探偵(役の庶民)の男と、助手(役の上流階級)の青年と、事務所のメイド(に変装してる男)の話

八億児

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【事務所にて・壱】探偵を愛する助手

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 これは事件解決より、少し前に遡る。

 小野原陣一郎は探偵を行う。
 彼の自認としては未だ探偵ではないのだが、業務上の〈名探偵〉を遂行することがある。
 ここはビルの五階にある探偵事務所。奥に据えられた重厚な木製の机で、陣一郎は小さな字の詰まった大判の書籍を捲っている。
 年の頃は三十を少し越えている。身につけた白いスタンドカラーの襟足は、短く刈られている。上背はそこそこあるが、温厚そうな少し垂れた目元のせいか威圧感はない。真剣に黙々と文字を追っている横顔は、好意的な相手ならば精悍と評してくれるかも知れない。平凡な男である。
 静かな午後の事務所には頁を捲る音と、それから往来を行く馬車や物売りの声が小さく届く。硝子窓から差し込んだ光は窓辺の床に落ち、つやつやと磨かれた木目を照らしていた。
 事務所の入口がノックされ、扉が開く。上部に設置されたドアベルが涼しげに鳴った。
 ここが探偵事務所だと分かる目印は、ビルを五階まで登った先の扉に、小さく掲示された「小野原探偵事務所」の文字だけだ。
 紹介のみで請け負っているため、建物の外に看板なども出しておらず、飛び込みの依頼人などが訪れることはほぼない。
「こんにちは、先生」
 穏やかな挨拶とともに入って来たのは、品の良い洋装を身に着け、銀縁の眼鏡をかけた青年だった。
「基さん、もう来てくれたのか!」
 青年の姿を認めると、陣一郎は顔を明るくした。眼鏡の青年の名は西條基といい、この事務所では〈探偵助手〉を自称している。しかし彼はこの事務所の所有者でもあり、実質的な事務所長でもあった。
「それはこちらの台詞です。依頼人が来る予定の時間まではまだ随分あるのに、早くからご準備されているんですね」
 基は、小ぶりの木製机に自分の荷物を置いた。
「何、少しは俺も予習をしておかないと。君に任せてばかりではいけないからな」
 陣一郎が手元の本に視線を落とす。それは上流階級の名士の名が連なる紳士録だった。
「お忘れですか? 元はと言えば、私が強引に先生に探偵役をお願いしたんですよ」
「強引だなんてことはないだろう。俺こそ君の力になれて嬉しいと思っているんだ」
 知る人ぞ知る陣一郎の表向きの肩書きは、〈探偵〉ないしは〈名探偵〉ということになっている。
 しかし実際には、上流階級の表沙汰には出来ない揉め事の、始末屋のようなものだった。隠された真実を見つけ出すのではなく、剥き出しの事実に始末を付けて丸く収めるのが仕事だ。
「用意されたことを毎回こなすのがやっとだが、どうにか探偵の真似事ができているならそれは基さんのおかげだろう」
 揉め事に始末を付けたい依頼人の協力があるとは言え、事前に裏を取っておく必要はある。情報収集や証拠品集めなど、やれることは陣一郎も当然行っていた。だがハイソサエティへの縁故や根回し、説得力のある辻褄合わせなどに関しては、どうしても基に任せきりになってしまっている。
「その上こんな立派な事務所に、俺が住むための部屋まで用意して貰っているだろう。やはり君に甘えすぎではないだろうか」
「格式やプライドのある人達を納得させるには、それらしい体裁も必要なんですよ。先生は名探偵らしく、堂々としていただかないと」
 陣一郎の気がかりを軽くいなし、基は書棚へ向かう。顔立ちの整った青年だが、背筋の伸びた後ろ姿もまた美しいと陣一郎は思う。
「しかし勿体ないな。基さんが自分で名探偵をやっていたら、さぞかし似合っていたんだろうが」
「陣一郎さんの探偵役は素敵ですし、私はお似合いだと思っていますよ」
 書棚から綴じたファイルを取り出すと、基が振り返った。
「それに西條家の人間である私が出ていっては、色々と不都合な場面もありますから。これは家同士のしがらみがない、陣一郎さんだからできる人助けなんです」
 そう言って陣一郎に優しく微笑みかける。照れくさくなり、陣一郎は頭を掻いた。
「確かに、君みたいな美青年が名探偵として名が売れてしまったら、雑誌や映画の連中が放ってはおかんだろうな」
 俺は地味な庶民で助かった、と言って陣一郎が笑う。
「もう……先生は人が好すぎますよ」
 基は呆れたように言うと、陣一郎の前の机にファイルを置いた。そのまま半ば机に腰かけるように体重を傾ける。
 陣一郎が顔を上げると、基の柔らかそうな髪が光を透かし、眩しさに少し見とれた。
「そうやってあまり人が好すぎると、悪い人につけ込まれてしまいますよ?」
 基はからかうように言いながら、椅子の上の陣一郎の顔を覗き込んできた。陣一郎は思わず視線をそらす。
「基さん、その……。それはいささか、お行儀が悪くはないか……?」
「よろしければ、もっとお行儀の悪いことをしましょうか」
 囁きとともに、陣一郎の耳に吐息がかかる。近付く青年からは微かに、清涼な花のような良い香りがする。基の手が、陣一郎の腿にするりと乗せられた。
「も、基さん」
 現実味のなさに、陣一郎からは次の言葉が出てこない。
「先せ──」
 その影が重なる寸前で、基の声と動きが不自然に制止した。
「あ、ああっ!? す、済まない!」
 咄嗟に差し出された陣一郎の手が、基の顔を遮っている。その手のひらには、唇が触れた感触があった。くすぐったく、柔らかい。
 陣一郎はまるで自分が何らかの禁忌を侵したような気になり、おそるおそる基の口元から手を離す。
「わ、悪い、基さん」
 そう言って、決まり悪そうに頭を下げた。
「幼い頃から知っている君とそのようなことをするのは、その……俺を西條の家に置いてくれた旦那様に申し訳が立たん」
 陣一郎が若かりし頃、彼を書生として西條の屋敷に住まわせてくれたのが基の父である西條有維だった。少年だった基の家庭教師らしきものもしていたことで、基は今でも陣一郎を先生と呼んでいる。
「父のことなんか、今はどうでもいいでしょう」
 これまで穏やかな態度を崩さなかった基が、むっとしたように口を尖らせた。
「先生が恩義を感じていることは知っています。そんなことより、先生は私と『このようなこと』をするのはお嫌ですか? 私も無理強いをするつもりはありません」
「嫌……なわけでは、ない。君のような人が俺を好ましく思ってくれるのは、身に余る光栄だと……」
「ではしましょう。続きを」
「だ、駄目だ、そんなことをしたら俺は旦那様に合わせる顔がない!」
「大丈夫です。父が文句を言うようなら、私が家を出ます」
「基さんにそんな真似をさせたら、尚更に俺は耐え切れん!」
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