アデルの子

新子珠子

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第一章 静かな目覚め

37. 想い**

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 一度イッた彼の中はとても熱くて僕を求めるように蠢いていた。僕は堪らず、ずぶずぶと彼の中を進む。

「ああっ…、あ、あ…ティト…。」
「は…ぁ……、レヴィルの中…熱い…。」
「ん……っ、…っ。」

 彼は前回よりも受け入れる事に怖さを感じなくなったのか、力を抜いてくれていてすっかりと僕のものを奥まで受け入れてくれた。僕は嬉しくて堪らなくて、魔力に満たされた彼の中があまりにも気持ちが良くて、すぐにイッてしまいそうだった。波を耐えるために、ふうと荒い息を吐いて、何度か呼吸をする。

「…っティト…?」
「ごめん…すぐ、イッちゃいそうで…。」

 レヴィルも僕を受け入れるのに呼吸を整えていたのか、はあ、と甘く息を吐いた。そして汗ばんだ顔にはらりと前髪が落ちて、艶っぽい笑みを浮かべる。

「ん…っイけばいい…何度もすれば…っいい、だろ。」

 思いのほか積極的な彼の言葉に、かっと自分の体温が上がるのを感じる。レヴィルのフェロモンと魔力に満たされた状態でそんな事を言われると、あっという間に思考が焼き切れてしまいそうだった。

「~~っ…そんなに、煽ら、ないで…っ」

 僕は腰を引いて、一気に彼を突いた。

「ひっ、っ………ああっ、…っ」
「っ、は……」

 身体の奥から登りつめてくるような感覚があって、僕はぐっと息を止めて射精感を耐えた。

「んっ、んん…」
 
 僕のものがぐっと質量を増したからか、レヴィルが逃れるように腰を動かす。僕はそれを許さず、抱きすくめる様にして腰を穿った。

「あ、あ、っ……ティトっ」

 小刻みに動かし前立腺を刺激すると彼は甘い声で喘ぐ。

「っ…ほんとにっ…余裕、ないんだっ」

 しばらくはレヴィルのテンポに合わせて、小さく動いていたが、すぐに堪えが効かなくなって、僕はずぷり、ずぷりと音を立てながら奥を突き始める。

「ああ、んっ、……っ、あ、あっ」
「っ…レヴィル……」

 ペニスへ集まる熱がいつもより熱い。射精感が強くて今日はドライでイく感覚と少し違う感じがした。
 僕はレヴィルに覆い被さり、奥深くを目指して律動する。いつもとは違う感覚に支配されて、彼の最奥に魔力を注ぎ込みたいと言う原始的な欲望で僕の頭はいっぱいだった。

「はぁっ…あっ、ティト、…ふか、い、っ…あっ」
「っごめんっ……っ」

 口では謝るものの動くことを止められず、何度も何度も彼の最奥を擦る。

「レヴィル……レヴィル…っ」
「ああっ、………っ、ん、…ティトっ」

 激しく与えられる快楽の波に眉を寄せるレヴィルに、僕は何度もキスを落とした。肌がぶつかり合う音と結合部の卑しい水音がどんどん激しくなる。

「レヴィルっ…好きっ……っ好きだ…」

 僕は唇を離すたびに余裕なく何度も彼の名前を呼んではその言葉を繰り返した。
 レヴィルはそんな僕に答えるように僕の背に手を回して、律動するのに合わせてわずかに腰を動かしていた。時々掠れた声で僕の名前を呼ばれると、もう堪らなかった。
 2度目のセックスは思った以上に動物的なセックスになった。
 








 

「出そうな感じがしたけど…だめでした。」
「……何が?」

 レヴィルは僕の髪を撫でながら少し首を傾げる。セックスの後、身を清めてもすぐに眠る気にならず、余韻に浸るようにベッドで過ごしていた。結局1度では終われなくて、2回ほど身体を繋げていた。

