転生者は夢の続きを見たくない(連載版)

無花果

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二十四日目 ラウルの望み

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「……っう、ケホ、ケホッ」 

 干からびた喉が痛んで、毛布からモゾモゾと這い出す。サイドテーブルの水差しに手を伸ばした。グラスに注いだ水をひと息に仰ぐ。
 「ぷはー」と息を吹き返し、叩きつけるように置いたグラス。落とした影は薄く短い。雪雲が覆う太陽はもう真上。

「はーーーーーーーー……。ぁん?」

 あぐらをかいた足に違和感を覚える。あるべきものがない侘しさ。幻肢痛のような、謂れなき呵責に戸惑う。
 おかしいな。足枷が……。

「ない……」

 見渡す室内は静まり返り、ぽつねんとラウルひとり。

「……あれ?」

 のろのろと動き出した途端に「うっ」と呻く。昨夜も励んだ反復運動のせいで、全身のあちこちが軋んだ。それでも身体に鞭打ってベッドを抜け出す。
 ラウルは、鬱血痕の散る肌にシャツを引っ掛けただけの格好で、もたもたボタンを留めながら歩き回る。
 トイレのドアを開け、ベッドの下を覗く。鎖を引きずってない足は軽かった。けれど足取りはそうにも行かない。
 セドリックにしか開けられないもう一つのドアの前に立つ。何のことはない、廊下に続く扉だ。常に鍵がかかっていたが。
 ラウルは恐る恐るノブへ手を伸ばす。自分が何を恐れているのかも分からないまま、「ガチャリ」と開いてしまうドア。「ギギ」と軋んで不平を垂れながらも、あっさりと外界への道を現した。
 部屋の中がそうだったように、何の変哲もない、鄙びたロッジの廊下がある。そこへ向かって大きく一歩、裸足が敷居を跨ぐ。
 冷気が吹き抜ける床を踏んで、明るい方へ進む。ひんやりとした木肌が足裏を撫でる。自分の足音しかしない空間を、とぼとぼ行く。
 誰もいないリビング。光刺すエントランス。玄関扉の小窓がぼんやりと白く輝く。
 吸い寄せられるように近づいて内鍵のつまみを捻る。ドアノブに手を掛ける。押し開ければ、当然のように易々と解放されるルート。
 頬を撫でる冷気。
 爆速で展開する灰色の空、白銀の大地。
 光。
 ぼたぼたと降る綿雪。
 まだ誰にも踏まれてない白い雪。
 白くなる吐息。
 堪らず「バタン」と扉を閉める。身体の芯から震えがきて、カチカチと歯が鳴った。
 ラウルは力無く後退り、ヨタヨタとリビングへ向かった。しゃがみ込んで膝に顔を埋める。
 瞼を閉じれば鮮やかに蘇る青の虹彩。ラウルの姿を閉じ込めた瞳。囁いた言葉———。

「さむ」

 ラウルは丸くなって自分自身をぎゅっと抱きしめる。

「愛してる、とか言って……」

 重ねた両腕から目元を覗かせ、改めて自分が押し込められた監獄を眺める。
 安全で、清潔で、一面的な愛があり、ある程度の我儘が許された檻。愛されペットみたいな生活。
 そっか、ペットか。
 ラウルはのろのろ立ち上がって廊下を引き返した。元いた部屋に戻ってベッドに突っ伏す。鎖で繋がれ、衣食住を管理された、窮屈な部屋。
 扉の外の銀世界には、果てしない自由があり、美しい可能性があり、絶望的な孤独があった。

「俺、……捨てられたのか?」

 疑惑は言葉にした瞬間に、確信めいて重くのしかかった。
 寂しい。繋ぎ止める鎖がなければ、世界がこんなにも希薄になるなんて。

「………これでお別れか?」

 これから先、孤高の英雄に祭り上げられるセドリックを、陰日向に支えていこうと決心したのに。下僕でも愛人でも、必要なら勤め上げる所存であったのに。可愛がってくれるなら、ペットでも構わなかったのに。
 どこにいっちゃったんだよ。俺はもう必要ないのかよ。
 なんだよ、こんなの。……こんなの。

「ヤリ捨てじゃん……!」

 こちらの希望も聞かずに、一方的に結論を出すなんて酷い話だ。ラウルには、セドリックに慈悲と気遣いと共感力を植え付ける、という使命があるのに!
 そうだ、女神からの指令はどうなる!!ラウルの他にどこの誰が、慈悲と、気遣いと、共感力をセドリックに植え付けるというのだ!慈悲に、気遣いに、共感力をだぞ!?
 ………だがしかし。もしセドリックに慈悲と、気遣いと、共感力が欠落してるのだったなら。ラウルはあんなに気持ち良くさせられちゃっただろうか……?
 慈悲と、気遣いと、共感力がなかったら。あんな蕩けるような目でラウルを見つめたり。イキ過ぎてムズがるラウルの体を気遣ったり。根気良くお互いの絶頂のタイミングを合わせてみたり……する?ヤリ捨てるつもりの相手に……?
 有るよね。慈悲と、気遣いと、共感力……。
 え?いつから?ここに来てから?フェイクじゃないよね?ヤッてる最中なんて一番本性が表れる瞬間だしね?
 つまり俺は、自分でも知らぬ間に与えられた役割を果たしたという事か?セドリックにはもう補うべき欠点は無くなった、と。
 何てこった。あの男に慈悲と気遣いと共感力が備わってしまったとは。ハイスペスパダリの爆誕だ。無敵だな。ならば、俺はもう用無しと言えるな。
 もう、下僕も、愛人も、人間のペットも無用の長物。セドリックは正規ルートに戻って、課せられた使命を果たして行くのだろう。もしかしたら明日にでも神になってしまうのかもしれない。
 なんだ……そうか……。セドリックの運命は走り出したんだな……。
 俺たち、冬休みが終わったらまた学園で会えるかな……?

「ずびっ……」

 ラウルの目から、唯々静かに涙が流れた。
 怒りでも、悲しみでも、悔しさでもない。圧倒的な喪失感を前に、涙腺が決壊する。
 止め方が分からない。
 あぁ。もっと一緒にいたかったな。もっと抱きしめて欲しかった。もっと抱きしめてあげたかったよ。
 しゃくり上げて天を仰いだラウルは、涙に滲む視界に異物を見つける。折り畳まれた紙片だ。サイドテーブルから床に落としてしまったのだろう。
 きっとセドリックの置き手紙だ。
 ラウルは涙を拭い、手紙を拾い上げる。ポロポロと涙を流しながら、震える手でそっと紙片を広げた。





 ———————————————







 ラウルへ



  おはよう。


  よく寝ていたから、起こさずに行くね。


  僕が居なくても驚かないで。


  行き先は近くの街だからすぐに帰るよ。


  お土産を買って帰るから、お利口さんで待っててね♡





                    セドリック





 ———————————————


 





 ………あぁ。え?あ、えぇ……。



 う、ん……そ、………………そっ、かぁ………。






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