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【事務所にて・弐】助手を愛するメイド
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「ただいま戻りました!」
二人のやりとりを遮るように、事務所の扉から威勢の良い声が飛び込んで来た。勢い余ってドアベルさえもやかましい。
入って来たのは、黒のワンピースに白いエプロンを着けたメイド姿の人物だった。肩までの長さの黒髪は一部が頭の後ろで結ばれ、動きに合わせてひょこひょこと揺れる。その手には風呂敷包みを抱えていた。
「あ、秋くん!? おかえり……」
「おかえりなさい、岳秋」
「基様、もういらっしゃってたんですね! そうと知っていれば、寄り道なんてしませんでしたよ」
陣一郎からは秋、基からは岳秋と呼ばれたメイドは、基に対してだけあからさまに嬉しげな返答をした。
「焼き菓子は無事に受け取れたんだな。ありがとう」
椅子の上でこっそり姿勢を戻していた陣一郎が、メイドの岳秋に礼を言う。
風呂敷包みの中身は、来客用の洋菓子だ。特別な顧客のみが注文をして購入できる品で、これもまた上流階級の依頼人を相手にするための準備の一つだった。勿論それらも基が手回しをしている。
「まあ、これくらいは。それより僕のおつかい中に、またお二人でイチャイチャしてたんですか? 扉の前まで陣さんの声が聞こえてましたよ。この階、この事務所だけでよかったですね」
岳秋は、来客用テーブルに風呂敷包みを置く。
あの声が聞こえた上でよくイチャイチャと判断できたなと陣一郎は思ったが、それを口にする前に岳秋の小言が飛んできた。
「陣さん、僕がいない隙に基様におかしな真似しないで下さいね!」
「しない!」
「岳秋も私の敵か……」
基が眉をひそめると、岳秋が大袈裟に身を乗り出した。
「不肖この久保園岳秋、生涯基様の味方です! ただ、お相手が陣さんなのはちょっとどうかと思うだけで」
「俺も、秋くんの判断が正しいと思う……」
「ほら本人もそう仰ってますよ、基様。折角お菓子もありますし、ご一緒にお茶でもいかがですか?」
岳秋が我が物のように薦めながら、風呂敷包みを開く。中からは、来客用のはずの洋菓子とともに饅頭や大福なども姿を現した。
「ありがとう。でも助手の私より先に、先生にお茶を出すようにしてくれないか」
「それなら、陣さんが美味しいのを淹れてくれますよ」
岳秋の言葉に、基が陣一郎に訝しげな視線を向ける。整っているだけに、無言の表情にいやに迫力がある。
「……先生」
「いや、だが淹れたことがないと彼が言うから」
「岳秋をあまり甘やかさないで下さい。探偵事務所にメイド服を着てお茶を飲んでいるだけの人間がいるのは、人に見られたら不自然に思われます」
「だが、焼き菓子の受け取りには行ってくれただろう」
「寄り道もしていたようですね」
「うむ……」
陣一郎が首を竦めると、基は岳秋に向き直った。
「岳秋も、あまり先生に甘えないように。少なくともここに身を隠す気があるなら、事務所にいる間は使用人の振りを全うしてもらうからね」
「はーい。基様には本当に感謝しています!」
岳秋は明るく挙手をした。
彼は名を久保園岳秋と言い、実際には使用人ではなく、女性でもなかった。何らかの事情でしばらくここに匿うことになったようだが、基の学友だったとは聞き及んでいる。
つまりおそらくはそれなりのお家柄のはずだが、本人の態度のせいもあり、陣一郎は基と比べてかなり気さくに扱ってしまっていた。
「……とはいえ私の方からも、具体的な話が足りていなかったね。まだ時間もあるし、今日はお茶の淹れ方から教えようか」
基が微笑みかけると、岳秋はうっとりとした視線を向けて後をついて行った。
「基様、優しい……好き……!」
この男を事務所に置いておいて本当によいのだろうかと陣一郎は思う。自分も言えた義理ではないのだが。
だが結局、西條基と言う人は困っている人間を放っておけないのだろう。陣一郎はそう考えている。だから揉め事の解決のために、偽探偵事務所などをやる。再会した元書生に仕事と住む場所を与える。学友だった男を匿ってやる。
今の陣一郎は基に衣食住を用意されている身ではあった。だがたとえ今のような条件でなかったとしても、そんな彼が頼むことならなんだって手を貸すつもりでいる。
己の小さな覚悟を再確認しながら陣一郎は、事務所に備え付けられた小さな炊事場へ目を向けた。
「緑茶とほうじ茶はこっちの棚で、紅茶は」
「基様、指キレイですね……」
「指じゃなく棚を見て、岳秋」
耳を疑うような会話と本人達の実状に目をつぶれば、並んだ二人の姿は洋装の美青年とメイド服の美少女だった。それこそ探偵小説の挿絵にでもなりそうな似合いの様子だ。
