異世界で王子様の代わりを務めるだけの簡単なお仕事です

豆野 豆助

文字の大きさ
4 / 21

1:状況を把握するだけの簡単なお仕事です[3]

しおりを挟む
「ほら、おいで。早く行かないと二人が待ちくたびれてしまうよ」



 第一王子、ルシウスの言う二人とはフォルティアの弟妹のことであろうことは間違いない。

フォルティアの弟、レイヴァン・バートン・カルテリア。正妃の子にしてこの国の第三王子。年は14歳。

フォルティアの妹、アストリア・バートン・カルテリア。正妃の子で、13歳の第一王女。


 フォルティアとはあまり交流がなかったのか、詳しいことは書かれていなかったため、現在これ以上のことは分からない。二人はルシウスと同じくフォルティアの異母兄弟にあたり、兄弟の中でフォルティアだけは半分異なる血が流れているらしい。やはり三人との間には溝があるようで、指南書にもそれが垣間見える箇所がいくつかあった。どうしてこうも面倒くさい家族構成なのだろうかと文句を言いたい気持ちを抑える。


 目の前にいる男の穏やかに笑うその表情には先ほどまでの奇妙な雰囲気はない。どう行動を起こしたものかと思案していれば、片手を取られやんわりと腰を抱かれる。まるでエスコートされているかのような状況に複雑な心境になるが、また腹を立てられても困ると、ここはとりあえず従っておく。これ以上面倒事が起これば脱出計画に支障が出る可能性が高まり、いい事など一つもない。折角のフォルティアの計画をおじゃんにしてしまうことだけは何としても避けたい。





 おとなしく身を預けたまま、朝食の会場となる部屋の扉の前まで着くと扉が自然に開いた。もちろん自動で開いたわけではなくそばに控えていた侍女が開けてくれたのであろう。反射的に頭を下げそうになって、寸前で気が付き背筋を伸ばす。下手に頭を下げたりすれば疑われる余地を作るだけである。


 やっと着いた。こんな頭のおかしい男と二人きりでいるのは精神が大いにすり減らされる。さっさと食べてさっさと部屋に戻るのが賢いだろうと、離れようとするのだが手を掴まれていては行動できない。しかし、下手を打って再び地雷を踏むのは御免被る。



「……あの、ルシウス……兄様、手を……」



なるべく事を荒立てないよう、小さな声で囁くと、整った顔が笑顔を貼り付けたまま振り向く。



「みんなの前では兄上、だよ。これも教えたよね」



 まずい、また間違えた。書いてあること以外は何も分からないというこの状況はかなり過酷だ。掴まれていた手首に力が籠められるのが分かる。少々痛い。



「申し訳……」



「いいよ、今は。後でゆっくり話そう。ほら、席について」



 ようやく解放された手首にはしっかりと痕がついていた。道理で痛かった訳だと納得する。早くもルシウスに因縁をつけられ、面倒臭い事この上ないがとにかく今は次のことを考えなくては。自分に用意されていた席に着くと既に全て準備が整っていたようで、祈りの言葉の後、静かな部屋に食器の音だけが響いた。もちろんあの3日間でテーブルマナーも習得済みである。


 ルシウスと同じ金髪と、少し赤みがかった紫の瞳の少年がレイヴァンなのだろう。利発そうな瞳が今は少し下を向いている。その隣、フランス人形のように凛と佇む美少女がアストリア。これまた見事な金髪と青い瞳の持ち主だ。瞳の色だけならルシウスとは対照的な色合いであるが、その美貌の中に怜悧さが秘められているのは良く似ている。


 誰も口を開かない。兄弟で食事を囲んでいるとは思えないほどの静けさに、居心地が悪く感じる。胃が痛くなりそうな静寂の中、味など分かったものではない。唯一、弟のレイヴァンが何か言いたげにこちらを窺っていたが、自分から声をかけるなどというリスクは負いたくない。分かりやすく一瞬だけ目を合わせてそれから目を逸らす。拒絶しているようで可哀想だったが、こればかりは致し方ない。仕方がないものと思いながらも、どうしても気になってしまいチラリと目線をやると案の定うなだれた様子のレイヴァンが目に入り良心が痛んだ。










