積もるまえの塵集

無花果

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鬼畜王子と人形姫のスイカの乱

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「おい、やめろ。そのスイカをそっと降ろせ」

言われて、頭上に振りかぶったスイカをグレースは降ろす事にした。ちゃんと「そっと」降ろした。

「どういうつもりだ婚約者殿?」

命令に粛々と従ったグレースを睨みつける男は、彼女の婚約者で国の第一王子クリストフである。

「ココナツでは死に至ると聞いたので、スイカあたりが妥当かと……」

及びかけていた凶行とは不釣り合いな嫋やかさで、そっと頬に手を添えておっとりと答えるグレースを、幸にして被害者未満の立場に留まったクリストフが、整った顔面を引き攣らせて見やった。

「殿下がオルブライト男爵令嬢を正妃にとお望みでしたらば、私が失脚するのが手っ取り早いのでしょうけれど、受ける影響はできれば我が身一つで食い止められないものかと、思いまして……」

仕立てられた自動人形のように、ただ家門の安泰を優先する仕様のグレースは、眉を下げて自信なさげに続けた。

「殺意と狂気を誇張しつつも、実行力と成功率には疑問を残し、且つ私の正気が疑われるような方法であれば、尚よろしい。と考えて、総合的に、コレかな。と……」

二人の間には立派なスイカが鎮座している。

「コレを、俺の頭に見舞うつもりだったのか?」

クリストフは直ぐそこにある現実から目を逸らすように瞼を伏せて、グリグリと指をこめかみに押し付けた。話す言葉は殆ど呻き声だった。

「滅相もございません。王子殿下の御身を害するなど、未遂でも十分断罪に当たりましょう?」

つまり彼女は守備よく第一王子の婚約者の地位を奪われるために妥当な犯罪を考え出して、熟れたスイカを細腕に抱え自ら実行に移ったのだろう。結果、クリストフの一声で計画通り未然に防がれたわけだ。

美貌で名を馳せるハルフォード公爵家の姫君である第一王子の婚約者は、奇天烈な行動とは裏腹に、華も恥じらう微笑みを惜しげなく振る舞っている。黒く渦巻くような思念を纏うクリストフと、顔を突き合わせるグレースの対比はまるで天国と地獄。

地獄の使いはグレースの主張に相違はなかろうと応じつつ、真実を詳らかにせんとして尋ねた。

「では俺が男爵令嬢を望んでいると思ったのは何故か?」

「ええと、オルブライト男爵令嬢が、ご親切に、教えて下さったので……」

「ふん」

不服そうなクリストフの様子にグレースは何を思ったか、自分を唆した敵を擁護しはじめた。

「とても可愛らしくて庇護欲をそそる御令嬢でした。私など王妃の器では御座いませんし、むしろ、男爵令嬢のあの見た目に反した押しの強さ、弁舌の鮮やかさ、素晴らしい素養に感嘆致しました。あの獲物を追い詰める眼の猛禽の如き輝きといい、逸材でありましょう」

そして、実に満足そうに笑ってみせた。

「お前、何を嬉しそうにしている」

「殿下の御世の安からん事を、嬉しく思います」

一点の曇りなきグレースの返答に、クリストフは鬼畜と恐れられる強面の口元を思わず緩ませ、手の平で覆った。グレースという人間の輪郭を鮮明にする「愚直と清廉」のアンバランスさを、彼は存外好ましく思っていた。そして同時にこれは、クリストフが待ちに待った、ほくそ笑みを禁じ得ない瞬間であった。

これまで家長からの絶対の命令に疑問を抱かず、我が身を投げ出す事をまるで厭わなかったグレース。愚かしく美しいグレース。

「おいグレース。お前は担がれたのだ。そのように図々しい男爵令嬢など俺は知らん。そもそも、俺の願いを叶えるために、どうしてお前がお前の家を危険に晒してまで、犠牲を払う必要がある」

「え、……と。それ、は……、?」

グレースは答えに詰まった。元々あまり考えないたちの人間である。私心を持たず従順であるよう教育されたからだ。

「分からないのか」

「ええ、はい……」

「それは、お前が俺を、何より愛しているからだろう」

クリストフの強烈な眼差しに、グレースはキョトンと視線を返す。

「そう、なの……でしょうか」

「そうだ」

「そう、なのですね」

美しいだけの人形として育てられた公爵令嬢は、よくよく見ればほんの少しだけ、恥ずかしそうに頬を赤らめて笑った。その眩しさに目と胸を灼かれたクリストフが苦し気に顔を顰めたのは束の間のこと。