「魔力が…射精できそうな感じがしたんです。」
「そうか…。」

 セックスの最中はかなり射精感が強くて、あのまま射精できそうな感じがしていた。けれど結局僕は2度ともドライでイッてしまった。
 何となく悔しくて、はあ、とため息をつくと、レヴィルは苦笑して僕の頬を撫でる。

「そんなに焦らないでくれ。」
「…どうして?」
「…お前が誰かのものになることを考えるのは…まだ怖い。」

 レヴィルは困ったように眉を寄せて笑った。

「うん…そっか…。」
「…ああ。」

 レヴィルは僕の瞼にキスを落とした。そのまま僕を抱きすくめるように身を寄せる。僕は答えるように抱きしめ返した。身を寄せ合って、お互いの髪や耳にキスを落とす。

「ティト」
「…ん?」
「ディンクシャー伯の話を…してもいいか?」

 レヴィルはとても言い辛そうだった。おそらくタイミングをずっと計っていたのだろう。
 僕は彼を安心させるように、わずかに微笑んで頷いた。

「……ディンクシャー伯の招待は…やはりお前と子息の関係の打診だった。」
「そうですか…。」

 レヴィルはバカンス前にディンクシャー伯から晩餐の招待を受けていた。伯爵には年頃の子息がいて、まず間違いなく僕との関係の打診だろうと思っていたので、さして驚きはしなかった。

「レヴィルは何と返答をしたの?」
「……時間が欲しいと、正直にお願いをした。」
「…時間?」

 レヴィルは言葉を探すように、ゆっくりと僕の髪を撫でる。

「俺自身が…ティトをアデルの役目に就かせる決心が付いていないと……素直に伯爵に伝えた。…だから返答に時間が欲しいと。」
「…伯爵はなんて?」
「意図を汲んでくださったよ、待っていると。」

 レヴィルはどこか安心した様な様子だった。

「そう…。」

 僕は曖昧に頷いた。
 正直に言ってしまえば、レヴィルが答えを先延ばしにしてくれた事はとてもありがたかった。
 レヴィルとリノのどちらにも良い顔をする不誠実さに葛藤を抱えている今の状況で、お金で買われる関係についても向き合わなくてはいけないのは…やはり苦しい。

「ディンクシャー伯の次男にも会ったが…とても好青年だった。…お前も気にいるかもしれない。」

 僕はレヴィルの言葉に曖昧に微笑む。

「頑張ってくれて、ありがとう。」

 僕がそう言うと、レヴィルは瞬きをした後、困ったように眉を寄せた。

「苦しいのはお前なのに…ごめんな。」
「ううん、嬉しいよ。レヴィルがそうやって思ってくれるから……僕はすごく救われてるんだ。」

 レヴィルは僕の言葉の意図が分からなかったのか、僕を見つめたまま、わずかに首を傾げた。

「レヴィルやリノが僕を色んな人の元に引き渡すのに抵抗がなかったら…きっと僕はもっと苦しかった。2人が僕の葛藤を…一緒に悩んでくれるから…僕はちゃんと向き合おうと思える。」

 レヴィルは眉を寄せて笑った。
 
「お前が…嫌だと泣けば……今すぐにでも誰の手の届かない所に閉じ込めてしまえるのに。」
「うん……。」

 僕はレヴィルをそっと抱き寄せた。彼は僕の肩口に顎を乗せて、ぎゅうっと僕を抱きしめ返してくれる。

「ごめんね。」

 おそらく僕の成人はもう遠い未来ではない。きっと僕たちはすぐにこの問題に向き合わなくてはいけなくなる。
 レヴィルは彼自身がどんなに傷ついたとしても、僕が嫌だと言わない限り、アデルの役目に就くことを阻むことはしないだろう。

