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十二月の初旬。
コートを羽織って外に出た光秋は、しんと冷たい空気に身震いしながら住宅街を歩く。
長い残暑が終わり、ようやく来たかと思った秋は一瞬で過ぎ去った。そうしてやってきた冬は例年より暖かいらしいが、それでも寒いものは寒い。
──もう十二月か……
ぼんやりしているうちに、あっという間に時間は流れていく。
今年の一月に『まだひとりなのか』と母に呆れられたのなんてつい先日のことのように思えるのに、実際は約一年も前のことなのだ。
今年は、光秋にとって特別な年になった。
リョクに出会って、初めて恋をして──初めての失恋を経験した。
あれを恋だの失恋だのと呼ぶなんて、世間一般のひとたちからすればおかしな話なのかもしれない。
けれど、光秋にとっては間違いなくそうなのだ。
一生に一度の恋だと思えるような、そんな幸せで、歪な、苦い恋だった。
光秋がふらりと足を伸ばしたのは、近所にあるドーナツ屋だった。
なんだかんだで、この店に来るのは久しぶりかもしれない。リョクがいなくなってから光秋は随分塞ぎ込んでしまって、仕事と秋也から連れ出されたときくらいしか外出しなくなっていた。
それでも最近は少しずつ、昔の生活に戻ってきている。
リョクに出会う前の、退屈で平凡な日常だ。
時薬とでもいうのだろうか。
今でも完全に立ち直れたわけではないが、リョクを想って泣き暮らすような日々はもう送っていない。
かといって、リョクのことを忘れられたわけでもないが。
店内に入った光秋はトレーとトングを手に取り、陳列されたドーナツを眺めながら店内を歩く。
クリスマスが近いからか、そういうモチーフのドーナツが多い。子どもが喜びそうなカラフルなそれを、光秋はひとつずつ買うことにした。
そして、店内の隅っこの方にあるたまごドーナツをふたつ、トレーに乗せる。
濃いきつね色のそれを見つめ、光秋は軽く目を伏せた。
──ドーナツ、一緒に作ってくれるって言ってたのにな……
はしゃいでしまった自分が馬鹿みたいだと思うと同時に、幸せなあの頃を思い出してしんみりしてしまう。
全部夢だと、まやかしだと、わかっていた。
いつか終わりが来ることもわかっていた。
わかっていなかったのは、たとえリョクが目の前からいなくなっても、夢から覚めたりなんてしないこと。終わりなんて来ないこと。
あの甘い時間が夢でも、まやかしでも、光秋の気持ちは本物だった。
今になってみると、本当はまったく幸せではなかったのかもしれない。
光秋にとってリョクと過ごした時間はただの心地いい悪夢で、甘い毒で、蜂蜜でできた底なし沼で──
でも、忘れられない。嫌いになれない。
光秋は今もまだ、馬鹿みたいにリョクのことが好きだった。
──……こうやってうじうじするのもいい加減やめなきゃな。
光秋は緩くかぶりを振って、トレーを持ったまま会計へと向かう。
忘れたい、嫌いになりたいとは思わない。
ただ、秋也とルートに心配をかけない程度には元気にはなりたかった。
光秋としても、どうしようもないことでずっと塞ぎ込んでいるのはつらい。
会計を済ませた光秋は、ドーナツの詰められた紙箱を手にぶら下げ店を出た。
先ほどと同じく外は寒くて、軽く背中を丸めながら来た道を歩き出す。
するとその瞬間、背後から足音が聞こえて、そして──
「──……みっちゃん」
光秋はぴたりと足をとめた。
幻聴か、聞き間違いかと最初は思った。
けれど、その声を光秋が聞き間違えるはずがない。
光秋が信じられない思いで振り返ると、そこにはひとりの青年が立っていた。
髪が短くなって、髪色も黒に変わっている。それでも、光秋が見惚れた美しい顔は相変わらずで、見間違えるはずなどなかった。
「リョク、くん……」
「……待ち伏せとかキモいことしてごめん」
緊張しているのか、リョクの表情はいつになく強張っていた。
リョクはちらりと辺りに視線をやってから、静かに口を開く。
「ここで立ち話もなんだから、みっちゃんがよかったらどっか座れるとこで──」
「う、うぅ……」
光秋のぼやけた視界にかろうじて映ったのは、リョクの驚いた顔だった。
道端でぼろぼろと泣き出した光秋のもとにリョクが駆け寄り、おろおろと手を動かしている。
「み、みっちゃん、大丈夫……?」
「お、おれ、おれ……リョク君がいなくなって、ずっと、さみしかった……っ」
「…………」
「なんで、なんで急に……」
「……うん。ごめん、ごめんね、みっちゃん」
しくしく泣く光秋の丸まった背中にリョクの腕が回り、そっと抱き寄せられた。
懐かしいリョクの香りに包まれて、光秋の目からいっそう涙があふれてくる。
もう離れたくないと、光秋はリョクの体をぎゅっと抱きしめた。その肩に顔を埋め、声を殺して泣く。
いろんな感情でぐちゃぐちゃで、でも──再びリョクに会えたことがうれしくてたまらなかった。
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