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第3章 二度目の初夜
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しおりを挟むヴィンセントの部屋はクロードの部屋の隣にあり、その二つの部屋は一枚のドアで繋がっている。それを使えば、いちいち表に出ずとも部屋から部屋にそのまま移動できるのだが、そのドアをくぐるのは閨事のときだけだという暗黙の了解がふたりの間にはあった。
閉じられたそのドアを、ヴィンセントは無言でじっと見つめる。
クロードと過ごす閨での時間が好きだった。
しかし、いまはあのときのような、クロードの来訪を心待ちにするような気持ちにはなれない。
嫌ではないが、では以前のように楽しみなのだろうか、と考えても答えは出なかった。
それでも、ヴィンセントにだって性欲はある。
加えて、クロードが落馬事故にあってからは当然そういったことには縁がなかった。
禁欲状態が長く続いているのだから、記憶を失ったいまのクロード相手では勃たない……なんてことはきっとないだろう。それに、ヴィンセントが勃たなくても最悪どうでもいいのだ。ヴィンセントは抱かれる側なのだから。
──そんなことを考えていたところで、コンコンと控えめなノックの音が聞こえた。
ヴィンセントは静かに立ち上がり、クロードの部屋に繋がるドアの前へと向かった。以前のクロードはノックした直後にそのまま自分で入って来たが、いまのクロードはきっとそんなことはしないだろう。
ゆっくりと内開きのドアを開くと、そこにはやはりクロードが立っていた。
ヴィンセントと同じく白い寝衣をまとったクロードは、硬い表情で俯いている。
「クロード」
ヴィンセントが静かな声で呼ぶと、その肩がぴくりと動いた。
おそるおそると顔を上げたクロードが、不安げな目でヴィンセントを見つめる。
そんなクロードを見て、ヴィンセントは少し呆れたような笑みを浮かべた。
「嫌なら嫌だと言ってもいいんですよ」
「……嫌ではありません」
「では、こちらに来てください」
そう言ってヴィンセントはクロードに背中を向けると、すたすたと来た道を戻り、ソファに腰掛けた。ベッドに向かわなかったのは、クロードと話がしたかったからだ。
ヴィンセントはクロードと閨事ができなくても、それはそれでよかった。
先ほども言った通り、以前ほど待ち遠しい気持ちにはなれないし、なによりクロードが乗り気でないならする意味もない。
しばらくの間、クロードはそこに立ち尽くしたままだったが、それから数十秒ほどたったあと、ようやく諦めたようにヴィンセントの部屋の中へと入ってきた。
ヴィンセントの部屋にやって来たのは初めてではないのに、落ち着かない様子できょろきょろと視線を動かしている。
「こちらへ」
ヴィンセントが声をかけると、クロードは狼狽えたような顔をしながらも少しずつこちらに近づいて来て、ヴィンセントが座るソファの隣に腰掛けた。人ひとり分の距離を開けて、ふたりは隣り合う。
そしてまた沈黙。
ヴィンセントはさらに少し待ったが、それでもクロードがなにも言わないので、仕方なく自分から口を開いた。
「……今日はやめておきましょうか」
クロードはパッとヴィンセントの顔を見て、驚いたような、傷ついたような、そんな顔をする。
なんだか天邪鬼な反応だ。ヴィンセントは困惑しながらも、話を続ける。
「別に、今日絶対にしなければいけないわけでも、いつか絶対にしなければならないわけでもありません。あなたには従兄弟がいて、彼にはもう子どもが七人もいるので、もし俺たちの間に子どもができなかったら養子をもらえばいいとクロード様も──」
「僕は……」
クロードが囁くようなか細い声をあげたのを聞いて、ヴィンセントは即座に口を噤む。
ごくり、と唾を飲む音がクロードの喉から聞こえた。
「……僕は、本当にヴィンセントさんと閨事をするのが嫌というわけではないのです」
俯いていたクロードが顔を上げ、その美しい青い瞳が不安げにヴィンセントを映す。
「僕は、ヴィンセントさんに嫌われてしまうことが怖いのです」
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