異世界で王子様の代わりを務めるだけの簡単なお仕事です

豆野 豆助

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3:従者と打ち解けるだけの簡単なお仕事です[5]

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彼が手に持っていたのは深い緑色の表紙が印象的な分厚い本だった。何度も読み返されているのか、かなり年季が入っている代物だが手入れはされているようで綺麗な状態を保っている。


ローランはフォルティアの目の前にその本を差し出した。フォルティアはそれを受け取ると表紙に書かれている文字に目を滑らせる。


『魔法の歴史とその基礎』


そのまんま教科書のようなタイトルの本には著作者の名前等は書かれておらず、代わりに題名の下に小さく文字列が刻まれている。しかし、古くなっているせいかその文字は判然としない。


「……いいのか、大事なものなんだろう?」


何度も読み返されたことが分かる質感と丁寧に手入れされていたことがうかがえる状態。余程大切にされてきたのだろうと察せられる。


そんなものを渡されても良いのだろうかと思いながらローランを見ると彼はほんの僅かに笑顔を浮かべていた。気のせいかもしれないほど些細な変化のそれは、憧憬と懐かしさをはらんだようなそんな感情が見えたように思える。ローランが浮かべた表情を見て、何故か分からないがフォルティアの胸の奥に小さな痛みが広がる。



「構いませんよ。それに、きっと貴方のお役に立てるでしょうから」


ローランはそう言うと、まるでそれが当たり前であるかのように自然な動作でフォルティアの隣に立ち、椅子を引く。


「座ってください。……本を開きましょうか」


フォルティアは言われるままに席に着くと、その隣に立ったままのローランの視線を感じながら本を開く。



開かれた本は最初のページから文字がびっしりと書き込まれており、思わず感嘆の声が漏れる。確かに内容は自分が望んだものにぴたりと当て嵌まっていた。フォルティアはゆっくりとページを捲り始めた。








「―――今日はこの辺にしておきませんか」


ローランの一言によって、意識を引き戻されると俯いていた頭を上に上げ、そこで自分が随分と本に集中していたことに気付く。辺りを見回せば既に日が落ちていて、窓の外は夜の帳が下りている。


「もう夜か……。そうだね、そろそろ終わりにしようか」


時計は無いため正確な時間は分からないが、かなりの時間が経っていることは確かだ。ローランに促され、フォルティアは本を閉じて机の上に置く。


「この調子なら明日も問題なく指導できそうですね」


「ああ、ありがとう。明日もよろしく頼むよ」


フォルティアは立ち上がり、ぐっと伸びをする。長時間同じ姿勢だったため、身体が固まってしまっている。


「では、夕食の用意をして参りますので少々お待ち下さい」


ローランは一礼すると扉から出て行く。フォルティアはもう一度大きく伸びをした後、ぐるりと部屋を眺める。この世界に来てから、毎日のように魔法の勉強をしていたおかげか、魔法を使うために必要な知識はある程度得られたと思う。魔法についての基礎的な部分はほとんど理解できたと言ってもいいだろう。


がっつり頭を使ったせいか空腹を感じる。さっきまで気にならなかったというのに意識した途端こうなのだから単純なものだと思いながら、フォルティアは一人苦笑した。







「お待たせしました」


数分後、食事を持ってローランが戻ってきた。今日のメニューはいつも通りパンとスープ、そしてメインディッシュとして鶏肉のソテーが載っている。


「お、今日は肉料理か」


ここ数日、野菜や果物ばかりのあっさりとした物が多かったため、久方ぶりに見る肉の姿にフォルティアの心は躍った。


「ええ、殿下はまだ育ち盛りですし栄養価が高いものをと、自分の方から献立の変更をさせていただきました。喜んで頂けたようで何よりです」


どういうわけかフォルティアに出される食事は基本的に野菜や魚を中心にしたヘルシーなメニューばかりだった。成長期の子供に食べさせるならもう少しタンパク質の多いものの方が良いだろうと思っていた為、正直この気遣いはありがたい。フォルティアの言葉にローランは少し困ったような顔をする。


「……やはり、その辺りは改善が必要かもしれませんね」


「?何か言ったか?」


ぼそりと呟かれた言葉がよく聞こえず聞き返すとローランは何でもないと首を振る。


「いえ、なんでもありません。それよりも冷めないうちに召し上がってください」


「ん、分かった。それじゃあ、遠慮無く。……、ん!美味いな!」


ローランに勧められ、フォルティアは早速と言わんばかりの勢いで肉を口に運ぶ。柔らかい肉質と旨味を含んだソースが口いっぱいに広がる。フォルティアが素直に感想を述べると、ローランは僅かばかり嬉しそうに口角を緩める。本当に些細な変化のため、大抵の人は見逃してしまうだろう。てっきり彼は無表情な人間だとばかり思っていたが、これは認識を改めなくてはいけないかもしれない。


「お口に合ったようで良かったです。まだまだあるのでどんどん食べてください」


「ありがとう。……そういえば、この食事を作ってくれたのは普段と同じ料理人か?」



食事を続けながら少々行儀が悪いことを承知で疑問に思ったことを口にする。よくよく考えてみればいつも食べている食事とは少々異なる味付けがされているようで、自分はどちらかと言うとこちらの方が好みのため是非とも、今後もお願いしたい。


「…………いえ、普段の食事係とは異なる者に作らせました。お気に召しませんでしたか?」


何気なく浮かんだ日常会話程度の質問に対し、しばらく押し黙ったかと思えば表情を硬くしてそんなことを言われてしまいフォルティアは慌てる。



「いや、そういう意味じゃなくて。ただ、いつもと違う味付けだったので不思議に思ってな。むしろ私はこちらの方が好みだ」


慌ててそう告げるとローランは安堵の息を漏らす。


「……そうですか。担当の者には殿下がお褒めしていたことを伝えておきます」


食事程度の話でそこまで身構えることも無いような気がするが、まあいいかと思い直しながらフォルティアは肉を頬張った。



少し気恥ずかしくなるくらい真っ直ぐな視線を感じながらの食事にはまだ暫く慣れそうにない。

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