何故自分のような人間がここにいるのだろうと、陣一郎は改めて不思議に思いながら手元の紳士録に視線を戻す。
しばらく経つと、茶托に乗った蓋付きの湯飲みが岳秋の手で運ばれてきた。案外危なっかしいところはない。
「はい、陣さんのお茶です」
「ありがとう、秋くん」
蓋を外すと湯気とともによい香りがする。熱さもほどよいようだ。
「美味い! よくやったな、……二人とも」
あの調子では教えた基の苦労も大したものだろうと、陣一郎は二人を賞賛する。
「どうぞ基様、お茶とお茶菓子です!」
だが岳秋はすでに全く陣一郎の方を見ていない。そういうものだろう。
「ありがとう、岳秋」
基はにこやかにお茶を受け取る。
「……基さんは幼い頃から賢い人だと思っていたが、勉強以外も何でも出来るんだな。西條のお屋敷では、君が手ずからお茶を入れる機会なんてそうはなかったろうに」
陣一郎の呟きに、基はお茶を飲む手を止めた。一瞬だけ言おうか迷ってから、はにかんだように応える。
「実は、練習したんです。名探偵の助手に必要そうなことを、いろいろと」
「……本当か?」
「名探偵って陣さんのことですか? この人、そんな大層なものじゃないですよ!」
岳秋が手にしたトレイで、この人、と陣一郎を示す。
「探偵の中身だって、全部基様がやってるんじゃないですか」
「それはそうなんだが、秋くん。それで人を指さすのは、お客にはやるんじゃないぞ」
「先生にも駄目ですよ」
また甘やかして……と言いたげな視線を基から向けられ、陣一郎は口を閉じる。
「大層な人ですよ、先生は。元はと言えば、僕が頼んで名探偵をしていただいていますから。だからせめて、助手として先生のためにできることはなんでもしたいんです」
「陣さんって、わざわざ基様がお願いするほど探偵向きな人材なんですか?」
秋が訝しげに陣一郎を見る。
「適性については自分では分からんが……。昔、西條の家に御世話になっていた時、ちょっとした捜し物を見つけたことがあってな。基さんはそれを覚えていてくれたんだ」
「あの時の私にとっては、探偵小説の主人公よりも頼もしく見えましたよ」
真剣な瞳で真っ直ぐに見つめられ、陣一郎は気恥ずかしさに頭を掻いた。
「人様に首を突っ込む役割だからな……無関係な人間でないと指摘しにくいこともあるだろう。俺なら多少恨まれたところで、別段失う地位もないし気楽なものだ」
「陣さん、大抜擢じゃないですか。これからも基様のために全力でしっかり働いてくださいね!」
岳秋に言われるのは釈然としないものがあったが、基のために全力で働くことに異論は無い。陣一郎は、ああ、と頷いた。
二人のやりとりを遮るように、事務所の扉から威勢の良い声が飛び込んで来た。勢い余ってドアベルさえもやかましい。
入って来たのは、黒のワンピースに白いエプロンを着けたメイド姿の人物だった。肩までの長さの黒髪は一部が頭の後ろで結ばれ、動きに合わせてひょこひょこと揺れる。その手には風呂敷包みを抱えていた。
「あ、秋くん!? おかえり……」
「おかえりなさい、岳秋」
「基様、もういらっしゃってたんですね! そうと知っていれば、寄り道なんてしませんでしたよ」
陣一郎からは秋、基からは岳秋と呼ばれたメイドは、基に対してだけあからさまに嬉しげな返答をした。
「焼き菓子は無事に受け取れたんだな。ありがとう」
椅子の上でこっそり姿勢を戻していた陣一郎が、メイドの岳秋に礼を言う。
風呂敷包みの中身は、来客用の洋菓子だ。特別な顧客のみが注文をして購入できる品で、これもまた上流階級の依頼人を相手にするための準備の一つだった。勿論それらも基が手回しをしている。
「まあ、これくらいは。それより僕のおつかい中に、またお二人でイチャイチャしてたんですか? 扉の前まで陣さんの声が聞こえてましたよ。この階、この事務所だけでよかったですね」
岳秋は、来客用テーブルに風呂敷包みを置く。
あの声が聞こえた上でよくイチャイチャと判断できたなと陣一郎は思ったが、それを口にする前に岳秋の小言が飛んできた。
「陣さん、僕がいない隙に基様におかしな真似しないで下さいね!」
「しない!」
「岳秋も私の敵か……」
基が眉をひそめると、岳秋が大袈裟に身を乗り出した。
「不肖この久保園岳秋、生涯基様の味方です! ただ、お相手が陣さんなのはちょっとどうかと思うだけで」
「俺も、秋くんの判断が正しいと思う……」
「ほら本人もそう仰ってますよ、基様。折角お菓子もありますし、ご一緒にお茶でもいかがですか?」
岳秋が我が物のように薦めながら、風呂敷包みを開く。中からは、来客用のはずの洋菓子とともに饅頭や大福なども姿を現した。
「ありがとう。でも助手の私より先に、先生にお茶を出すようにしてくれないか」
「それなら、陣さんが美味しいのを淹れてくれますよ」
岳秋の言葉に、基が陣一郎に訝しげな視線を向ける。整っているだけに、無言の表情にいやに迫力がある。