 彼の気持ちを思うと申し訳なくて、苦しかった。けれどレヴィルがそうやって心を砕いてくれる事で、僕の心は間違いなく救われていた。

「………リノが…来るまで…」
「ん?」

 ぼそりとレヴィルが呟く。

「リノが来るまでは…お前を独り占めしたい。」

 顔を上げた彼の瞳はゆっくりと揺れていた。

「うん…。」

 僕はそっとレヴィルの頬を撫でた。

「今の僕は…レヴィルだけのものだよ。」

 レヴィルは僕の手をそっと手に取り、切なそうに微笑んだ。








 翌日、礼拝や稽古、執務などを午前の早い時間帯で済ませた後、僕たちは散策へ出かけることにした。
 湖水は渓谷に無数の湖や草原、高原が点在している美しい地域だ。まるで童話の世界にいるような景色ばかりで、ただ散策をするだけでも楽しい。

「やっぱり湖水はクローデル領より涼しいですね。」
「ああ、そうだな。緯度が高いし、山々に囲われているからな。」

 僕たちは会話をしながら、木立が心地よいフットパスを歩く。空は抜けるように青くて、吹く風は爽やかで気持ちが良い。絶好の散策日和だ。
 後ろを振り向くと少し離れた位置から、ジェイデンが護衛として静かについてきてくれているのが見えた。僕は目だけで礼をして、また前を向いた。

「今日は湖の方を見て周りませんか?」
「ああ、いいな。」

 レヴィルは微笑んで僕の手を握った。
 別荘から湖までは歩いて10分もかからない。大きな湖では夏にはレジャーを楽しむこともできるが、別荘近くの湖は比較的小さくて閑静な場所だ。

「僕、ボートに乗ってみたいんです。」
「ボート?」
「はい、ボートはデートに最適だって教えてもらいました。」

 レヴィルはキョトンと僕の顔を見た後、可笑しそうに笑った。

「ベンか。」
「ふふ、当たりです。」

 ベンというのは湖水の別荘を管理してくれている管理人だ。別荘はベンともう一人の管理人の2人で管理をしてくれている。
 管理人は2人ともエバだが、長年連れ添っているパートナーであり、恋仲同士だ。

 この世界では同じ加護を受ける者同士の恋愛はままあることだ。アデルと恋愛をすることは難しい昨今では、エバ同士のパートナーは庶民の間では割と一般的になっている。

 穏やかで長年仲の良い管理人たちのおすすめのデートスポットと言うだけで、何となく良さそうな気がしてしまう。レヴィルとしたデートと言えば遠乗りをしたくらいだ。僕は少しワクワクしていた。
 僕たちはゆるく手を繋ぎ、湖を目指した。




 花々が咲いた明るい小道を抜け、湖畔に出る。小さな湖にはやはり人がおらず、湖は凪いでいた。
 青々とした山脈と木々の緑を映す水面がとても美しい。湖面には2羽の水鳥がすい、と線を描いていた。

 僕たちは湖を眺めながら、畔に掛けられた桟橋に向かう。桟橋には2隻の手漕ぎボートが置かれていた。ベンたちが丁寧に管理してくれているのか木でできたボートは飴色をしていて、使い込まれているが汚れた様子はなくて、とても綺麗だった。
 僕は先にボートに乗り、レヴィルの手を引く。


 2人とも乗り込んでしまうと、ずっと邪魔にならない距離で見守ってくれていたジェイデンが駆け寄り、桟橋の木杭からロープを外すのを手伝ってくれた。彼はロープをボートに乗せると僕たちに微笑んだ。

「ここでお待ちしております。」
「うん、ありがとう。」
「こちらから見ておりますが、何かありましたらお呼びください。」
「ふふ、大丈夫だよ。」

 ジェイデンはわずかに頷くとボートをゆっくりと押した。桟橋からボートが離れていく。ジェイデンは軽く礼をして僕たちを見送ってくれた。


 ボートに乗ったことにより視点が下がり、湖は広く、畔の山々は遠く感じた。遠くの山になるほど白んで見え清々しい。
 ゆっくりとオールを漕ぎ出し、景色を眺めながら湖の遊覧を楽しむ。レヴィルは僕がオールを漕ぐのを微笑んで眺めていた。