 通夜の様な朝食を何とか乗り越え、下手に声をかけられる前にそそくさと退散しようとしたものの、案の定というよりは想定通り、王太子様からお声が掛かる。またか、またなのか。心の中でどんなに嫌だと思っても顔に出すわけにはいかない。務めて好意的な表情を固め、振り向く。



「今夜、いつも通りお話をしようね。時間になったら呼びに行くから部屋で待っているんだよ」



 絶対に面倒臭い。しかし逆らえばもっと面倒臭いことになるだろうことは容易に想像がつく。ルシウスは”いつも通り”と言うがフォルティアの日課に兄と話すというものは無かった筈だ。用意周到なフォルティアがこんなところで手を抜くとは思いにくい。だとすると意図的にそこを隠したのだろうか。話が見えない。



「返事は?それとも何か用事でもあるの」



 赤い瞳が細められ柔和な笑みを浮かべている姿は、目が離せなくなる程美しい。しかし、その美しい表情に皮膚が泡立つ。言外に異論は認めないとするその絶対的な言葉に、少なくとも今は頷くしかない。



「わ、かりました……」



 息が詰まるような圧力は、是と答えた瞬間に四散し、無意識に詰めていた息を吐く。あいからわず薄気味の悪い笑みを浮かべたルシウスは一度フォルティアの頭を撫でると踵を返しその場を去っていった。その背中を見送り、思わず座り込みそうになる足腰を何とか奮い立たせて部屋を後にする。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件

表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。 病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。 この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。 しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。 ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。 強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。 これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。 甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。 本編完結しました。 続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

穏やかに生きたい(隠れ)夢魔の俺が、癖強イケメンたちに執着されてます。〜平穏な学園生活はどこにありますか?〜

春凪アラシ
BL
「平穏に生きたい」だけなのに、 癖強イケメンたちが俺を狙ってくるのは、なぜ!? トラブルを避ける為、夢魔の血を隠して学園生活を送るフレン(2年)。 彼は見た目は天使、でも本人はごく平凡に過ごしたい穏健派。
なのに、登校初日から出会ったのは最凶の邪竜後輩(1年)!? 
他にも幼馴染で完璧すぎる優等生騎士(3年)に、不良だけど面倒見のいい悪友ワーウルフ(同級生)まで……なぜか異種族イケメンたちが次々と接近してきて―― 運命の2人を繋ぐ「刻印制度」なんて知らない! 恋愛感情もまだわからない! 
それでも、騒がしい日々の中で、少しずつ何かが変わっていく。 個性バラバラな異種族イケメンたちに囲まれて、フレンの学園生活は今日も波乱の予感!? 
甘くて可笑しい、そして時々執着も見え隠れする 青春異世界学園BLラブコメディ! 毎日更新予定!(番外編は更新とは別枠で不定期更新) 基本的にフレン視点、他キャラ視点の話はside〇〇って表記にしてます!

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

平凡なぼくが男子校でイケメンたちに囲まれています

七瀬
BL
あらすじ 春の空の下、名門私立蒼嶺(そうれい)学園に入学した柊凛音(ひいらぎ りおん)。全寮制男子校という新しい環境で、彼の無自覚な美しさと天然な魅力が、周囲の男たちを次々と虜にしていく——。 政治家や実業家の子息が通う格式高い学園で、凛音は完璧な兄・蒼真(そうま)への憧れを胸に、新たな青春を歩み始める。しかし、彼の純粋で愛らしい存在は、学園の秩序を静かに揺るがしていく。 **** 初投稿なので優しい目で見守ってくださると助かります‼️ご指摘などございましたら、気軽にコメントよろしくお願いしますm(_ _)m

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

処理中です...