「……先生」
「いや、だが淹れたことがないと彼が言うから」
「岳秋をあまり甘やかさないで下さい。探偵事務所にメイド服を着てお茶を飲んでいるだけの人間がいるのは、人に見られたら不自然に思われます」
「だが、焼き菓子の受け取りには行ってくれただろう」
「寄り道もしていたようですね」
「うむ……」
陣一郎が首を竦めると、基は岳秋に向き直った。
「岳秋も、あまり先生に甘えないように。少なくともここに身を隠す気があるなら、事務所にいる間は使用人の振りを全うしてもらうからね」
「はーい。基様には本当に感謝しています!」
岳秋は明るく挙手をした。
彼は名を久保園岳秋と言い、実際には使用人ではなく、女性でもなかった。何らかの事情でしばらくここに匿うことになったようだが、基の学友だったとは聞き及んでいる。
つまりおそらくはそれなりのお家柄のはずだが、本人の態度のせいもあり、陣一郎は基と比べてかなり気さくに扱ってしまっていた。
「……とはいえ私の方からも、具体的な話が足りていなかったね。まだ時間もあるし、今日はお茶の淹れ方から教えようか」
基が微笑みかけると、岳秋はうっとりとした視線を向けて後をついて行った。
「基様、優しい……好き……!」
この男を事務所に置いておいて本当によいのだろうかと陣一郎は思う。自分も言えた義理ではないのだが。
だが結局、西條基と言う人は困っている人間を放っておけないのだろう。陣一郎はそう考えている。だから揉め事の解決のために、偽探偵事務所などをやる。再会した元書生に仕事と住む場所を与える。学友だった男を匿ってやる。
今の陣一郎は基に衣食住を用意されている身ではあった。だがたとえ今のような条件でなかったとしても、そんな彼が頼むことならなんだって手を貸すつもりでいる。
己の小さな覚悟を再確認しながら陣一郎は、事務所に備え付けられた小さな炊事場へ目を向けた。
「緑茶とほうじ茶はこっちの棚で、紅茶は」
「基様、指キレイですね……」
「指じゃなく棚を見て、岳秋」
耳を疑うような会話と本人達の実状に目をつぶれば、並んだ二人の姿は洋装の美青年とメイド服の美少女だった。それこそ探偵小説の挿絵にでもなりそうな似合いの様子だ。
何故自分のような人間がここにいるのだろうと、陣一郎は改めて不思議に思いながら手元の紳士録に視線を戻す。
しばらく経つと、茶托に乗った蓋付きの湯飲みが岳秋の手で運ばれてきた。案外危なっかしいところはない。
「はい、陣さんのお茶です」
「ありがとう、秋くん」
蓋を外すと湯気とともによい香りがする。熱さもほどよいようだ。
「美味い! よくやったな、……二人とも」
あの調子では教えた基の苦労も大したものだろうと、陣一郎は二人を賞賛する。
「どうぞ基様、お茶とお茶菓子です!」
だが岳秋はすでに全く陣一郎の方を見ていない。そういうものだろう。
「ありがとう、岳秋」
基はにこやかにお茶を受け取る。
「……基さんは幼い頃から賢い人だと思っていたが、勉強以外も何でも出来るんだな。西條のお屋敷では、君が手ずからお茶を入れる機会なんてそうはなかったろうに」
陣一郎の呟きに、基はお茶を飲む手を止めた。一瞬だけ言おうか迷ってから、はにかんだように応える。
「実は、練習したんです。名探偵の助手に必要そうなことを、いろいろと」
「……本当か?」
「名探偵って陣さんのことですか? この人、そんな大層なものじゃないですよ!」
岳秋が手にしたトレイで、この人、と陣一郎を示す。
「探偵の中身だって、全部基様がやってるんじゃないですか」
「それはそうなんだが、秋くん。それで人を指さすのは、お客にはやるんじゃないぞ」
「先生にも駄目ですよ」
また甘やかして……と言いたげな視線を基から向けられ、陣一郎は口を閉じる。
「大層な人ですよ、先生は。元はと言えば、僕が頼んで名探偵をしていただいていますから。だからせめて、助手として先生のためにできることはなんでもしたいんです」
「陣さんって、わざわざ基様がお願いするほど探偵向きな人材なんですか?」
秋が訝しげに陣一郎を見る。
「適性については自分では分からんが……。昔、西條の家に御世話になっていた時、ちょっとした捜し物を見つけたことがあってな。基さんはそれを覚えていてくれたんだ」
「あの時の私にとっては、探偵小説の主人公よりも頼もしく見えましたよ」
真剣な瞳で真っ直ぐに見つめられ、陣一郎は気恥ずかしさに頭を掻いた。
「人様に首を突っ込む役割だからな……無関係な人間でないと指摘しにくいこともあるだろう。俺なら多少恨まれたところで、別段失う地位もないし気楽なものだ」
「陣さん、大抜擢じゃないですか。これからも基様のために全力でしっかり働いてくださいね!」
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