練習なんかじゃ終われない!

リツカ

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「みっちゃん、久しぶり!」

 約一週間ぶりのリョクの笑顔は、相変わらずキラキラと輝いていた。
 出迎えた光秋が玄関でその笑顔に見惚れている内にリョクは靴を脱ぎ、まるで勝手知ったる我が家とでも言うように光秋の手を引いてリビングへと歩いていく。
 そして、リビングに着くなりリョクは笑顔で光秋を振り返り、こう言った。

「──みっちゃん、『もっと恋人コース』で予約してくれなかったんだね?」

 光秋はギクっとした。
 頬を引きつらせ「それはその、えっと……」と、要領のない言葉を呟く。

 光秋は前回リョクに会ったとき、『もっと恋人コース』の無料体験サービスなるものを受けた。
 あの日のリョクの唇の柔らかさや、絡められた舌の熱を思い出すと、なんだかシャツの下の肌がむずむずとしてくる。

 ……けれど、今日の光秋は『もっと恋人コース』ではなく、いつも通りノーマルの『恋人コース』でリョクを指名した。多少迷ったが、光秋に自らあのコースを選ぶ勇気はなかったのだ。

「あ、あの……」
「みっちゃん、なんでそんなにおどおどしてるの? 俺、別に怒ってなんかないよ。だって俺たち、恋人でしょ?」

 そう言ったリョクに光秋はそっと抱き寄せられた。服越しに肌が触れ合って、その体温だけで光秋の頬は真っ赤になる。
 長いまつ毛に縁取られたリョクの瞳がゆっくりと伏せられるとともに、近づいてきた唇が光秋の唇に押しつけられた。その重なった唇の柔らかさに、光秋の心臓はとくとくと早鐘を打つ。

「っ……た、タイマーはっ?」
「ちゃんとこれからスタートするよ」

 光秋の焦ったような問いかけに、リョクはくすくすと笑う。

「せっかちだね。待ちきれないんだ」
「そういうわけじゃなくて……」

 光秋はただ、時間外営業になってしまうのではないかと心配しただけだ。
 しかし、リョクはそうは思わなかったらしい。もしくは、わざとわかっていないふりをしているだけなのだろうか。

 リョクは手元のスマートフォンを操作してから、すぐにまた光秋にキスをした。リップ音を鳴らしながら優しくついばまれたあと、リョクの舌が光秋の唇を割って口内へと侵入しようとしてくる。

「っん……」
「みっちゃん、口開けて」
「俺、今日は……」

 ふたりでまた映画でも見ようと思ってたのに……という言葉は、再びリョクの唇で塞がれる。
 光秋が仕方なくおずおずと唇を開くと、リョクの舌が無遠慮に光秋の口内へと侵入してきた。柔らかく長い舌が口内を舐めまわすたび、いやらしい水音が頭に響く。器用に動くそれは光秋の舌を絡め取り、弄ぶように愛撫を繰り返した。

「……んっ、む……はっ、ぁ……」
「顔真っ赤。ほんとかわいいね」

 甘い声で囁かれる。
 たったそれだけのことで、腰から下の力が抜けそうだった。

「ベッドとソファ、どっちがいい?」
「ど、どっちって……」
「俺はベッドがいいなぁ。みっちゃんも床は嫌でしょ?」
「俺、ただの『恋人コース』で予約したのに……」
「この前は途中で終わっちゃったでしょ? だから今日は、この前の続き最後までしようね」
「そ、そんなの悪いよっ……」
「いいの。みっちゃんは特別」

 ただのリップサービスだとわかっていても、光秋の胸は熱くなった。
『特別』なんて、誰からも告げられたことはない。というより、事実家族以外に光秋を特別に思ってくれている存在なんていないのだろう。
 光秋は目を泳がせながら、おろおろと口を開いた。

「お、俺、今日はリョク君と映画見たいと思って、それで……」
「──みっちゃんさぁ、俺が来る前にお風呂入ったでしょ?」

 シャンプーの匂いですぐわかるよ──耳元で告げられた言葉に、光秋の体がびくりと震える。
 リョクはくすりと小さく笑って、光秋の顔を覗き込んだ。

「『もっと恋人コース』予約する勇気はなかったけど、俺とえっちなことするかもって期待はしてたんだ?」
「ち、ちが、違うんだ、そ、それは……!」
「嘘なんて吐かないでよ。俺たち恋人なんだから。……ああ、でも、そうやって臆病で照れ屋なとこも好きだよ」

 光秋は耳まで真っ赤にして、口をもごもごとさせる。
 リョクの言う通りなのかもしれない。
 ふたりで映画が見たいと思っていたなんて言いながら、本当は光秋も先日の続きを期待していた。だからこそ『もっと恋人コース』の予約もしていないくせに、事前に風呂に入って念入りに体を洗ったのだ。
 目を逸らしていた自身の浅ましさを見透かされて、光秋は言葉を失った。恥ずかしくて、大きな体をぎゅっと縮こませる。

「ご、ごめんなさい……」
「なんで謝るの? なにも悪いことなんてしてないのに」
「……俺も本当は『もっと恋人コース』で予約しなきゃって思ったんだけど、勇気がでなくて……」
「そっかそっか。最初は勇気いるよね。予約の段階で『俺とセックスしたいです』って言ってるみたいなもんだもんね」
「っ!」

 さらりと言いながらリョクの手が光秋の尻を掴み、そのままムニムニと揉みしだく。
 ぎょっとした光秋はリョクの腕の中で体を固くした。

「えっ、あ、りょ、リョク君……!?」
「みっちゃんのお尻むちむちしてていいね。弾力もあって、触り心地最高」
「そ、そんなっ……あ、んっ……!」

 変な声が出て、思わず光秋は手で口を覆う。
 それを目にしたリョクは一際意地悪く微笑んだ。弧を描いた瞳には、怯えたような顔をする光秋が映っている。

「じゃ、ベッド行こうか」

 甘く柔らかいのに、どこか有無を言わさぬ圧がある不思議な声色だった。
 尻を揉んでいたリョクの手が光秋の手を取り、弄ぶように指を絡めてくる。いや、早くしろと促しているだけなのだろうか。

 光秋はごくりと喉を鳴らす。
 逃げたいような気もしたし、今すぐリョクに抱きついてみたいような気もした。羞恥と恐怖と期待が頭の中でごちゃまぜになって、いっそう光秋を混乱の渦へと突き落とす。
 光秋は心を落ち着けるため、一度大きく深呼吸をした。

 ──……怖い、けど……でも、ここで逃げたらなんの意味もないよな……せっかく秋也が背中押してくれて、リョク君だってこんな親身になってくれてるんだから……

 長い長い沈黙のあと、勇気を振り絞った光秋はこくりと深く頷いた。
 その瞬間、リョクの口元に浮かんだのは、獲物が罠にかかったのを見届けた捕食者のように獰猛で、狡猾な、欲深い雄の笑みで──
 光秋は背筋にぞくりとしたものを感じながら、リョクに手を引かれてふたりで寝室へと向かった。
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