練習なんかじゃ終われない!

リツカ

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 しばしリョクが物思いに耽っていると、再びミナトが声をかけてくる。

「おい、バカ」
「……あ? 誰がバカだ」
「お前しかいないだろ。なんだ? とうとう営業断られたのか?」

 リョクは舌打ちして、嫌味な笑みを浮かべるミナトを軽く睨む。

「別に断られたとかじゃねぇし。たぶん、予約の仕方わかんなかったんだろ、絶対」
「たぶんなのか絶対なのかどっちだよ」

 呆れた顔をしつつミナトは立ち上がり、「じゃ、俺行くから」と、ドアのほうへと歩いていった。
 かと思いきや、ふとなにかを思い出したかのように足を止め、リョクを振り返る。

「あ。あと俺、今年いっぱいでこの仕事辞めることにしたから」
「……は? なんで?」
「弟の就職も決まったし、そろそろ潮時かなって。県外にでも行って、なんか適当に昼の仕事でも探すわ」

 内心の驚きを隠して、リョクは「ふーん……」と興味なさげな声を上げた。

 リョク自身も含め、『手っ取り早く金を稼げるから』という安易な理由で夜職を選ぶ人間は少なくない。だが、中にはどうしても金が必要だからと、藁にもすがる思いで夜職に就く人間も一定数いる。
 目の前のミナトがそうだ。
 高校生のときにシングルマザーだった母親が他界してから、自分は高校を中退して昼も夜も働き、当時中学生だった弟との生活費を稼いできたらしい。
 風俗業では使い古された嘘なのでおそらくほとんどの人間は信じていないが、店長が「ミナトは立派だよ」と言っていたので、彼の場合はきっと事実なのだろう。

 ドアノブに手をかけたミナトは、どこか冷ややかにリョクを見ていた。
 なんだか居心地が悪い……リョクはじとりとした目でミナトを睨む。

「……なんだよ」
「お前もちょっとは将来のこと考えたら?」
「はっ?」

 突拍子もないその発言に、リョクは眉を寄せた。

「きめぇ説教ジジイみたいなこと言うなよ」
「でも、お前も実際ちょっとは不安なんじゃないの。三十四十になっても今と同じ額稼げるとか、本気で思ってる?」
「……うっざ」

 舌打ちしたリョクは足を組んで、いっそう深くソファに背中を預ける。
 無表情を保ちながらも、内心はふつふつと込み上げる怒りでぶち切れそうだった。

 ──やっぱこいつ嫌いだわ。

 もともとミナトとは気が合わなかった。リョクが親からもらった学費を遊びで散財した挙句に大学を中退、さらに消費者金融に借りた金を返すためにこの業界に入ったのだと知られてからは、いっそう軽蔑されている気がする……だからといって、リョク自身は別に気にしていないが。

 借金はもうすべて返済したものの、リョクはこの仕事を気に入って今もここにいる。たった数時間で何万も稼げるのだ。今さら時給千円、二千円の世界に戻れるわけがない。
 第一、この仕事のなにが悪いのだろう。
 親には失望されたが使い込んだ学費はもう返したし、別に世間に迷惑をかけているわけでもない。客は喜んでいるし、稼いだ金で好きなことができてリョクも最高に幸せだ。毎年税金だってきちんと納めている。

 他人に──それも同じ仕事で金を稼いでいる人間にがたがた言われる筋合いはない。

 リョクがミナトの視線を無視し続けていると、ミナトは呆れたようにため息をつきながらようやく部屋を出ていく。

「ま、早いとこ身の振り方考えといた方がいいんじゃない? 将来ハゲたりチンコ勃たなくなったときのためにさ」
「……はあぁっ!?」

 思わず立ち上がったリョクが言い返すよりも早く、バタンとドアが閉じられた。
 怒りでリョクの唇がわなわなと震える。

 ──どういう意味だよ!?

 心の中で叫びつつ、もう一度どかりとソファに腰を下ろした。
 イライラしたリョクは、菓子置きにあったチョコレートを鷲掴み、二個まとめて口に放り込んだ。口の中で少しずつ溶けだす甘ったるいそれを舌の上で転がしながら、意味もなく天井を睨む。

 図星だから、こんなにも腹が立つのだろうか──……いや、そんなはずはない。きっと、ミナトがむちゃくちゃ偉そうだったからだ。

「見下しやがって……大体、この俺のちんこが勃たなくなるわけねぇだろうがっ……」

 悪態を吐きつつ、再びスマートフォンで自身のシフトを確認する。
 そこで、当然のように『恋人コース』で予約を入れているみっちゃんの『ミツ』という名前が再度目に入って、いっそうリョクの苛立ちが募る。

「俺に乳首いじられて、あんなエロい顔してたくせに……」

 あのときのみっちゃんは文句なしにエロかった。たぶん、しっかり乳首で快感を拾えるタイプなのだろう。恥ずかしそうに抵抗する様も、リョクの興奮を煽って悪くはなかった。

「……次はどうしてやろうかな」

 思えば、最近はなにもかも簡単すぎた。少し優しくするだけでどいつもこいつもコロッとリョクに惚れて、馬鹿みたいに金を貢いでくれる。
 ありがたいことだ。しかし、張り合いがなかったのもまた事実。
 たまには新人のときのように、本気で落とすつもりで接客してみるのもありなのかもしれない。
 リョクのことを『練習』だと言ったあの男にとびきり優しくして、本当の恋人のように甘い言葉を囁いて──

 ──そしたら、みっちゃんももう俺のこと練習扱いなんてできなくなるよな?

 スマートフォンを見下ろしたまま、リョクは唇の端を歪めて笑う。
 さっきまでの苛立ちなんてもうすっかりどうでもよくなって、ただみっちゃんに会える三日後が楽しみで仕方なかった。


 ◇◇◇


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