「全く、お前が頭を使うと碌な事にならん。大人しく俺の膝の上にでも乗っていろ」

「よろしいのですか?」

「何の問題がある。お前が俺を愛していて、俺が許しを与えたのだぞ」

暫しクリストフを見つめていた硝子玉のグレースの瞳が、きらりきらりと輝いた。

「はい、そう致します」

快い了承にも、不十分だとするクリストフの無言の訴えを理解したグレースが、楚々と近寄り彼の膝に腰を下ろす。

「ずっとこうしていろ。それで全て上手くいく」

クリストフはやっと腹の虫が治ったような顔で頷いた。

「私が貴方を愛しているから?」

「そうだ」

「では仰せのままに」

大人しく膝に収まったグレースが、陶器で作られたような顔だと評されるどこか作り物めいた表情を、人間臭く和ませた。それを見たクリストフの眉間にまた皺が寄る。

「お前、こうも易々と丸め込まれて、俺以外の男に許してはいないだろうな」

「何をで御座いますか」

クリストフは妖しく瞳を眇めると、自分と同じ高さにあるグレースの唇を遠慮なく捕食した。左手で腰を抱き、空いた手で膝を撫でさすってスカートを捲る。ドレープの内側に手を滑らせながら、目は一時も離さずに吐息を零すグレースを観察する。

を」と耳元で囁かれ、指先で薄い茂みをくすぐられたグレースが、小さく息を呑んだ。

「致しません。必要がございませんもの」

「必要、だと?」

クリストフは語気を強めたが、グレースは意に介さずにのんびりと応える。

「ええ。貴方しか要りません」

「ふん」

まだ不機嫌を装っているクリストフは、秘裂をなぞる指をゆっくりと差し入れて中の具合を確かめると、徐に前を寛げて猛った己で性急にグレースを貫いた。さして解しても居ない秘所に押し入られ、身を強張らせたグレースは、しかし、これ迄に覚えのない感覚に嬌声を漏らす。

「あんん♡………え?」

「ん、今日は、随分素直だな」

驚いているグレースに構わず、クリストフは腰を使い始める。くちくちと、濡れた音が溢れた。

「あっ♡んん、ふ……♡」

「どうした」

クリストフはグレースの様子を伺いながらも尻をつかんで益々動きを強くする。その目元が赤く染まって居て、グレースは堪らない気持ちになる。

「あっわ、わからな……あっあん♡」

いつになく乱れる女の様子に余裕をなくした男も感極まり、立ち上って獲物を揺さ振りはじめる。不安定な体位を取らされ、委ねるしかない身が欲望のままに穿たれて、ぶつかるように重なった。

「あああああーあっ♡」

「く、ふぅっ……」

最奥まで捩じ込んで腰を震わせたクリストフは、グレースの唇に齧り付いて呼吸まで奪う。

長い口付けが止み、二人が抱き合ったままソファで息を整えている時、グレースがふと気が付いたように言った。

「好き、です」

反応は顕著だった。呼吸を止めたクリストフが鋭い目付きでグレースを捉えると、まだ繋がったままのモノが体積を取り戻す。

「もう一度言え」

グレースは、怒ったみたいなクリストフを宥めるように、

「好き」

と言った。

すると「小悪魔め」と毒づいたクリストフが、グレースの服を引き裂いて、牙を剥き出して襲いかかった。

グレースが小悪魔だとすれば、クリストフはさながら大魔王であった。








さて、グレースに王妃の資質を問う声は昔から内外に少なからずあった。

しかし、凡庸と評される子供であったクリストフが今の苛烈さを手に入れたのは、公爵家の傀儡であるグレースを側に置くためで、恋ゆえの変化を歓迎した国王夫婦は、いずれグレースを生家から切り離し、唯一夫に仕える着せ替え人形に仕立てるつもりで二人の婚約を結んだのだから、グレースの不足は織り込み済みである。

そのグレースが、この日初めて「家」よりも「クリストフ」を選んだのだ。クリストフの側に仕える人間は両手を挙げて喜び合った。

ドアの外で事態を察した侍従が発した急報は城内を駆け巡り、野獣と化した王子様に食い散らかされたグレースは、お祝いムードに浮き足立つ周囲を疑問に思いつつ、王子の私室の枕に埋まって、クリストフが手ずから切り分けたスイカを食べさせられ、なんとも言えない気持ちになったのだとか。

傍若無人の鬼畜王子に無感情の人形姫と揶揄されて居た二人はやがて、国一番のおしどり夫婦とそやされるようになった。

共に王国の発展に尽くし、終生を支えあったそうだ。







おしまい
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