っ青だったヴァルクの顔はどんどんと血の色をとりもどしていった。

茜色の日が落ちて、月明りが塔を青白く照らす頃には、ヴァルクの土気色だった指の爪まで赤みが差して、ドルマがどうやら全ての処置を終えて胸のボタンを締め終わる頃には、ヴァルクは安らかな顔をして、穏やかな息をついて石の床の上で、ただ安らかに眠っていた。

(信じられない・・瘴気に晒された肺の穴を、繕ったというのか)

目の前で一部始終を見ていたはずなのに、マティアスは俄に何が起こったのか信じることができない。
この症状に陥った人間は、助かる方法はなく、その日の内に命の終わりを迎えるというのに、日が変わろうとしている今、マティアスの目の前のヴァルクはバラ色の頬をして、健やかな寝息を立てている。

ドルマはようやく大きくため息をつくと、ニッコリとマティアスに笑顔を見せて、言った。

「ふう、マティアス様、お待たせしました。やっと終わりました。もうお館様は大丈夫です・・まだ目覚めないと思いますので、お館様は3階のソファをを使って寝かせてあげてって・・ひいい!!」

「あ、ちょっと、ドルマ!ドルマ、まってくれ!!」

ドルマはそれだけ言うと、急に対人恐怖が発生したらしい。
すっかり元気に寝返りを打ったヴァルクが恐ろしくなったらしく、バタバタと大きな音を立てながら、4階まで一気に駆け上がると、マティアスが呼び止めるのも聞かずに大きな音を立てて扉をがしゃん!と閉じてしまって、そのまま閉じこもってしまった。

(・・、全ては、後だ)

マティアスはとりあえず、安らかな顔をして眠っている父をドルマの言う通りに3階まで運ぶと、そのままソファに休ませた。

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