異世界で王子様の代わりを務めるだけの簡単なお仕事です

豆野 豆助

文字の大きさ
3 / 21

1:状況を把握するだけの簡単なお仕事です[2]

しおりを挟む
 見知らぬ部屋で目を覚まし前代未聞の混乱の末に、己の成すべききことを把握したフォルティア・・・・・・の行動は早かった。ありえないことではあるが、漫画や小説ではよくある話と言えばよくある話なのである。目が覚めたら魔物になっていた、などでなかったことが不幸中の幸いだ。


 あれから丸々3日間かけて現状を把握し、感情のまま危うく鏡を粉砕しかけたその翌日。冷静さを欠くことは厄介事を引き寄せるという信条の基、まずは以前のフォルティアに見た目から近づけなければと、身だしなみを整える。生き残るために勘付かれる訳には行かない。着替えなどは従者?に任せた方がそれらしくなるのだろうが、まだ勝手の掴めていない状況で下手に部屋に招き入れるのは得策とはいえないだろう。今の所フォルティアにとっての安全地帯はこの一室のみである。情報を集めるのも、行動を起こすのもまずは拠点が必要であり、後の生命線にもなり得る。


 幸い全ての元凶である本物のフォルティアが憎らしいほどご丁寧に指南書を作っていたお陰で馴染みのない豪奢な衣服も簡単に着ることができた。だからと言って感謝はしないが。鏡の前で衣装を整え最後に長い髪を後ろでまとめてゆるく縛る。髪を縛った経験など皆無であるため、これには少々苦戦したものの、違和感がない程度には完成しただろう。


 書類に指示された通りに外見を整え、こっそりと部屋を出る。重い扉の先に現れた日常生活ではちょっとお目にかかれないほど長い廊下に一瞬目眩を感じるが、城内の見取り図は一通り頭に入っている為、最短ルートを選別することができる。伊達に三日間も引きこもっていない。


 フォルティアの指南書曰く通常、朝食は大きな部屋で家族と共に摂るらしい。朝食には儀礼的に他の王子やら何やらが集まるらしくフォルティアを良く知る人物が集う、まさに第一難関といえる。今までは、というよりこの三日間はいつの間にか部屋の前に用意されてる食事を食べていたが、いつまでもこのままとはいかないだろう。何時までも引き籠もっているせいで直々に確認にこられるのが一番厄介だ。ちなみに用意されていた料理の味は悪くなかった。が、こんな状況で呑気に食事を楽しんでいる訳にもいかなかったため、感想はお高いフレンチ系の味といったところだろうか。こんな今だからこそ心安らぐ和食が恋しい。


 可能ならば人目につかずこのまま朝食へ、そして誰にも何も聞かれないままひっそりと部屋に戻る……そう願っていたがやはりそうはいかないらしい。気がつけば自分の後ろに二人、屈強そうな男が付き従っていた。おそらく護衛の兵士か何かだろう。王子であるフォルティアの身分を考えると妥当な対応であると言えるが、正体がばれる危険因子を排除したい今に限っては厄介極まりない。


 慣れたように後ろに続く二人組に下手に声を掛けては厄介なことになりそうだったため、特に触れずに当たり前を装って享受しておく。それよりも何よりも問題なのはこれから顔を合わせることにはなるであろう3人の兄弟のことである。どうにも朝食は兄弟が顔を合わせて摂るというのが風習らしく、父親である国王陛下と王妃やらが同席しないのが唯一の救いだ。ちなみにフォルティアの母親はお産の後すぐに亡くなってしまったらしい。そこら辺は詳しく書かれていなかった為よくわからない。


 恐らく兄弟の目を欺くのは容易なことではないだろう。自分がフォルティアではないことが知られればどうなるのだろうか、一抹の不安が過ぎる。幸いフォルティアは積極的に他者との戯れを望む方ではないらしく、挨拶以外は押し黙っていれば何とかやり過ごせるとあったが、果たしてそううまくいくだろうか。ある日突然兄弟の中身が他人になっていたら気付きそうなものだが、そうなった場合完全に手詰まりになる。


 指南書にはあまり喋らなくていいという主旨が記載されていたが、コミュニケーションが不得手という訳ではないのだろうと思う。あの日、勝手に人の部屋に押しかけてきた際のフォルティアに根暗な印象は無かった。結局それきりになってしまったため、断定は出来ないが口ぶりや表情はどちらかというと社交的でさえあった。家族とはあまり口を聞いていなかったのだろうか。



































「やぁ、フォルティア。おはよう。3日も顔を見せに来ないから心配したんだよ。駄目じゃないか皆に心配かけたら」



 うまく隠し通す算段を立てていれば不意に親しげに声を掛けられる。今度は何事かとそちらに目をやれば、光輝かんばかりの金色の髪が目に入りその眩しさに思わず目を細める。出来る限り関わりたくないと思った瞬間、血のような緋色の瞳と視線がかち合い、そして確信する。厄介事が向こうからやってきたのだと。


 容姿と出で立ちからフォルティアの資料と照らし合わせるのならば、目の前の人物は、第一王子ルシウス・バートン・カルテリアその人。年齢は19歳。ルシウスは正妃の子であり、正統な王位継承権を持つ者である。つまり、フォルティアの兄に当たる。


