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しおりを挟むリョクはそのまま店の控え室に向かい、空いているソファにどかりと腰を下ろす。
──……たっく、なんなんだよ。
気にかけられると、調子が狂う。
だってリョクは性格が悪くて、素の自分で接してきた相手には『クズ』だの『最低』だのと蔑まれてきた男だからだ。
家族とは疎遠。恋人なんていない。友達だってたまに遊ぶ連中をそう呼んでいるだけで、世間一般でいうところの友情なんて欠片もない薄っぺらい存在にすぎなかった。
リョク自身、それでいいと思っている。自己中に、自分勝手に生きるためには周りの過干渉なんて邪魔でしかないからだ。
──どいつもこいつも説教くさいんだよ。俺はなにも変わってないし、みっちゃんのことだってただの客としか思ってない。そりゃあ好みのタイプだけど、この仕事やってて惚れた腫れたなんてありえないでしょ。
リョクがもやもやしていると、少し遅れてコウが控え室へとやってきた。
リョクは下からギロリとコウを睨み付ける。
「……てめぇ、なにみっちゃんのことバラしてんだよ」
「だって、俺が店通さずに太客と会ってたこと店長にバレてたんだもん。なら、もうお前のこと黙ってる理由ないじゃん。むしろ俺だけ怒られるの理不尽だし。一緒に仲良く罰金払おうな~」
「死ね」
呪詛を込めて吐き捨てた。
しかし、コウはへらへらと笑いながらリョクの肩を叩いてくる。
「まあそうカリカリすんなって! 店長はお前に自分と重なってる部分があるから心配なんでしょ。店長の彼氏って店長がウリやってた頃の客で、そのひとに本気で惚れちゃったからウリやめたって店長言ってただろ?」
「はあ~? それのどこが俺と重なってるんだよ?」
「客に本気で惚れちゃってるとこ」
「だーかーら、違うって言ってんだろ。この話何回すんだよ……」
コウと話していると、腹が立つを通り越して疲れてくる。
リョクは大きくため息をついて、胡乱な目でコウを見つめた。
「……つか、お前まさか店長のあの話信じてんの?」
「あの話って、店長と彼氏の話? 信じるもなにも事実だろ。今も店長と彼氏ラブラブだし」
ギャンブル中毒のくせにやたらと純粋な目をして言うコウを鼻で笑って、リョクはベラベラと喋りだす。
「はっ、お前ってほんっっとバカだなぁ。あんなん周りに聞かせるために都合よく美談にしてるだけに決まってんじゃん。どうせ、若い頃ほど稼げなくなったからそのとき一番貢いでくれてた太客に水揚げしてもらっただけだろ。この店の開業資金もヨウジさんに立て替えてもらったって言ってたし。元大手のナンバーワンホスト、現ホストクラブのオーナーとか今も昔も最高の金蔓だよな」
店長と付き合っているヨウジという男は近くのホストクラブのオーナーで、ここの開業資金を立て替えたからか、時々我が物顔で店にやってくる。なので、この店のキャストは大体ヨウジと顔見知りだ。
ヨウジは十年近く前にウリ専で働いていた頃の店長の太客で、ホストで稼いだ金をかなりの額貢いでいたと本人から聞いた。紆余曲折あって最終的にふたりは付き合うことになり、店長はウリ専から足を洗ったのだ、と。
その話を聞いて、ロマンチックだの素敵だのと羨ましがるキャストもいた。
しかし、リョクは違う。
リョクの目に映る店長とヨウジの関係は、昔と変わらず金で繋がったものでしかなかった。だってそうだろう。今の店があるのはヨウジのおかげで、今後ももしものときはヨウジが財布になってくれる。
ただ少し身綺麗になっただけで、店長がヨウジの金に支えられて生きていることに変わりはない。
エースと呼ばれる一番の太客に『恋人』という名の首輪を与えて、喜ばせて、上手く飼い慣らす──店長はただそれをやってのけているだけだ。
リョクの話を聞いたコウは、呆れを通り越して少し引いたような顔でリョクを見ていた。
「……お前って、ほんっっと捻くれてるよなぁ。今まで誰かを好きになったこととかないの?」
「ない」
「あっ……」
いかにも『察し』という顔をされ、リョクは眉を寄せコウを睨む。
「なんだよ」
「いや、そっかぁ……二十歳超えてからの初恋とかそりゃあよくわかんないよな、うん」
「はっ?」
「困ったこととかあったら、ちゃんと店長に相談しろよ。あっ、俺はそういうの面倒くさいから勘弁な!」
──まじでうぜぇ……
一瞬本気で殴ってやろうかと思ったが、まだ奥の部屋に店長がいることを思い出してやめた。これ以上罰金が嵩むのは、リョクにとって当然喜ばしいことではない。
リョクはフンと鼻を鳴らして、コウの存在を無視することにした。
テーブルの上に置かれていた飴を無造作に口内へと放り投げ、舌の上で転がす。安っぽいコーヒー味のそれは、みっちゃんが家で淹れてくれるコーヒーとは比べ物にならないくらいまずかった。
──会いてぇなぁ…………いや、これは別にみっちゃんのことが好きだからとかそんなんじゃないからな? 金がもらえて、おまけに体の相性がいいから気に入ってるだけだし。
ふいに浮かんできた言葉を打ち消そうとするように、心の中で言い訳を連ねる。
まるで自分に言い聞かせるかのようなその必死さに、リョクは自分で自分に呆れてしまいそうだった。
しかし、リョクがみっちゃんを気に入っていようが、のめり込んでいようが、結局ふたりの関係が金で繋がった不純なものだということに変わりはない。
リョクにとっては『仕事』で、みっちゃんにとっては『練習』──ただ、それだけの関係だ。
──……あー、なんかしんどいかも……
リョクは自嘲するように唇を歪め、口内の飴を奥歯でガリッと噛み砕く。
なぜこんなにも憂鬱な気分になるのか、リョク自身にもよくわからない。
ただ、自分とみっちゃんは店を通さなければ顔も見ることができないその程度の関係なのだと思うと、無性に虚しかった。
◇◇◇
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