「疲れたら代わろう。」
「うん、でも風もないし大丈夫。」
「そうか、頼もしいな。」

 レヴィルは笑って頷く。
 どこか目的地に向かって進むわけでもない、景色を眺めながらゆっくり漕ぐのは楽しかった。しばらく会話をしながら湖を楽しんだ。








 ぎい、というオールの音と水音だけか響く。会話が途切れても心地よくて、とても長閑な時間を過ごす。
 レヴィルはしばらく僕の方を見ていたり、景色をゆっくり眺めていたが、気付くと1点をそっと見つめていた。

 視線を追うと桟橋に立つジェイデンを見ているようだった。僕は特に言う事も思いつかなくてそっと視線を戻す。


「……ティト」
「はい。」

 僕は顔をあげる。レヴィルはまだジェイデンの方を見ていた。

「……ジェイデンとの話、急に怒ってすまなかった。」
「…え?」
「ジェイデンの…加護を見学する話だよ。」

 桟橋の方を向いていたレヴィルがゆっくりと僕の方を向いた。

「俺は…お前の意思を尊重するよ。…オーウェン公爵から手紙が来たんだろう?」

 とっさに言葉が出ず、ちゃぷんとオールが湖面に触れる音だけが響く。僕はオールを落としてしまわないように、慌てて船上に引き上げた。

「…知ってたんですね。」
「ああ。」

 レヴィルは静かに頷いた。
 僕はオーウェン公爵にジェイデンに加護の見学をお願いすべきかどうか、手紙で相談をしていた。湖水への出立直前にその返事が届いていたのだ。

「公爵は…丁寧に相談に答えてくださいました。でも最後は僕の気持ち次第だと…そうお返事をもらいました。」
「そうか…。」

 レヴィルはゆっくりと頷いて、僕を見つめる。

「ティトは…どう思ってるんだ?」

 彼の表情は真剣だった。
 僕と同じくらい真剣にこの事について考えようとしてくれるのが分かる。ちゃんと自分の気持ちを伝えなくてはいけない。僕は目線を外し、少し言葉を探した。

「僕は……レヴィルとリノが大好きで…2人に大切にしてもらって…とても幸せです。きっとアデルの中でも特別に恵まれているのだろうと思います。」

 少し言葉を詰まらせながら、なんとか気持ちをまとめるための言葉を紡ぐ。

「でも…時々すごく苦しくなる……2人の想いに一人のアデルとして答えられないことが申し訳なくて、…苦しい。
大切な2人と過ごすだけでもそう思ってしまうのに…役目に就いたらと思うと…怖いのが本心です。」

 そう言うと、レヴィルが静かに身動ぎをした。

「…でも…役目に就かなくて済んだらどれだけ良いだろうと…ふと考えてしまうと…もうそこに思いが持っていかれてしまいそうで…それが一番怖いんだ。」

 僕はオールを握り直し、足元に視線を落とす。レヴィルはたどたどしい僕の言葉をじっと聞いてくれていた。

「だから…加護の見学をさせてもらいたいと思ってる。エバはどんな大変な思いをして加護を受けているのか、生活をしているのか、そういう血の通った現実を知らなければ…きっと僕はいつか自分だけが悲劇の渦中にいるような気持ちを持ってしまうと思う。……ちゃんと…役目に向き合うために知りたい。」

 ゆっくりと視線を上げると、ダークブルーの瞳が真っ直ぐに僕を捉えていた。

「分かった。」

 レヴィルは真剣な眼差しで頷いた。

「俺からもジェイデンにお願いをしよう。」

 彼は僕の頬に触れ、真っ直ぐに僕を見た。

「でも…見学は、必ず俺が屋敷にいる間だ。議会が始まってからはだめだ。」
「うん…分かった。」

 僕が素直に頷くとレヴィルは優しく笑い、ボートが揺れないようにゆっくりと僕を抱きしめた。

「……ありがとう、レヴィル…。」

 レヴィルの抱きしめる力は少し強くて、苦しかったが、涙が出そうなくらい温かかった。
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