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4:弟(?)を懐柔するだけの簡単なお仕事です[2]
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「はい、問題は何もないです。それより、次はどんな魔法を教えて下さるんですか?楽しみで仕方がないです!」
昨日の今日で早速次の訓練について考え始めているとは、やはり彼は向上心の塊のようだった。ここまで勤勉ならば自分が教えるより、腕の良さそうな教師を探して充てがった方がよっぽど良いかもしれない。どちらにせよ、もうじきここを出る腹積もりなのだからあまり関係はないが。
「そんなにはしゃぐなよ。……まぁ、私としても教えるのは楽しいけどな」
レイヴァンの頭に手を置いて軽く撫でると、レイヴァンは楽しげな笑い声を上げ、嬉しそうに笑みを浮かべている。
「レイヴァン様。ここでは他の使用人の目もありますので、あまりははしたなくなさらないように」
「はーい」
見兼ねたローランに注意されたレイヴァンは頬を膨らませつつも、素直に返事をした。食堂に着くと普段より時間帯が早かったせいか使用人以外の姿はなく、自分たち以外の二人はまだ来ていないようだった。
フォルティアはいつも通り席に着き、ローランは後ろに立って控えている。そして、レイヴァンはというと、なぜかフォルティアの隣に座ってきた。
「……なぜここに?」
「だって、兄上の隣が一番落ち着くんです。……駄目、でしたか?」
「……そうか。まぁ、別に構わないが」
どうせ、食事をするだけなのだ。隣でも正面でもいいだろう。それに、ここで断るのもかえって不自然だ。
「ありがとうございます」
「気にしなくていい」
気にしなくて良いとは言ったものの、正直あの傍面倒なルシウスに言い掛かりでもつけられそうで内心穏やかではない。今日はあの人が部屋で朝食を取ってくれることを切に願いたい。
――――――――
「おはようふたりとも。今日は随分早いね。…………ところでレイヴァン、普段と席が違うような気がするんだけれどな。フォルティアもそれでは狭いだろう」
願い虚しく、現れたのはルシウスであった。有無を言わせないような物言いに、早速厄介なことになってしまったことを理解する。詰められて動揺を隠せていないレイヴァンを横目にフォルティアは表情を変えないように努めつつ、どうやって切り抜けるべきか思考を巡らせた。
助け舟を出してくれたのは後ろに控えていたローランだった。彼はフォルティアとルシウスの対角線に立つと、丁寧なお辞儀をして言った。
「これは王太子殿下。おはようございます」
「あぁ、たしかお前はフォルティアの従者だね。……お前、はほんとうに変わらないね」
「自分程度の使用人を覚えて下さっているとは、恐れ入ります」
「……ふぅん」
ローランの言葉にルシウスは口の端を吊り上げて笑った。ローランも負けじとお誂え向けの笑顔を浮かべているが、二人の間で火花が散っているように見えるのは気のせいではないだろう。
「……ずっと思ってたんですけど、やっぱり兄上の従者の方ってすごいですね……」
こそっと耳打ちしてきたレイヴァンに同意するようにこくりと小さくうなずく。それは全くもうその通りだと思う。あの視線を正面から受けて平然としているなんて、なかなか出来るものじゃない。
「―――――あまり調子に乗るなよ。僕が誰か良く解っているはずだ」
「お言葉ですが、私めはあくまで主君であるフォルティア様をお守りするためにいるのです。そこを履き違えないで頂きたい」
「おい、それくらいにしておけ。口が過ぎるぞ」
真正面から受けて立つと言わんばかりのローランの物言いにフォルティアは堪らず制止の声を上げる。しかし、それは逆効果だったようで、ルシウスはさらに不機嫌になったようだ。険悪な雰囲気にどうすればよいのか戸惑っていたところで、突然扉が開かれた。
「―――おはよう御座います、お兄様方」
侍女を数名引き連れて部屋へと入ってきたのは第一王女アストリア。彼女はこちらを一瞥したあとで興味なさげに視線を逸すと、優雅な動作で椅子に腰掛ける。
「……」
「……」
一瞬、室内には奇妙な沈黙が訪れた。誰も何も言えず、ただ静かに時が流れるばかり。
「――まぁ、いい。僕はこれから食事なんだ、そこを退け」
「かしこまりました」
ローランが一歩下がると、ルシウスは普段と同じ席に着く。アストリアはというと、ちらりとその様子を見やってすぐに視線を外してしまった。フォルティアはそっとため息をつく。何がどうしてこうなったのだか……。
***
食後、まだまだ付いてきそうな勢いのレイヴァンに用事があるからと断りを入れて、ルシウスに捕まる前にさっさと食堂を出るとフォルティアは自室に戻る。
部屋の扉が閉まるのとほぼ同時に後ろを振り向くとローランの顔を真っ直ぐ見据えそれから大きな溜息をつく。
「……兄上に歯向かうなと、前にも伝えた筈だが?」
