ニューヨークの物乞い

Moonshine

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その日は本当に嫌な客に当たった。

マダムのお知り合いだというその元英国人の貴族の老婦人。
アメリカ人のご主人と結婚してから、ずっとこちらにお住まいだとか。非常に優しそうな、物腰の柔らかいご婦人で、チャリティ活動をもう五十年近くも行ってきている様な、模範的な貴族のご婦人だ。

お金持ち白人マダム達は、まだ人種差別的な事を、純粋に、悪意なく信じている。そして、ギャラリー・マルビスのお客様は、そんな有閑マダムが、ほぼ九割の客層を閉める。

「この様な繊細な芸術は、野蛮人に管理させては、どんな事になるのかわかっったものではないですもの。」

耳の疑う様な言葉を、にこやかに紡ぐのは、この柔和なご婦人だ。

さも自分は正義の側におりますよ、という顔をして、私たちの様な文明人が、物のわからない野蛮人から、芸術品を救い出して、きちんと管理してやらなくてはいけない。本気でそう言うのだ。

人種差別、とかそう言うことではないのだ、本人は差別している自覚がない。

ノブリス・オブリュージュだと、このご婦人はいった。そうやって、経済力のまだ不安定な世界の地域を回って国宝級の美術品を、管理者の頬を札束で叩いて、違法スレスレで輸入していると、マダムから聞いた。それは、敬虔なクリスチャンである彼女によると、「神の御心にあった、正しい行い」だとか。

(そもそも、その茶器だって)

私は唇を噛んで、この英国の御婦人が目をつけている明代の茶器を思った。
アヘン戦争時代に、英国が強奪してきた美術品が、流れてここまでやってきたものだ。
野蛮はどちらだ。この芸術を作り上げた中国の民か、それを強奪した英国の軍か、それを金に明かして購入する、この元貴族の、アメリカのマダムか。

夢だったこのギャラリーに働き出して、もう数ヶ月。
美術に関わる人間は、こんな人々がとても多く、私の心は疲弊していた。

和やかにご婦人とマダムは談笑する。マダムは、私の事をこのご婦人に話をしていた。日本からの子で、茶道の知識が良かったから、一年契約したの。

こともあろうに、このご婦人は、私に話をむけて、そう、私の夫が軍人だった頃に日本で手に入れた昔話の本を、あなたに貸してあげるわ。貴重なものよ。そんな無神経な事を言い放ち、無邪気に笑った。

占領軍に参加していた夫。おじいちゃんを、戦争でなくした私。

そんな繊細な話はどうでも良いのだ。このご婦人。

良い人に見えれば、なんでも。どうでも。
ほほほほ、と上品に歓談を続けるこの老婦人に愛想笑いを浮かべて、私はそして、あの白杖の青年を思い出していたのだ。

いつも静かに階段に座っている、礼儀正しい青年。今日もコップの中にはコインしか入っていなかった。
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