練習なんかじゃ終われない!

リツカ

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 光秋がベッドの上でぼんやりとしていると、片手に水のペットボトルを持ったリョクが寝室へと戻ってきた。
 ベッドに乗り上げてきたリョクは水を口に含み、それを光秋に口移しで飲ませてくれる。僅かに温くなった水がなぜだか甘く思えて、光秋はうっとりとしながらそれを嚥下した。

「ん、む……はぁ、あ……」
「みっちゃん……」

 甘い声で呼ばれるだけで、また全身が火照るように熱くなる。
 光秋に覆い被さったリョクが楽しげに笑い、再びふたりの唇が重なりかけた、そのとき──

 ぐうぅ~。

 ぴたり、とリョクの動きが止まった。
 目を丸くして固まったふたりは、至近距離で見つめ合う。
 なにが起こったのか、その音の発信源である光秋にもすぐにはわからなかった。
 しかし、先ほどの間抜けな音が自身の腹の虫の鳴き声だと思い至った瞬間──光秋の顔はボッと音がしそうなほど一瞬で真っ赤になった。
 
 ──っ~~さ、最悪……ッ!!

 よりにもよってこのタイミングで腹が鳴るなんて、最悪すぎる。
 りんごのように赤くなった光秋はあわあわとしながら、必死で言い訳にもならない言葉を叫ぶ。

「ちっ、違うっ……これは違うから……っ!」

 なにが違うのか自分でも意味がわからなかったが、恥ずかしすぎてただ大声で誤魔化すしかなかった。といっても、なにも誤魔化せてはいないが。
 そんな光秋を見て目をまん丸にしていたリョクは、やがて吹き出すようにくすくすと笑いはじめる。

「みっちゃん、かわいすぎ」
「……笑わないで」
「ごめん。だって、照れてるみっちゃんすげぇかわいいんだもん」

 むくれた光秋の唇に、リョクはちゅっと軽くキスを落とした。
 それからのんびりと体を起こし、ストレッチをするように伸びをしながら言う。

「俺もお腹空いてきたし、軽くなんか食べよっか。簡単に食べられそうなものとかある?」
「食べられるもの……あっ、ドーナツはあるけど……」
「ドーナツ?」
「うん、今日お店で買ったやつ、冷蔵庫に入れてる」
「あー、言われてみればそれっぽい箱さっき見たかも。じゃ、シャワー浴びたらそれ食べよっか」
「うん」

 そうしてふたりで仲良くシャワーを浴びたあと、リビングのソファでドーナツを食べた。
 今日の午前中、光秋が近所のドーナツ屋さんで買ってきたものだ。

「どう?」
「うん、美味しい。子どもの頃、ばあちゃんが作ってくれたドーナツの味に似てる」

 ──よかったぁ。

 リョクが美味しそうにドーナツを食べる姿を横目で見ながら、光秋もリョクが食べているのと同じドーナツを頬張る。

「ここら辺では結構人気のお店でさ、休みの日はたまに買いに行くんだ。特にこのたまごドーナツが好きで、他におしゃれで美味しそうなドーナツがたくさんあるんだけど、なんだかんだ毎回こればっかり買っちゃうんだよね」
「へぇ……このぐらいだったら、俺も作れるけど」
「え?」

 意外なリョクの言葉に、光秋は目をぱちりと瞬かせた。

「リョク君って料理作れるんだ?」
「料理というか、まあお菓子とかこういうのはね。実家がそっち系だから」
「えっ、ケーキ屋さんとか?」
「うーん……ま、そんな感じ」

 リョクが言葉を濁すのを見て、光秋はハッとした。
 ただの客のくせに、馴れ馴れしくいろいろ聞きすぎてしまったかもしれない。
 しゅんと肩を落とした光秋は、ドーナツをもそもそもと食べる。

「今度、作ってあげよっか?」
「……え?」
「ドーナツ。みっちゃんが食べてくれるなら、材料買ってきて作るけど」

 光秋は一瞬ぽかんとしたあと、パッと花が咲いたような顔をして瞳を輝かせた。

「い、いいのっ?」
「うん。というか、みっちゃんも一緒に作ってふたりで食べようよ」
「うん!」

 光秋はにこにこと笑う。

「一緒にドーナツ作るって、なんか恋人みたいでいいね」
「恋人ってよりは親子って感じがするけど……というか、『みたい』じゃなくて、みっちゃんは俺の恋人でしょ」
「……うん」

 タイマーが鳴るまではね、と心の中だけで呟いて、光秋はへらりと作り笑いをした。
 恋人扱いされてうれしいのに、それと同じくらいさみしい。さみしいからもっと会いたくなって、会えば会うほど離れられなくなって、それが心地よくて、苦しい。

 ──でも、好きなんだよな……

 光秋はコーヒーを飲むリョクの横顔を静かに眺めた。
 最初は顔が好きなだけだったのに、今はもうリョクの全部が好きになってしまっている。
 きっと、本当のリョクのことなんてなにも知りやしないのに──……

 光秋は卑屈な考えを振り払うように軽くかぶりを振った。
 気を取り直して、新しい話題を口にする。

「そう言えば、リョク君の誕生日って六月だったんだね」
「え?」
「プロフィールに書いてあるでしょ? この前気付いて、その時期も会ってたのにお祝いできなくて申し訳なかったなぁ、って」
「ああ、店のプロフィールね……」

 リョクは苦笑いを浮かべた。
 なんだか少しばつの悪そうな表情だ。

「あれねぇ……実は嘘なんだよね」
「え?」
「そういう設定っていうか、仕事用の誕生日。だから、お祝いできなかったとか気にしなくても大丈夫だよ」
「そ、そっか……」

 ──そりゃそうだよな。リョクって名前もただの源氏名だろうし……なんでもかんでも真に受けて、俺って本当に馬鹿なのかも……

 俯いた光秋の頬が羞恥でほんのりと赤くなる。
 リョクはその頬に手を添えつつ、くすりと優しく微笑んだ。

「来月の三十日」
「へ?」
「九月三十日が、俺の本当の誕生日」

 他のひとには内緒ね。
 囁かれた言葉に、光秋はぽかんと口を半開きにした。
 リョクの言葉を脳がじわじわと理解していくにつれ、光秋の目はキラキラと輝いていく。
 そんな光秋の瞳を覗き込みながら、リョクは笑顔で首を傾げた。

「お祝いしてくれる?」
「も、もちろん! あっ、なにか欲しいものとかある? といっても、そんな高いものはプレゼントできないけど……」
「プレゼントなんていいよ。強いていうなら、みっちゃんと朝から晩までずっと一緒にいたいかな」
「っ……!!」

 感極まった光秋は、リョクにぎゅっと抱きつく。
 腕の中のリョクは少し掠れた声で「く、苦しいよ……」と呟いたが、それでも光秋の腕を振り払ったりはしなかった。

 光秋はリョクの肩に頬を寄せ、微睡むように目を閉じる。
 馬鹿でも、間抜けでも、金ヅルでも、周りにどう思われようとも、もうどうでもいい。
 光秋はリョクのことが好きで好きでたまらなかった。
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