「――申し訳ございません。ですが、私はあなた様の側付きでございます。主君を守るのは当然のことかと」
ローランは悪びれる様子もなく淡々と答えた。この男は、フォルティアに害をなす者は決して許さない。たとえそれが主の兄であろうと関係ない。しかし、それをすれば主人に迷惑がかかるということまでは考えが及んでいないらしい。
優秀な彼らしくない浅はかな行動は、それでも自分のためにしてくれたことと解っているためあまり責めたくはない。しかし、このままにしておけば最悪、ローランにも危害が加わるかもしれない。
「―――あの皺寄せが私に来るとは考えなかったのか」
そう言うと、ローランは目を見開いた。フォルティアは、彼の忠誠を利用している。それは紛れもない事実だ。そのことに罪悪感は感じているものの、真実を話そうという気にはなれない。そんな自分にローランを咎める資格がないことも、ちゃんと理解していた。
ローランはしばらく黙っていたが、やがて観念したように口を開いた。小さく呟かれたのは自分の行動を自反する言葉。
フォルティアはそれに目を細めて続きを促す。ローランは少しの間何かを躊躇うかのように口を開け閉めしていたが、結局諦めたようで言葉を続けた。彼はいつものように冷静で落ち着いた声音だったが、どこか震えを帯びていた。
「――……殿下は、私がお嫌いですか」
「?いや、そういうわけではないが……」
先程までの会話とは関連性の無さそうな話題に、まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかったフォルティアは戸惑いつつ首を横に振る。
「……では、殿下は、私のことを信じてくださいますか」
今度こそ、フォルティアは返答に困ってしまった。彼が何を考えているのか全く分からない。信じていない訳では無い。ローランは信用に値する人間だと、フォルティアは思っていた。しかし、だからといって信頼できるかというと、答えは否だ。信じる信じないで推し量るにはフォルティアの事情は複雑すぎる。
ローランはフォルティアの沈黙を否定の意だと判断したのか、苦笑して言った。
「……申し訳ありません。今のは忘れて下さい。自分は、殿下望まれるならどんなことでも致します。全ては貴方の御心のままに」
「……ありがとう。私は大丈夫だから、今後はあまり兄上を刺激しないでくれ」
それだけ言って、フォルティアはローランに背を向ける。これ以上話すことはないし、彼にもないだろう。何よりこれ以上話したところで先の短い付き合いだ。……だからもう、話す必要は無いはずだ。
昨日の今日で早速次の訓練について考え始めているとは、やはり彼は向上心の塊のようだった。ここまで勤勉ならば自分が教えるより、腕の良さそうな教師を探して充てがった方がよっぽど良いかもしれない。どちらにせよ、もうじきここを出る腹積もりなのだからあまり関係はないが。
「そんなにはしゃぐなよ。……まぁ、私としても教えるのは楽しいけどな」
レイヴァンの頭に手を置いて軽く撫でると、レイヴァンは楽しげな笑い声を上げ、嬉しそうに笑みを浮かべている。
「レイヴァン様。ここでは他の使用人の目もありますので、あまりははしたなくなさらないように」
「はーい」
見兼ねたローランに注意されたレイヴァンは頬を膨らませつつも、素直に返事をした。食堂に着くと普段より時間帯が早かったせいか使用人以外の姿はなく、自分たち以外の二人はまだ来ていないようだった。
フォルティアはいつも通り席に着き、ローランは後ろに立って控えている。そして、レイヴァンはというと、なぜかフォルティアの隣に座ってきた。
「……なぜここに?」
「だって、兄上の隣が一番落ち着くんです。……駄目、でしたか?」
「……そうか。まぁ、別に構わないが」
どうせ、食事をするだけなのだ。隣でも正面でもいいだろう。それに、ここで断るのもかえって不自然だ。
「ありがとうございます」
「気にしなくていい」
気にしなくて良いとは言ったものの、正直あの傍面倒なルシウスに言い掛かりでもつけられそうで内心穏やかではない。今日はあの人が部屋で朝食を取ってくれることを切に願いたい。
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「おはようふたりとも。今日は随分早いね。…………ところでレイヴァン、普段と席が違うような気がするんだけれどな。フォルティアもそれでは狭いだろう」
願い虚しく、現れたのはルシウスであった。有無を言わせないような物言いに、早速厄介なことになってしまったことを理解する。詰められて動揺を隠せていないレイヴァンを横目にフォルティアは表情を変えないように努めつつ、どうやって切り抜けるべきか思考を巡らせた。
助け舟を出してくれたのは後ろに控えていたローランだった。彼はフォルティアとルシウスの対角線に立つと、丁寧なお辞儀をして言った。
「これは王太子殿下。おはようございます」
