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1:状況を把握するだけの簡単なお仕事です[3]
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「ほら、おいで。早く行かないと二人が待ちくたびれてしまうよ」
第一王子、ルシウスの言う二人とはフォルティアの弟妹のことであろうことは間違いない。
フォルティアの弟、レイヴァン・バートン・カルテリア。正妃の子にしてこの国の第三王子。年は14歳。
フォルティアの妹、アストリア・バートン・カルテリア。正妃の子で、13歳の第一王女。
フォルティアとはあまり交流がなかったのか、詳しいことは書かれていなかったため、現在これ以上のことは分からない。二人はルシウスと同じくフォルティアの異母兄弟にあたり、兄弟の中でフォルティアだけは半分異なる血が流れているらしい。やはり三人との間には溝があるようで、指南書にもそれが垣間見える箇所がいくつかあった。どうしてこうも面倒くさい家族構成なのだろうかと文句を言いたい気持ちを抑える。
目の前にいる男の穏やかに笑うその表情には先ほどまでの奇妙な雰囲気はない。どう行動を起こしたものかと思案していれば、片手を取られやんわりと腰を抱かれる。まるでエスコートされているかのような状況に複雑な心境になるが、また腹を立てられても困ると、ここはとりあえず従っておく。これ以上面倒事が起これば脱出計画に支障が出る可能性が高まり、いい事など一つもない。折角のフォルティアの計画をおじゃんにしてしまうことだけは何としても避けたい。
おとなしく身を預けたまま、朝食の会場となる部屋の扉の前まで着くと扉が自然に開いた。もちろん自動で開いたわけではなくそばに控えていた侍女が開けてくれたのであろう。反射的に頭を下げそうになって、寸前で気が付き背筋を伸ばす。下手に頭を下げたりすれば疑われる余地を作るだけである。
やっと着いた。こんな頭のおかしい男と二人きりでいるのは精神が大いにすり減らされる。さっさと食べてさっさと部屋に戻るのが賢いだろうと、離れようとするのだが手を掴まれていては行動できない。しかし、下手を打って再び地雷を踏むのは御免被る。
「……あの、ルシウス……兄様、手を……」
なるべく事を荒立てないよう、小さな声で囁くと、整った顔が笑顔を貼り付けたまま振り向く。
「みんなの前では兄上、だよ。これも教えたよね」
まずい、また間違えた。書いてあること以外は何も分からないというこの状況はかなり過酷だ。掴まれていた手首に力が籠められるのが分かる。少々痛い。
「申し訳……」
「いいよ、今は。後でゆっくり話そう。ほら、席について」
ようやく解放された手首にはしっかりと痕がついていた。道理で痛かった訳だと納得する。早くもルシウスに因縁をつけられ、面倒臭い事この上ないがとにかく今は次のことを考えなくては。自分に用意されていた席に着くと既に全て準備が整っていたようで、祈りの言葉の後、静かな部屋に食器の音だけが響いた。もちろんあの3日間でテーブルマナーも習得済みである。
ルシウスと同じ金髪と、少し赤みがかった紫の瞳の少年がレイヴァンなのだろう。利発そうな瞳が今は少し下を向いている。その隣、フランス人形のように凛と佇む美少女がアストリア。これまた見事な金髪と青い瞳の持ち主だ。瞳の色だけならルシウスとは対照的な色合いであるが、その美貌の中に怜悧さが秘められているのは良く似ている。
誰も口を開かない。兄弟で食事を囲んでいるとは思えないほどの静けさに、居心地が悪く感じる。胃が痛くなりそうな静寂の中、味など分かったものではない。唯一、弟のレイヴァンが何か言いたげにこちらを窺っていたが、自分から声をかけるなどというリスクは負いたくない。分かりやすく一瞬だけ目を合わせてそれから目を逸らす。拒絶しているようで可哀想だったが、こればかりは致し方ない。仕方がないものと思いながらも、どうしても気になってしまいチラリと目線をやると案の定うなだれた様子のレイヴァンが目に入り良心が痛んだ。
通夜の様な朝食を何とか乗り越え、下手に声をかけられる前にそそくさと退散しようとしたものの、案の定というよりは想定通り、王太子様からお声が掛かる。またか、またなのか。心の中でどんなに嫌だと思っても顔に出すわけにはいかない。務めて好意的な表情を固め、振り向く。
「今夜、いつも通りお話をしようね。時間になったら呼びに行くから部屋で待っているんだよ」
絶対に面倒臭い。しかし逆らえばもっと面倒臭いことになるだろうことは容易に想像がつく。ルシウスは”いつも通り”と言うがフォルティアの日課に兄と話すというものは無かった筈だ。用意周到なフォルティアがこんなところで手を抜くとは思いにくい。だとすると意図的にそこを隠したのだろうか。話が見えない。
「返事は?それとも何か用事でもあるの」
赤い瞳が細められ柔和な笑みを浮かべている姿は、目が離せなくなる程美しい。しかし、その美しい表情に皮膚が泡立つ。言外に異論は認めないとするその絶対的な言葉に、少なくとも今は頷くしかない。
「わ、かりました……」
息が詰まるような圧力は、是と答えた瞬間に四散し、無意識に詰めていた息を吐く。あいからわず薄気味の悪い笑みを浮かべたルシウスは一度フォルティアの頭を撫でると踵を返しその場を去っていった。その背中を見送り、思わず座り込みそうになる足腰を何とか奮い立たせて部屋を後にする。
