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三日目 鎖
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行動の自由が奪われれば、人は強い不快感を覚えるものだ。
自由を取り戻そうと激しく反発したり、自由の喪失に深い不安を感じたりするだろう。
けれどその自由を保証するに必要な範囲というものは、人それぞれであるようだ。
部屋に二つある扉のひとつ。備え付けのトイレに繋がるソレまでの距離、ベッドから大股四歩。およそ三メートル。
今現在俺に許された行動範囲。
ラウルの生活拠点である学園の寮部屋の間取りは、据え置きの簡易ベッドと机以外には、ほとんど通路でしかないスペースがあるばかりだ。トイレは当然、部屋から離れた共用スペースに設置されている。
それなりのお屋敷である実家のトイレだって、各部屋に完備とはいかない。自室を出て屋敷内に幾つかある何れかのソレまでの移動が必要だ。最短ルートを取っても三メートルでは到底足らない。
道中、「ラウル様って、ホント可愛くな~い。どうにかエステル様付きに変えてもらえないかしら……」などと、好感を抱いていた侍女が愚痴るのを耳にするなどしては、トラウマからの対人恐怖症まっしぐらである。
俺の様な人間にとって、部屋直結のトイレというアドバンテージには非常に大きな価値がある。
とても安心。
あゝ快適でしかない三メートル。
壁の向こうからコツコツと靴音が近付いて来る。優雅でありつつ堅実なリズム。部屋の前で止まり、カチリと鍵が外れる音。続いてグルリとノブが回った。トイレとは別のもう一つの扉がガチャリと音を立てて開く。
ベッドの上でとぐろを巻く俺の巣に、扉の使用権を握る唯一の男が足を踏み入れた。
「ラウル良い子にしてた~?」
おい俺はペットか?
ニコニコのセドリックが、外出から戻った飼い主よろしく、留守番を全うした俺に駆け寄る。この小一時間の祈りも虚しく、彼はまだ正気に戻らないらしい。
あゝ皮肉にも、曇りきった眼の嵌るその顔貌は、相も変わらずキラキラしい。
やめろ。頭を撫でくりまわすな。
俺たちが滞在する宿泊所は、セドリックの家のものらしいが、余り貴族的でない。寧ろかなり質実剛健な造り。真冬の宿営にも不安なしの頑丈さが売りだ。なのにその、素朴な感じの一室に御成りあそばしても、セドリックの安定の王子エフェクトが消えてくれない。
神々しいね。君、伯爵家子息だよね……?王族じゃなかったよね……?
それに引き換えラウルさんは、実家で気を失ってから三日。この部屋に閉じこもって風呂にも入らず只々食っちゃ寝。(監禁)
ヤダ、汚い!
俺、曲がりなりにも貴族のご嫡男よね……?
なんか痒くなってきた。
この際、たらい風呂でも何でも良い。ちょっとベトついた髪やら、きっとほんのり香るだろう体臭をなんとかしたい。見るからに風呂上がりのさらさらデオドラントなセドリック様に見下ろされてる屈辱ごと雪ぎたい!
「風呂……」
「ん?」
「風呂に入りたい」
セドリックは相変わらずニコニコしながら「ああ、お風呂」と頷く。頷いただけで、次の行動に移る気配がない。
「自分は使ってるよな、風呂。あるだろ?」
「うーん。ごめんね、お風呂はないんだ」
いや、お前……。石鹸のめちゃくちゃいい匂いさせてるけど。こんなわかりやすい嘘ある?さわやかな笑顔が逆に怖い……。
風呂、あるよね?入ってきたんでしょ?え?本当に外出してたの?風呂に入りに?それとももしかして、お約束の【浄化魔法(石鹸の香り)】ですか?女神さま。
常識が通用しないオーバースペックな存在に、俺の平凡スペックな頭脳はオーバーヒートする。ぷすんぷすん。
「………じゃあ、タオルと、バケツにお湯とかでいい。あと着替えたい」
「うん、いいよ!ちょっとまってね。……タオルとバケツ……あと……よく切れるナイフ………」
な?………ナイフ?よく切れる?
目を丸くする俺の前で、ポコンポコンと陽気な音を立てて、次々と無から生み出される物質たち。
白いタオルと青いバケツと、よくキレそうなナイフ。
………ナイフ?
