対人恐怖症のメンダーと辺境の騎士 ~この恋は、世界のほころびを繕う~

Moonshine

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辺境伯

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ヴァルクがゆっくりと目を開けると、目に飛び込んできたのは、見た事のない石づくりの天井だった。

(ここは一体どこだ・・私はなぜ・・生きている)

最後の記憶は、暗い石の塔の中だったはずだ。
ヴァルスは体を動かす事なく、じっと己のおかれている状況を分析してみる。
敵陣に捕虜として拿捕された際の動きの基礎だ。己のおかれている状況が分からない場合は、状況が理解できるまで、意識が回復している事を悟られない事が良い。

身じろぎもせず、記憶の糸をたどる。
背中に感じるのは柔らかい布の感触。どうやらベッドかソファの上にいるらしい。

ー確か、最後は石の床にそのまま横たわっていて、それから、そこには若い女が隠れていた。そして・・

意識を失う前の最後の記憶をたどっていたヴァルクは、大切な事をそして、思い出す。

(・・息!)

ヴァルクは思わず捕虜の心得も忘れて、跳ね起きた。

「うおおお!!! 父上‼ 驚かせないでください! お目覚めだったんですね、よかったです。ふう、ご気分は?」

どうやら同じ部屋にいたらしい。息子のマティアスが駆け寄ってきた。

「ああ、マティアス。気分は最高だ。こんなに楽に息ができるのは、あの忌々しい魔獣に突かれる前からはじめてだ。今なら一人で竜を倒せるほどに爽快に気分が良い。全く、奇跡だ」

そうマティアスに告げて、ヴァルクは深呼吸をした。
肺一杯の空気。はちきれんがばかりの胸。どこからも空気は漏れ行く気配も見えない。

(なんと、空気が美味い事だろうか)

しみじみと空気の美味さを感じていた。
そんな父を見て安心したらしい。
マティアスはほっとした様子で向かいのソファに腰かけた。
ヴァルクは思う存分、数年ぶりとなる、胸いっぱいの空気を心ゆくまで堪能すると、マティアスに向かいなおって言った。

「さて、マティアス。全て説明してくれ。ここはどこだ。そして私はなぜ、全快している」

マティアスは微笑むと、ヴァルクに向かって言った。

「ここは魔法塔の中です。ここに幽閉されていたメンダーが、貴方を救ってくれました」

「魔法塔・・だが、どうやってここに入る事ができた? それから、お前はなぜここにいる? 何故、どうやって私の体を直した・・いや、それはあとだ。まず、メンダーに会わせてくれ。何よりも礼が先だ」

沸き起こってくる疑問の嵐は一旦納める事とする。
それよりも、自分の命と、息をつく度苦しんできた、この苦しみを救った恩人に感謝を述べる事が先だ。

「父上、あの娘の名前はドルマ、と言います。ドルマは塔から出る事ができないので、メンダーの力で父上を塔に呼び寄せました。そして父上の肺に空いていた穴を、直接胸の傷に触れて繕ったと、本人はそう言っていました。その内詳しい事は聞いてみますが、今はとりあえず怖がって4階に引きこもっていますので、しばらくは会えないでしょう」

「そうか、ドルマというのか・・メンダーの力を使って、この塔に私を呼んで、胸の穴を閉じたのか・・どうやって・・まあ良い、で、なぜ私はドルマに会えないんだ? 怖がって引きこもっているとは一体どういう事だ」

マティアスはさも可笑しそうに父に向き直っていった。

「ドルマは若い娘です。父上が怖いのですよ。目つきも恐ろしいですし、体も声も大きい父上のような人間は、私の可愛いドルマにとって、恐ろしくて仕方がないのです。今、自分の居住空間だったこの3階で父上を休ませているから、本人は同じ空間にいるのが怖くて4階の物置でひきこもっています。後で使っていない2階を父上の部屋にしますので、竜を倒せるほどお元気でしたらドルマの為にもご自分で部屋を整えて、この部屋をドルマに返してやってください」

報告書に、メンダーが対人恐怖であると書いていた事を思いだし、ヴァルクはバツの悪そうな顔をした。

「そうか・・悪い事をしたな、さっさとここから出てやらないとな。それにしても、かの大魔女ですら恐れるメンダーが、私の顔が怖くて隠れているとは・・」

「お気を悪くなさらず父上。ドルマは本当に怖がりで、私も顔を直接しっかりと見たのは昨日がはじめてなんです。それまでは、手紙を交わしたり、甘い物を交換したりして、すこしずつ、すこしずつ私に慣れてもらっていました」

多幸感に満ちた息子の顔を見て、ヴァルクは察する。
(マティアスは、恋を、しているのだな)

部屋を見渡してみる。
幽閉されている塔の中だというのに、よく整えられていて掃除もいきわたっている。
可愛らしい絨毯、組み立て式のコンロ。植物の小さな鉢植えもあちこちにかざられてあり、テーブルの上にはたくさんのお菓子が置いてある。

「幽閉にしては、随分と扱いがよい様子だな。レナとお前が全部手配しているのか?」

またマティアスはおかしそうに笑って言った。

「いえ、私は手紙すら渡せていませんでした。今回の拿捕の件でレナには相当嫌われていまして。ここにあるものは、全て館の下働きの女たちの厚意です。ドルマはここに居る間、ずっと魔法泊家と、それから館の下働きの女達の為の繕い物をしていたんですよ。」

「なぜだ? レナに脅されでもしていたのか?」

マティアスはもう我慢ができないとばかりに腹を抱えて笑った。

「ハハハ! 違いますよ、父上。レナに叱られますよ。ハハハ!! ドルマが対人恐怖なのは報告でご存じでしょう。ドルマ本人も、この力を持って生まれた事に対して世界に申し訳ないと思っています。だからおとなしくこの塔で囚われていますが、ドルマはそれでも人の役に立ちたいんですよ。対人恐怖のドルマにとって、誰かの為に繕いものをする事が外の世界とつながる全てなんです。自分のそんな小さな特技で、誰かに喜んでもらう事が、ドルマの一番の喜びなんです。塔に囚われていても、第六で繕い物を仕事にしていても、それは何も変わっていません。ここにあるものは、ドルマが繕い物をしてやった人たちからの、ドルマの丁寧な針仕事へのお礼です」

ヴァルクはよく部屋を見渡した。
小さな手作りの人形や、庶民むけのクッキー、特に贅沢品などは見当たらないが、手のぬくもりと温かみのある品々で囲まれた、居心地のよい部屋だ。
ヴァルクの体を覆っていたキルトにも目を落としてみた。

ヴァルクには手芸の事など何もわからない。
だが、このキルトは若い娘向けの色合いで、手の込んだ新しいものである事は理解はできた。
だれか複数の人が、この娘の為に新しいものを丁寧に縫ってやったのだろう。

「父上の肺を繕ったのも、同じ事です。父上の肺でも、皿洗いのエプロンでも、ドルマはなんでもいいんです。なんでもドルマが繕ったもので、だれかが喜んでくれたら、あの娘はそれでいい」

そうしてマティアスはソファから立ち上がると、言った。

「父上が目覚めた事を、ドルマに伝えてきます。可哀そうに、父上の事を心配して早く目覚めて欲しいと思っているのに、目覚めたら父上が怖くて仕方がなくて引きこもっているのだから、本当に私の恋人は愛おしい」

誰が折り畳み式のものを差し入れたのだろう。
マティアスは小さな簡易コンロでお茶を入れると、鼻歌交じりに上の階に続く階段をのぼっていった。


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