第一王子、ルシウスの言う二人とはフォルティアの弟妹のことであろうことは間違いない。
フォルティアの弟、レイヴァン・バートン・カルテリア。正妃の子にしてこの国の第三王子。年は14歳。
フォルティアの妹、アストリア・バートン・カルテリア。正妃の子で、13歳の第一王女。
フォルティアとはあまり交流がなかったのか、詳しいことは書かれていなかったため、現在これ以上のことは分からない。二人はルシウスと同じくフォルティアの異母兄弟にあたり、兄弟の中でフォルティアだけは半分異なる血が流れているらしい。やはり三人との間には溝があるようで、指南書にもそれが垣間見える箇所がいくつかあった。どうしてこうも面倒くさい家族構成なのだろうかと文句を言いたい気持ちを抑える。
目の前にいる男の穏やかに笑うその表情には先ほどまでの奇妙な雰囲気はない。どう行動を起こしたものかと思案していれば、片手を取られやんわりと腰を抱かれる。まるでエスコートされているかのような状況に複雑な心境になるが、また腹を立てられても困ると、ここはとりあえず従っておく。これ以上面倒事が起これば脱出計画に支障が出る可能性が高まり、いい事など一つもない。折角のフォルティアの計画をおじゃんにしてしまうことだけは何としても避けたい。
おとなしく身を預けたまま、朝食の会場となる部屋の扉の前まで着くと扉が自然に開いた。もちろん自動で開いたわけではなくそばに控えていた侍女が開けてくれたのであろう。反射的に頭を下げそうになって、寸前で気が付き背筋を伸ばす。下手に頭を下げたりすれば疑われる余地を作るだけである。
やっと着いた。こんな頭のおかしい男と二人きりでいるのは精神が大いにすり減らされる。さっさと食べてさっさと部屋に戻るのが賢いだろうと、離れようとするのだが手を掴まれていては行動できない。しかし、下手を打って再び地雷を踏むのは御免被る。
「……あの、ルシウス……兄様、手を……」
なるべく事を荒立てないよう、小さな声で囁くと、整った顔が笑顔を貼り付けたまま振り向く。
「みんなの前では兄上、だよ。これも教えたよね」
まずい、また間違えた。書いてあること以外は何も分からないというこの状況はかなり過酷だ。掴まれていた手首に力が籠められるのが分かる。少々痛い。
「申し訳……」
「いいよ、今は。後でゆっくり話そう。ほら、席について」
ようやく解放された手首にはしっかりと痕がついていた。道理で痛かった訳だと納得する。早くもルシウスに因縁をつけられ、面倒臭い事この上ないがとにかく今は次のことを考えなくては。自分に用意されていた席に着くと既に全て準備が整っていたようで、祈りの言葉の後、静かな部屋に食器の音だけが響いた。もちろんあの3日間でテーブルマナーも習得済みである。
ルシウスと同じ金髪と、少し赤みがかった紫の瞳の少年がレイヴァンなのだろう。利発そうな瞳が今は少し下を向いている。その隣、フランス人形のように凛と佇む美少女がアストリア。これまた見事な金髪と青い瞳の持ち主だ。瞳の色だけならルシウスとは対照的な色合いであるが、その美貌の中に怜悧さが秘められているのは良く似ている。
誰も口を開かない。兄弟で食事を囲んでいるとは思えないほどの静けさに、居心地が悪く感じる。胃が痛くなりそうな静寂の中、味など分かったものではない。唯一、弟のレイヴァンが何か言いたげにこちらを窺っていたが、自分から声をかけるなどというリスクは負いたくない。分かりやすく一瞬だけ目を合わせてそれから目を逸らす。拒絶しているようで可哀想だったが、こればかりは致し方ない。仕方がないものと思いながらも、どうしても気になってしまいチラリと目線をやると案の定うなだれた様子のレイヴァンが目に入り良心が痛んだ。
通夜の様な朝食を何とか乗り越え、下手に声をかけられる前にそそくさと退散しようとしたものの、案の定というよりは想定通り、王太子様からお声が掛かる。またか、またなのか。心の中でどんなに嫌だと思っても顔に出すわけにはいかない。務めて好意的な表情を固め、振り向く。
「今夜、いつも通りお話をしようね。時間になったら呼びに行くから部屋で待っているんだよ」
絶対に面倒臭い。しかし逆らえばもっと面倒臭いことになるだろうことは容易に想像がつく。ルシウスは”いつも通り”と言うがフォルティアの日課に兄と話すというものは無かった筈だ。用意周到なフォルティアがこんなところで手を抜くとは思いにくい。だとすると意図的にそこを隠したのだろうか。話が見えない。
「返事は?それとも何か用事でもあるの」
赤い瞳が細められ柔和な笑みを浮かべている姿は、目が離せなくなる程美しい。しかし、その美しい表情に皮膚が泡立つ。言外に異論は認めないとするその絶対的な言葉に、少なくとも今は頷くしかない。
「わ、かりました……」
息が詰まるような圧力は、是と答えた瞬間に四散し、無意識に詰めていた息を吐く。あいからわず薄気味の悪い笑みを浮かべたルシウスは一度フォルティアの頭を撫でると踵を返しその場を去っていった。その背中を見送り、思わず座り込みそうになる足腰を何とか奮い立たせて部屋を後にする。
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