 そんな人物が護衛をぞろぞろと引き連れてわざわざこちらに近づいてくる現状に対し、半目になりそうなのをなんとか堪える。真正面から対峙するような形で距離を縮められ、両者の間隔が1mほどまで迫った頃、王太子はにこりと微笑み口を開く。




 「お前達は下がれ」




 その言葉だけで第一王子の従者はおろか自分についてくれていた二人まで下がってしまった。フォルティアの従者としてここにいる二人が、兄の一声でフォルティアの了解も得ずに離れるとは如何なものだろうか。二人きりにされてしまったことに居た堪れないものを感じながら冷静な現状把握に努める。


 確か指南書には〔第一王子には絶対に逆らうな〕などと書いてあったような気がする。王位継承順列一位がだから、媚を売っておいた方が何かと得ということだろうか。しかしそれならば、第ニ王子であるフォルティアにもそれなりの権力があるはずだ。城を出る際には存分に使わせてもらおうか、と少々脱線した思考を巡らせる。


 なんにせよ、第一王子。嫌われたくはないが、同時に下手に関わりたくない相手だ。なるべく相手の気分を害してしまわないよう慎重に口を開く。




「……おはよう御座います。ご心配をお掛け致しました。以後気をつけます」




「…………何、その態度。『申し訳ございません、ルシウス兄様』だろ。何度も教えたよな?忘れちゃった?」




 雰囲気が変わった。そう認識するが早いか、不穏な言葉と共にいきなり胸ぐらを掴まれ、思い切り壁に押し付けられる。突然の豹変具合に驚きを通り越して声を上げることもできない。こんなことは書かれていなかった。いきなり手を出してくるとはこの兄、とんだ暴君野郎ではないか。


 肺への圧迫感で呼吸がしにくくなり、生理的な涙が浮かぶ。振りほどこうにも体格も単純な力もとてもではないが敵わない。何とかしようと藻掻いていると、焦れたように強い力で髪を鷲掴まれ、強引に目線を合わせられる。身長差のせいで首に負荷がかかり髪を引っ張られる痛みも改まって顔が歪む。先ほどの言動の一体何がそこまで気に障ったのか分からない。




「……っ、あぁ、ティア。そんなに怯えないで。怖がらせたい訳じゃないんだ、本当に心配していたんだよ。分かってくれたなら、今まで通りちゃんと顔を見せに来て・・・・・・・ね。お前は僕の大事な弟なんだから」




 大切な弟。その大切な弟の髪を掴みあげるとはどういった了見なのだろうか。凄まじい形相で怒ったかと思えば、今度はどこか恍惚とした表情で突然抱きしめてくる。慰めるように頭を撫でられ、乱れた髪を元に戻されるのを為す術もなく受け入れる。


 情緒不安定か。本来の自分よりだいぶ年下の男が何やらしているというだけで別段恐怖心を抱くようなことではない。そう思っている筈なのに心臓が大きく鳴り響き息が上がるのはなぜだろう。早くも面倒臭そうな展開に先が思いやられる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件

表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。 病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。 この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。 しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。 ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。 強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。 これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。 甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。 本編完結しました。 続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

穏やかに生きたい(隠れ)夢魔の俺が、癖強イケメンたちに執着されてます。〜平穏な学園生活はどこにありますか?〜

春凪アラシ
BL
「平穏に生きたい」だけなのに、 癖強イケメンたちが俺を狙ってくるのは、なぜ!? トラブルを避ける為、夢魔の血を隠して学園生活を送るフレン(2年)。 彼は見た目は天使、でも本人はごく平凡に過ごしたい穏健派。
なのに、登校初日から出会ったのは最凶の邪竜後輩(1年)!? 
他にも幼馴染で完璧すぎる優等生騎士(3年)に、不良だけど面倒見のいい悪友ワーウルフ(同級生)まで……なぜか異種族イケメンたちが次々と接近してきて―― 運命の2人を繋ぐ「刻印制度」なんて知らない! 恋愛感情もまだわからない! 
それでも、騒がしい日々の中で、少しずつ何かが変わっていく。 個性バラバラな異種族イケメンたちに囲まれて、フレンの学園生活は今日も波乱の予感!? 
甘くて可笑しい、そして時々執着も見え隠れする 青春異世界学園BLラブコメディ! 毎日更新予定!(番外編は更新とは別枠で不定期更新) 基本的にフレン視点、他キャラ視点の話はside〇〇って表記にしてます!

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

平凡なぼくが男子校でイケメンたちに囲まれています

七瀬
BL
あらすじ 春の空の下、名門私立蒼嶺(そうれい)学園に入学した柊凛音(ひいらぎ りおん)。全寮制男子校という新しい環境で、彼の無自覚な美しさと天然な魅力が、周囲の男たちを次々と虜にしていく——。 政治家や実業家の子息が通う格式高い学園で、凛音は完璧な兄・蒼真(そうま)への憧れを胸に、新たな青春を歩み始める。しかし、彼の純粋で愛らしい存在は、学園の秩序を静かに揺るがしていく。 **** 初投稿なので優しい目で見守ってくださると助かります‼️ご指摘などございましたら、気軽にコメントよろしくお願いしますm(_ _)m

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

処理中です...