対人恐怖症のメンダーと辺境の騎士 ~この恋は、世界のほころびを繕う~

Moonshine

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塔の日々

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「あなたー! おはようございます。今日は楽団が辺境に立ち寄るそうなの。館にはきてもらいますけど塔はどうします?」

「おはようローズ。後でマティアスに聞いてみよう。ここからでも楽団は見えるからな。ここに来てから体調も良いし、本当に執務がはかどって助かるよ」

「そう根を詰めないで下さいね、まだ病み上がりなのですから。あら、もうこんな時間。お茶会の時間ですので失礼しますわ」

「ああ、また昼に。ビンセント子爵夫人によろしく伝えてくれ」

ヴァルクがこの魔法塔に閉じ込められてからひと月は経過しただろうか。
体の調子はすこぶる良い。
魔法塔から出る方法は今の所なさそうだが、執務に必要なものは部下に言って全て1階の扉の下から塔に入れてもらえばいいし、2階の窓から毎朝こうして妻と顔を合わせる事もできる。

正直、塔に入る前よりも、夫婦の会話は増えている。

今までも、ヴァルクの体調が悪化傾向にあったため、外の執務に関してはマティアスに一任していた。正直仕事場が塔になろうが館であろうが、ヴァルクには特に何の不自由も感じない。
むしろ、体の調子が良くなった分、今までできていなかった政務にも精力的に取り掛かれるので、仕事がはかどって仕方がないのだ。
マティアスまで一緒に塔に閉じ込められているのは問題だが、今まで多忙と体調不良でゆっくりマティアスと話合いができていなかった政務や、辺境領運営の今後の方針などについて、膝をつきあわせてじっくりと語り合う時間すらできている。

(こんな贅沢な時間を過ごすのは、いつ以来だろう)

マティアスが入れてくれたお茶を飲みながら、ヴァルクは戦闘にあけくれて、近年では健康問題に悩まされた続けていたこの数年の生活を思いやっていた。

「マティアス様! 5階に紫色の表紙の本があるんですけど!あれバラバラになってますけど、貴重な魔術書の初版本なので、みつけたらドルマちゃんに渡しといてもらえませんか? ドルマちゃんじゃ多分どれかどれだかわからないと思うんで!」

塔の外からユールが呑気にマティアスに呼び掛ける声が聞こえる。

「お前ら、次期辺境伯の俺を魔法伯家の使いっ走りにするとは、良い度胸だな、覚えてろ!」

「いやあ、ドルマちゃんじゃわからないアイテムも、マティアス様がそこにいてくれると見つけてくださるからたすかりますよ!そのまま塔のガラクタが全部すっきり片付くまでそこにいてくださいよ!」

楽しそうにマティアスが、ユールと軽口をきいて笑っている声に、ヴァルクは安堵の息を吐いた。
ドルマの拿捕の事で、二人の間でぎくしゃくしていた友情がその後どうやら和解した様子なのだ。

特に今のところ何も不自由ない快適な塔での暮らしだが、一つだけ問題がある。

「ドルマ、ここは君の家なんだから、そんな埃っぽい所で隠れていなくても、私は何もしないから・・」

4階の鉄の扉の前で、今日もヴァルクは途方に暮れていた。

ドルマがヴァルクに怯えて、一向に4階の扉の向こうから出てきてくれないのだ。
ドルマをこの塔に閉じ込めたのは、己の責任だ。ドルマに恨まれても、憎まれてもそれは致し方がない事だと思っている。だがドルマはそんヴァルクを救ってくれた命の恩人で、息子の恋人だ。

きちんと顔をみて礼を述べたいし、折角だから一緒に食事もしたいし、いろんな話も聞きたい。
ドルマがその能力を使って色々な魔法伯家のガラクタを修繕している現場も是非見てみたい。

そう願ってドルマが引きこもっている4階の扉をたたくのだが、ドルマときたらヴァルクの命を助けて以来、ずっとヴァルクに怯えて、4階の物置に引きこもって全く姿を見せてくれないのだ。

ドルマが居住していた3階に生活用品がそろっているため、3階がなんとなく3人のリビングになっている事から、ドルマは自分の居住エリアである3階にすら滅多にでてこない。
いつも鉄の扉を固く閉じて、埃っぽい4階の物置で一日過ごしているのだ。

ヴァルクは、この怖がりの命の恩人である娘の、小さな居場所を奪ってしまった事が申し訳なくて、またなんとか仲良くなりたくて、こうして接近を試みるのだが、怯えさせるばかりだ。

「父上、ドルマに用事でしたら私に言付けください。怖がらせているではないですか」

困り果てているヴァルクと違い、大変ご機嫌なのが、このマティアス。
マティアスにはドルマは心を開いているらしく、こうしてヴァルクが鉄の扉の前で途方にくれている横で、扉の向こうにマティアスはしょっちゅう出入りしては中でいちゃついているらしい。

マティアスは続けた。

「父上、前も言いましたが、ドルマと話がしたいのであれば、直接話しかけるのでなく筆談でお願いします。壁の向こうからこう、メモを差し込んでくれればドルマはメモを返してくれますよ。見張りの兵とはそうやって時間をかけてゆっくり仲良くなったのですが、かなり仲良くなった今でもドルマは未だに筆談で話をしています。私がここまでドルマと仲良くなるために、どれほどの時間をかけたとお思いですか。ぽっと出の父上がドルマと急に話をしようなど、それはおこがましいというものです」

「おこがましい・・」

そういわれてみると、時々1階の扉から、見張りの兵やレナがドルマに話かけている声が聞こえるが、ドルマの声は聞いた事がない。見張り兵も、今は筆談が面倒だから直接ドルマに話しかけているが、最初は塔の規則で全部筆談だったと言っていた。

「父上。ドルマは孤児院の院長と、同僚だったハンザと、そして私にだけ、声を聴かせてくれるのですよ。可愛い顔も見せてくれます。父上は知らないでしょうが、ドルマはとても白い肌で目が大きくて、笑うと小さなえくぼが・・えへへへ・・」

戦場の雪豹との異名を持つ、この息子のだらしない顔としょうもないノロケに呆れる。

(だがまあ、たしかにゆっくりと関係を育んだ、自分にだけ心を開いてくれる怖がりの恋人など、まあ男心にぐっとくるものがあるな)

・・問題は、この息子の怖がりの恋人が、人の理を超える力すら持つメンダーだという事。
複雑な思いでヴァルクはため息をつく。

そして、そんな父などもうどうでもよいかのように、いそいそと鉄の扉の向こうに入ってゆく息子の背中を追いながら、ヴァルクは思った。

(この娘は、私達が塔に幽閉したほどの、強大な力を持つメンダーのはず・・だというのに、実際は私と直接言葉も交わせないほどの怖がりだと? ・・まるで悪い冗談のようだ)




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