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1:状況を把握するだけの簡単なお仕事です[2]

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 見知らぬ部屋で目を覚まし前代未聞の混乱の末に、己の成すべききことを把握したフォルティア・・・・・・の行動は早かった。ありえないことではあるが、漫画や小説ではよくある話と言えばよくある話なのである。目が覚めたら魔物になっていた、などでなかったことが不幸中の幸いだ。


 あれから丸々3日間かけて現状を把握し、感情のまま危うく鏡を粉砕しかけたその翌日。冷静さを欠くことは厄介事を引き寄せるという信条の基、まずは以前のフォルティアに見た目から近づけなければと、身だしなみを整える。生き残るために勘付かれる訳には行かない。着替えなどは従者?に任せた方がそれらしくなるのだろうが、まだ勝手の掴めていない状況で下手に部屋に招き入れるのは得策とはいえないだろう。今の所フォルティアにとっての安全地帯はこの一室のみである。情報を集めるのも、行動を起こすのもまずは拠点が必要であり、後の生命線にもなり得る。


 幸い全ての元凶である本物のフォルティアが憎らしいほどご丁寧に指南書を作っていたお陰で馴染みのない豪奢な衣服も簡単に着ることができた。だからと言って感謝はしないが。鏡の前で衣装を整え最後に長い髪を後ろでまとめてゆるく縛る。髪を縛った経験など皆無であるため、これには少々苦戦したものの、違和感がない程度には完成しただろう。


 書類に指示された通りに外見を整え、こっそりと部屋を出る。重い扉の先に現れた日常生活ではちょっとお目にかかれないほど長い廊下に一瞬目眩を感じるが、城内の見取り図は一通り頭に入っている為、最短ルートを選別することができる。伊達に三日間も引きこもっていない。


 フォルティアの指南書曰く通常、朝食は大きな部屋で家族と共に摂るらしい。朝食には儀礼的に他の王子やら何やらが集まるらしくフォルティアを良く知る人物が集う、まさに第一難関といえる。今までは、というよりこの三日間はいつの間にか部屋の前に用意されてる食事を食べていたが、いつまでもこのままとはいかないだろう。何時までも引き籠もっているせいで直々に確認にこられるのが一番厄介だ。ちなみに用意されていた料理の味は悪くなかった。が、こんな状況で呑気に食事を楽しんでいる訳にもいかなかったため、感想はお高いフレンチ系の味といったところだろうか。こんな今だからこそ心安らぐ和食が恋しい。


 可能ならば人目につかずこのまま朝食へ、そして誰にも何も聞かれないままひっそりと部屋に戻る……そう願っていたがやはりそうはいかないらしい。気がつけば自分の後ろに二人、屈強そうな男が付き従っていた。おそらく護衛の兵士か何かだろう。王子であるフォルティアの身分を考えると妥当な対応であると言えるが、正体がばれる危険因子を排除したい今に限っては厄介極まりない。


 慣れたように後ろに続く二人組に下手に声を掛けては厄介なことになりそうだったため、特に触れずに当たり前を装って享受しておく。それよりも何よりも問題なのはこれから顔を合わせることにはなるであろう3人の兄弟のことである。どうにも朝食は兄弟が顔を合わせて摂るというのが風習らしく、父親である国王陛下と王妃やらが同席しないのが唯一の救いだ。ちなみにフォルティアの母親はお産の後すぐに亡くなってしまったらしい。そこら辺は詳しく書かれていなかった為よくわからない。


 恐らく兄弟の目を欺くのは容易なことではないだろう。自分がフォルティアではないことが知られればどうなるのだろうか、一抹の不安が過ぎる。幸いフォルティアは積極的に他者との戯れを望む方ではないらしく、挨拶以外は押し黙っていれば何とかやり過ごせるとあったが、果たしてそううまくいくだろうか。ある日突然兄弟の中身が他人になっていたら気付きそうなものだが、そうなった場合完全に手詰まりになる。