刃渡り十五センチ程の抜き身のナイフを顔にかざし、ギラリとする白刃を見せつけながら俺を見下ろすセドリックが、不敵に嗤う。
「ラウル、動いたらダメだよ?」
硬直する俺。
セドリックの手が白いシャツを肌け、露わな俺の腹へフック状の解体ナイフの切先がピタリと触れる。冷たい刃が触れた柔い皮膚が総毛立つ。
自分の腹から視線を移してセドリックの顔を見た。ゾッとするような美しい顔。瞳孔の開いた暗い瞳が鈍い光を放っている。
虹彩の一筋一筋、皮膚を覆う金の産毛の一本一本がやけに鮮やかに見て取れた。
ナイフの柄を握る拳が、グッと力んで、前腕が纏うしなやかな、筋肉が、隆起し。刃が、下腹部、に、突き、立てラ……っ!!
ひぃ!!狂ってる!!!!!!
ビ りリリリリリリリリリリリリリリリイィィィ………!!
甲高い悲鳴を「絹を裂くような」と形容することがある。実際、悲鳴のような高く鋭い音が出るそうだ。
俺は声も出せずに大人しく固まっていた。悲鳴を上げて引き裂かれたのは絹の方である。(いや本当は絹でもなく綿とかだろうけど)
束の間の静寂の後、情けなく乱れる俺の呼吸音。無惨に引き裂かれたスラックス。
「あれ、可哀想に。泣かせちゃった」
俺の目尻にちょちょぎれる涙を、セドリックの指が拭う。
「ごめんね。鎖を外さないとズボンは脱げないから。次から着替えはチュニックにしようね。ノーパンでだよ。ふふふ」
皮を剥いたバナナのように剥き出しになった俺の素足。その足首をセドリックが恭しく持ち上げる。そして鎖の繋がる足輪へと顔を寄せ、口付けた。
「この鎖はラウルが僕のものだっていう証だから、勝手に外しちゃダメだよ?余所行きに向いた物も用意するから、それまではこれ一つで我慢してね」
誓いの指輪を受け取った未来の花嫁を見るように、うっとりと俺と足輪を見つめるセドリック。
「うん。似合ってるよ」
いやいや……!
鋼の鎖と足輪が似合うって、どういう褒め言葉よ。体の自由を奪われてるのがお似合いってこと?恋人に囁くような顔で言っても騙されないよ?もしかして婚約指輪も拘束具の一種だとでも思ってんの?
売約済みを示す役割を拡大解釈すれば、婚約指輪にも拘束具の側面がないこともないだろうけど……。
……え?
本気で?
この足輪と鎖も?
………………アクセサリー感覚?
自由を取り戻そうと激しく反発したり、自由の喪失に深い不安を感じたりするだろう。
けれどその自由を保証するに必要な範囲というものは、人それぞれであるようだ。
部屋に二つある扉のひとつ。備え付けのトイレに繋がるソレまでの距離、ベッドから大股四歩。およそ三メートル。
今現在俺に許された行動範囲。
ラウルの生活拠点である学園の寮部屋の間取りは、据え置きの簡易ベッドと机以外には、ほとんど通路でしかないスペースがあるばかりだ。トイレは当然、部屋から離れた共用スペースに設置されている。
それなりのお屋敷である実家のトイレだって、各部屋に完備とはいかない。自室を出て屋敷内に幾つかある何れかのソレまでの移動が必要だ。最短ルートを取っても三メートルでは到底足らない。
道中、「ラウル様って、ホント可愛くな~い。どうにかエステル様付きに変えてもらえないかしら……」などと、好感を抱いていた侍女が愚痴るのを耳にするなどしては、トラウマからの対人恐怖症まっしぐらである。
俺の様な人間にとって、部屋直結のトイレというアドバンテージには非常に大きな価値がある。
とても安心。
あゝ快適でしかない三メートル。
壁の向こうからコツコツと靴音が近付いて来る。優雅でありつつ堅実なリズム。部屋の前で止まり、カチリと鍵が外れる音。続いてグルリとノブが回った。トイレとは別のもう一つの扉がガチャリと音を立てて開く。
ベッドの上でとぐろを巻く俺の巣に、扉の使用権を握る唯一の男が足を踏み入れた。
「ラウル良い子にしてた~?」
おい俺はペットか?
ニコニコのセドリックが、外出から戻った飼い主よろしく、留守番を全うした俺に駆け寄る。この小一時間の祈りも虚しく、彼はまだ正気に戻らないらしい。
あゝ皮肉にも、曇りきった眼の嵌るその顔貌は、相も変わらずキラキラしい。
やめろ。頭を撫でくりまわすな。
俺たちが滞在する宿泊所は、セドリックの家のものらしいが、余り貴族的でない。寧ろかなり質実剛健な造り。真冬の宿営にも不安なしの頑丈さが売りだ。なのにその、素朴な感じの一室に御成りあそばしても、セドリックの安定の王子エフェクトが消えてくれない。
神々しいね。君、伯爵家子息だよね……?王族じゃなかったよね……?
