練習なんかじゃ終われない!

リツカ

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 リョクの誕生日プレゼントを手に入れて、ひもじいながらも順風満帆な日々を過ごしていた光秋。
 しかし、リョクの誕生日を一週間前に控えたある日、一通のメールが光秋のもとへと届く。
 それは、浮かれていた光秋を地獄へと突き落とす、悲しいお知らせメールだった。

「えっ……九月三十日の予約がキャンセルってどういうこと……?」

 そのメールにあったのは、店側の都合で光秋の予約がキャンセルになったという謝罪の文面だった。
 具体的なキャンセルの理由も記載されておらず、光秋は困惑する。

 ──そ、そんな……ずっと楽しみにしてたのに……

 なにか急用でその日の仕事を休まなければいけなくなったのか、それとも光秋ではなく他の客と誕生日を過ごしたくなったのか、もしくは──

 胸騒ぎがした光秋は、リョクが働く店のホームページにアクセスした。
 そこで、衝撃的な事実に気付く。

 ──……リョク君が、いない。

 キャストの一覧から、リョクの宣材写真が消えていた。それどころか、過去の利用履歴からリョクのページにアクセスしようとすると、エラー画面が表示されてしまう。
 光秋は唖然とした。なにが起きたのか、しばらくは理解できなかった。

 やがて、光秋の顔からみるみるうちに血の気が引いていく。
 居ても立っても居られず、光秋はあたふたしながら店に電話をかけた。

『はい、こちら彼氏代行サービスの──』
「っあの、すみませんっ……そちらを利用しているものなんですけど、キャストのリョク君って……」
『あー、はいはい。うちで働いていたリョクのことですね。彼、先日急に辞めたんで、うちにはもういないですね』

 ──や、辞めた……

 予想はついたが、それでもショックだった。
 スマートフォンを持つ光秋の手に、ぎゅっと力が入る。

「な、なんで、急に……」
『それはこちらからはなんとも』
「辞めた理由とか、今どうしてるのかとかは……っ」
『他のお客様にもお問い合わせ頂いてるんですけど、個人情報なのでお答えできないんですよね』
「……そう、ですよね……すみません」

 軽くあしらわれ、光秋は電話を切った。
 そのまま倒れ込むように、ぼすんとソファに腰を下ろす。

 なにも考えられなかった。
 まるで心の真ん中にぽっかりと穴が空いてしまったかのように、切なさと虚しさだけがそこに残っている。

 光秋はほぼ無意識にスマートフォンに触れて、秋也に電話をかけていた。
 長いコール音のあと、寝起きなのか、掠れた声の秋也が通話に出た。

『……はい』
「…………」
『……光秋?』
「秋也……」
『なんだよ、なんかあったのか?』

 光秋の声色になにかを察したのか、秋也から柔らかな声で問いかけられた。
 その瞬間、光秋の目からぽろぽろと涙が零れ落ちる。
 嗚咽を堪えながら、光秋は声を震わせた。

「……リョク君が、仕事辞めたみたい……」
『はっ? なんで急に……』
「俺にもわかんないよ……急に予約のキャンセルメールが来て、店に問い合わせたらもう辞めたって……」

 ぐすりと鼻を啜る。
 光秋が情けなく泣いていることなんて、秋也にはとっくにバレているだろう。

「……九月三十日がリョク君の誕生日だから、一日中一緒に過ごそうって約束してたんだ……だから最近お金貯めてて、ここ一ヶ月は会えてなかったんだけど……こんなことになるなら、もっと会っとけばよかったなぁ……っ」
『……今からそっち行くから、ちょっと待ってろ』

 告げられたあと、すぐに電話は切れた。
 その直後、堰を切ったように光秋の口から嗚咽があふれだす。

 胸が張り裂けそうなくらい苦しかった。
 なんで、どうして──そんな、リョクを責めるような言葉ばかりが頭の中で浮かんでは消えていく。
 リョクを責める権利なんて、ただの客である光秋にあるはずもないのに……

 それから三十分ほどしたあと、項垂れた光秋が子どものように泣きじゃくっていると、ピンポンピンポンと玄関チャイムが連打された。
 ふらふらと立ち上がった光秋が玄関の鍵を開けると、息を切らした秋也が勝手にドアを開けて部屋の中に入ってくる。
 光秋の泣き顔を見た秋也は、呼吸を整えながらニヤリと笑った。

「はっ……ひでぇ顔」
「しゅうやぁ……」
「だからほどほどにしろって言っただろーが、このばか兄貴」

 光秋の頭に伸びてきた秋也の手が、光秋の髪をぐしゃぐしゃに掻き回した。
 その手付きがいやに優しくて、光秋の目からいっそう涙があふれてくる。
 たまらなくなった光秋は子どもの頃のように秋也に抱きつき、その肩に顔を埋めてしゃくりあげるように泣いた。
 秋也はそんな光秋を突き放すことなく、まるで母親のように光秋の背中をとんとんと手のひらで優しく叩く。

「これじゃあどっちが兄貴かわかんねぇなぁ」

 苦笑混じりにぼやいた声は、いつもよりずっと優しかった。

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