 指南書にはあまり喋らなくていいという主旨が記載されていたが、コミュニケーションが不得手という訳ではないのだろうと思う。あの日、勝手に人の部屋に押しかけてきた際のフォルティアに根暗な印象は無かった。結局それきりになってしまったため、断定は出来ないが口ぶりや表情はどちらかというと社交的でさえあった。家族とはあまり口を聞いていなかったのだろうか。



































「やぁ、フォルティア。おはよう。3日も顔を見せに来ないから心配したんだよ。駄目じゃないか皆に心配かけたら」



 うまく隠し通す算段を立てていれば不意に親しげに声を掛けられる。今度は何事かとそちらに目をやれば、光輝かんばかりの金色の髪が目に入りその眩しさに思わず目を細める。出来る限り関わりたくないと思った瞬間、血のような緋色の瞳と視線がかち合い、そして確信する。厄介事が向こうからやってきたのだと。


 容姿と出で立ちからフォルティアの資料と照らし合わせるのならば、目の前の人物は、第一王子ルシウス・バートン・カルテリアその人。年齢は19歳。ルシウスは正妃の子であり、正統な王位継承権を持つ者である。つまり、フォルティアの兄に当たる。


 そんな人物が護衛をぞろぞろと引き連れてわざわざこちらに近づいてくる現状に対し、半目になりそうなのをなんとか堪える。真正面から対峙するような形で距離を縮められ、両者の間隔が1mほどまで迫った頃、王太子はにこりと微笑み口を開く。




 「お前達は下がれ」




 その言葉だけで第一王子の従者はおろか自分についてくれていた二人まで下がってしまった。フォルティアの従者としてここにいる二人が、兄の一声でフォルティアの了解も得ずに離れるとは如何なものだろうか。二人きりにされてしまったことに居た堪れないものを感じながら冷静な現状把握に努める。


 確か指南書には〔第一王子には絶対に逆らうな〕などと書いてあったような気がする。王位継承順列一位がだから、媚を売っておいた方が何かと得ということだろうか。しかしそれならば、第ニ王子であるフォルティアにもそれなりの権力があるはずだ。城を出る際には存分に使わせてもらおうか、と少々脱線した思考を巡らせる。


 なんにせよ、第一王子。嫌われたくはないが、同時に下手に関わりたくない相手だ。なるべく相手の気分を害してしまわないよう慎重に口を開く。




「……おはよう御座います。ご心配をお掛け致しました。以後気をつけます」




「…………何、その態度。『申し訳ございません、ルシウス兄様』だろ。何度も教えたよな?忘れちゃった?」




 雰囲気が変わった。そう認識するが早いか、不穏な言葉と共にいきなり胸ぐらを掴まれ、思い切り壁に押し付けられる。突然の豹変具合に驚きを通り越して声を上げることもできない。こんなことは書かれていなかった。いきなり手を出してくるとはこの兄、とんだ暴君野郎ではないか。


 肺への圧迫感で呼吸がしにくくなり、生理的な涙が浮かぶ。振りほどこうにも体格も単純な力もとてもではないが敵わない。何とかしようと藻掻いていると、焦れたように強い力で髪を鷲掴まれ、強引に目線を合わせられる。身長差のせいで首に負荷がかかり髪を引っ張られる痛みも改まって顔が歪む。先ほどの言動の一体何がそこまで気に障ったのか分からない。




「……っ、あぁ、ティア。そんなに怯えないで。怖がらせたい訳じゃないんだ、本当に心配していたんだよ。分かってくれたなら、今まで通りちゃんと顔を見せに来て・・・・・・・ね。お前は僕の大事な弟なんだから」




 大切な弟。その大切な弟の髪を掴みあげるとはどういった了見なのだろうか。凄まじい形相で怒ったかと思えば、今度はどこか恍惚とした表情で突然抱きしめてくる。慰めるように頭を撫でられ、乱れた髪を元に戻されるのを為す術もなく受け入れる。


 情緒不安定か。本来の自分よりだいぶ年下の男が何やらしているというだけで別段恐怖心を抱くようなことではない。そう思っている筈なのに心臓が大きく鳴り響き息が上がるのはなぜだろう。早くも面倒臭そうな展開に先が思いやられる。
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