それに引き換えラウルさんは、実家で気を失ってから三日。この部屋に閉じこもって風呂にも入らず只々食っちゃ寝。(監禁)
ヤダ、汚い!
俺、曲がりなりにも貴族のご嫡男よね……?
なんか痒くなってきた。
この際、たらい風呂でも何でも良い。ちょっとベトついた髪やら、きっとほんのり香るだろう体臭をなんとかしたい。見るからに風呂上がりのさらさらデオドラントなセドリック様に見下ろされてる屈辱ごと雪ぎたい!
「風呂……」
「ん?」
「風呂に入りたい」
セドリックは相変わらずニコニコしながら「ああ、お風呂」と頷く。頷いただけで、次の行動に移る気配がない。
「自分は使ってるよな、風呂。あるだろ?」
「うーん。ごめんね、お風呂はないんだ」
いや、お前……。石鹸のめちゃくちゃいい匂いさせてるけど。こんなわかりやすい嘘ある?さわやかな笑顔が逆に怖い……。
風呂、あるよね?入ってきたんでしょ?え?本当に外出してたの?風呂に入りに?それとももしかして、お約束の【浄化魔法(石鹸の香り)】ですか?女神さま。
常識が通用しないオーバースペックな存在に、俺の平凡スペックな頭脳はオーバーヒートする。ぷすんぷすん。
「………じゃあ、タオルと、バケツにお湯とかでいい。あと着替えたい」
「うん、いいよ!ちょっとまってね。……タオルとバケツ……あと……よく切れるナイフ………」
な?………ナイフ?よく切れる?
目を丸くする俺の前で、ポコンポコンと陽気な音を立てて、次々と無から生み出される物質たち。
白いタオルと青いバケツと、よくキレそうなナイフ。
………ナイフ?
刃渡り十五センチ程の抜き身のナイフを顔にかざし、ギラリとする白刃を見せつけながら俺を見下ろすセドリックが、不敵に嗤う。
「ラウル、動いたらダメだよ?」
硬直する俺。
セドリックの手が白いシャツを肌け、露わな俺の腹へフック状の解体ナイフの切先がピタリと触れる。冷たい刃が触れた柔い皮膚が総毛立つ。
自分の腹から視線を移してセドリックの顔を見た。ゾッとするような美しい顔。瞳孔の開いた暗い瞳が鈍い光を放っている。
虹彩の一筋一筋、皮膚を覆う金の産毛の一本一本がやけに鮮やかに見て取れた。
ナイフの柄を握る拳が、グッと力んで、前腕が纏うしなやかな、筋肉が、隆起し。刃が、下腹部、に、突き、立てラ……っ!!
ひぃ!!狂ってる!!!!!!
ビ りリリリリリリリリリリリリリリリイィィィ………!!
甲高い悲鳴を「絹を裂くような」と形容することがある。実際、悲鳴のような高く鋭い音が出るそうだ。
俺は声も出せずに大人しく固まっていた。悲鳴を上げて引き裂かれたのは絹の方である。(いや本当は絹でもなく綿とかだろうけど)
束の間の静寂の後、情けなく乱れる俺の呼吸音。無惨に引き裂かれたスラックス。
「あれ、可哀想に。泣かせちゃった」
俺の目尻にちょちょぎれる涙を、セドリックの指が拭う。
「ごめんね。鎖を外さないとズボンは脱げないから。次から着替えはチュニックにしようね。ノーパンでだよ。ふふふ」
皮を剥いたバナナのように剥き出しになった俺の素足。その足首をセドリックが恭しく持ち上げる。そして鎖の繋がる足輪へと顔を寄せ、口付けた。
「この鎖はラウルが僕のものだっていう証だから、勝手に外しちゃダメだよ?余所行きに向いた物も用意するから、それまではこれ一つで我慢してね」
誓いの指輪を受け取った未来の花嫁を見るように、うっとりと俺と足輪を見つめるセドリック。
「うん。似合ってるよ」
いやいや……!
鋼の鎖と足輪が似合うって、どういう褒め言葉よ。体の自由を奪われてるのがお似合いってこと?恋人に囁くような顔で言っても騙されないよ?もしかして婚約指輪も拘束具の一種だとでも思ってんの?
売約済みを示す役割を拡大解釈すれば、婚約指輪にも拘束具の側面がないこともないだろうけど……。
……え?
本気で?
この足輪と鎖も?
………………アクセサリー感覚?
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