「あぁ、たしかお前はフォルティアの従者だね。……お前、はほんとうに変わらないね」
「自分程度の使用人を覚えて下さっているとは、恐れ入ります」
「……ふぅん」
ローランの言葉にルシウスは口の端を吊り上げて笑った。ローランも負けじとお誂え向けの笑顔を浮かべているが、二人の間で火花が散っているように見えるのは気のせいではないだろう。
「……ずっと思ってたんですけど、やっぱり兄上の従者の方ってすごいですね……」
こそっと耳打ちしてきたレイヴァンに同意するようにこくりと小さくうなずく。それは全くもうその通りだと思う。あの視線を正面から受けて平然としているなんて、なかなか出来るものじゃない。
「―――――あまり調子に乗るなよ。僕が誰か良く解っているはずだ」
「お言葉ですが、私めはあくまで主君であるフォルティア様をお守りするためにいるのです。そこを履き違えないで頂きたい」
「おい、それくらいにしておけ。口が過ぎるぞ」
真正面から受けて立つと言わんばかりのローランの物言いにフォルティアは堪らず制止の声を上げる。しかし、それは逆効果だったようで、ルシウスはさらに不機嫌になったようだ。険悪な雰囲気にどうすればよいのか戸惑っていたところで、突然扉が開かれた。
「―――おはよう御座います、お兄様方」
侍女を数名引き連れて部屋へと入ってきたのは第一王女アストリア。彼女はこちらを一瞥したあとで興味なさげに視線を逸すと、優雅な動作で椅子に腰掛ける。
「……」
「……」
一瞬、室内には奇妙な沈黙が訪れた。誰も何も言えず、ただ静かに時が流れるばかり。
「――まぁ、いい。僕はこれから食事なんだ、そこを退け」
「かしこまりました」
ローランが一歩下がると、ルシウスは普段と同じ席に着く。アストリアはというと、ちらりとその様子を見やってすぐに視線を外してしまった。フォルティアはそっとため息をつく。何がどうしてこうなったのだか……。
***
食後、まだまだ付いてきそうな勢いのレイヴァンに用事があるからと断りを入れて、ルシウスに捕まる前にさっさと食堂を出るとフォルティアは自室に戻る。
部屋の扉が閉まるのとほぼ同時に後ろを振り向くとローランの顔を真っ直ぐ見据えそれから大きな溜息をつく。
「……兄上に歯向かうなと、前にも伝えた筈だが?」
「――申し訳ございません。ですが、私はあなた様の側付きでございます。主君を守るのは当然のことかと」
ローランは悪びれる様子もなく淡々と答えた。この男は、フォルティアに害をなす者は決して許さない。たとえそれが主の兄であろうと関係ない。しかし、それをすれば主人に迷惑がかかるということまでは考えが及んでいないらしい。
優秀な彼らしくない浅はかな行動は、それでも自分のためにしてくれたことと解っているためあまり責めたくはない。しかし、このままにしておけば最悪、ローランにも危害が加わるかもしれない。
「―――あの皺寄せが私に来るとは考えなかったのか」
そう言うと、ローランは目を見開いた。フォルティアは、彼の忠誠を利用している。それは紛れもない事実だ。そのことに罪悪感は感じているものの、真実を話そうという気にはなれない。そんな自分にローランを咎める資格がないことも、ちゃんと理解していた。
ローランはしばらく黙っていたが、やがて観念したように口を開いた。小さく呟かれたのは自分の行動を自反する言葉。
フォルティアはそれに目を細めて続きを促す。ローランは少しの間何かを躊躇うかのように口を開け閉めしていたが、結局諦めたようで言葉を続けた。彼はいつものように冷静で落ち着いた声音だったが、どこか震えを帯びていた。
「――……殿下は、私がお嫌いですか」
「?いや、そういうわけではないが……」
先程までの会話とは関連性の無さそうな話題に、まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかったフォルティアは戸惑いつつ首を横に振る。
「……では、殿下は、私のことを信じてくださいますか」
今度こそ、フォルティアは返答に困ってしまった。彼が何を考えているのか全く分からない。信じていない訳では無い。ローランは信用に値する人間だと、フォルティアは思っていた。しかし、だからといって信頼できるかというと、答えは否だ。信じる信じないで推し量るにはフォルティアの事情は複雑すぎる。
ローランはフォルティアの沈黙を否定の意だと判断したのか、苦笑して言った。
「……申し訳ありません。今のは忘れて下さい。自分は、殿下望まれるならどんなことでも致します。全ては貴方の御心のままに」
「……ありがとう。私は大丈夫だから、今後はあまり兄上を刺激しないでくれ」
それだけ言って、フォルティアはローランに背を向ける。これ以上話すことはないし、彼にもないだろう。何よりこれ以上話したところで先の短い付き合いだ。……だからもう、話す必要は無いはずだ。
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