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しおりを挟む「ん、ぅ……ん……?」
光秋が目を覚ましたのは、時計の針が九時を少し過ぎた頃だった。
今が朝なのか、夜なのかもふわふわした頭では判断がつかない。
ただ、体が泥のように重くて、どうしようもなく気怠かった。
それと……下半身にすごく違和感がある。
──……あっ!
そこで光秋は、自分が眠りに落ちる直前までなにをしていたのか、誰と一緒にいたのかをはたと思い出した。
光秋は重い体に鞭を打ち、ベッドからのそりと上半身を起こす。そして、隣にぽっかりとあいた人一人分の空間を見つめたあと、ぐるりと寝室を見渡した。
けれども、リョクの姿はどこにもない。
呆然とした光秋は、リョクがいたであろう場所に触れ、そっと指を滑らせる。
乱れたシーツは、すでにひんやりと冷たくなっていた。
「リョクくん……?」
「──みっちゃん? 起きたの?」
ふいに返事が聞こえて、光秋は声のした方へと顔をパッと向けた。
半開きだったドアから、上半身裸のリョクが寝室へ入ってくる。シャワーを浴びたのか、髪はしっとりと濡れていて、首にタオルをかけていた。
「先にシャワー借りたよ。起こそうか迷ったけど、ぐっすり寝てたから」
「……夢だったのかと思った」
「そんなわけないじゃん」
光秋のもとに歩いてきたリョクはそのままベッドにあがり、光秋の頬にキスをする。
そして、光秋を抱き寄せたかと思うと、再び光秋をベッドに押し倒した。
「りょ、リョク君……!?」
「夢じゃないってわかるよう、もう一回する?」
「えっ!? もっ、もう三回したよね!?」
赤面しながら光秋はそう叫んだ。
最後の方はもうわけがわからないような状態だったが、それでもリョクの希望通り追加で三回も体を重ねた。光秋の後孔には、まだなにかが入っているような違和感が残っている。
狼狽する光秋を見下ろしながら、リョクはにやりと口角を上げた。
「最低でも三回って言ったでしょ? 本当はまだまだやれるけど」
「……きょ、今日はもう絶対無理……!」
「へぇ、残念」
さほど残念でもなさそうに笑って、リョクは光秋の隣に寝転んだ。そうして光秋の体を抱き寄せ、その胸元に顔を埋める。
なんだか大きな赤ちゃんみたいだな、と思いながら、光秋はリョクの頭をそっと撫でた。
「前の髪色と髪型もよかったけど、黒髪も似合うね。短いのもかっこいい」
「あー、ありがと。一回坊主にしたから、ここまで伸ばすの結構大変だったんだよね……」
「えっ、坊主にしたの?」
──坊主のリョク君、ちょっと見たい……
光秋はそう思ったが、リョクにとっては苦い思い出らしい。
リョクはうんざりした顔をしながら語りだす。
「そう……みっちゃんに告白する前にちゃんと職見つけとこうと思って、いろいろ考えた末実家に戻って働くことにしたんだけど、親父から『本当に反省してんなら頭丸めろ』って言われて……しかも試用期間とか言って先月まではバイトより安い時給で働かされたし、ほんと鬼だよ、あの家族……」
「反省……?」
光秋が訝しむように言葉を繰り返すと、リョクはぎくりとした。
そして、気まずそうな顔をして再びおずおずと口を開く。
「……みっちゃんも気付いてるかもしれないけど、俺結構アレなんだよね……」
「アレ……?」
「だからその、クズっていうか、ダメ人間っていうか……大学に入学したとき、親からもらった学費使い込んで中退して……その金はもう返したけど、それから実家とは疎遠になってたんだよね」
「が、学費の使い込み……!?」
「一時期スロットにはまって……あとは酒とか服とか、遊びにも結構金使ってたし……」
「それは……ダメだね」
いくらリョクのことが大好きな光秋でも、それはフォローできない。むしろ頭を丸めるくらいで許してくれるなんて、優しい家族ではないか。
光秋は苦笑いしながら、短くなったリョクの髪を撫でる。
「許してもらえてよかったね」
「……うん」
いっときの間のあと、光秋はずっと気になっていたことをリョクに問いかけた。
「……なんで急にレンタル彼氏の仕事辞めたの?」
「言ったでしょ。みっちゃんのこと好きになったから、本物の恋人になりたかったからだって」
「でも、最後に会ったときはなにも言ってなかったのに……」
もぞもぞと動いたリョクは光秋の腕の中から顔を上げ、光秋と目線を合わせた。
その瞳が怖いくらいにまっすぐで、光秋は軽く息を呑む。
「リョク君……?」
「みっちゃん、九月に若い男とコーヒーショップにいたでしょ」
──俺が、九月に若い男とコーヒーショップに……?
頭の中で復唱しつつ、光秋は小首を傾げた。
なにせもう三ヶ月も前のことなので、はっきりとした記憶がない。コーヒーショップにはよく行くが、大体ひとりで行っているはずだ。
光秋の反応をじっと見ながら、リョクは言葉を続ける。
「他の男と楽しそうにしてるみっちゃんを見て、俺すごく嫌だった……笑えるよね、ただ金で買われてるレンタル彼氏のくせに一丁前に嫉妬なんかしちゃって……でも、それでやっと気付けたんだ。みっちゃんのことが好きで、練習相手なんかじゃ終わりたくないって」
「リョク君……」
光秋の胸がじーんとする。
まったく身に覚えはないが、それはそれとしてリョクが自分と同じ気持ちなのだとあらためて知れて、やっぱりうれしい。
「それでまあ、店長と相談して仕事辞めたんだ。告白するならそれくらいの誠意見せないと、みっちゃんに信じてもらえないと思ったし、俺自身もそうしたいって思ったから」
「……仕事辞めるの嫌じゃなかった?」
「別に。あの仕事を理由にみっちゃんに振られたり、みっちゃんのこと悲しませる方が嫌だし。それに、本気で好きなひとができたらああいう仕事は続けらんないよ。少なくとも俺はね」
もちろん光秋もリョクにあの仕事を続けると言われたら嫌だが、自分のせいでリョクが我慢を強いられているとしたらそれも嫌だった。
なので、レンタル彼氏業に未練のなさそうなリョクのさっぱりとした返答に、光秋はホッと頬を緩める。
「そっかぁ……俺に会いたくて、ドーナツ屋の近くで待ってたの?」
「そう。みっちゃんがたまに買いに行くって言ってたから、試用期間が終わった今月から時々ね。直接家に行ったりするのは絶対やめろって店長にも言われてたから、ドーナツ屋で妥協。……まあ、それで会えなかったらマンションの近くまで行って待ち伏せしてたとは思うけどね」
ストーカーみたいでキモイでしょ、とリョクは舌を出して笑う。
確かにやっていることは完全にアウトだが、光秋はリョクのことが好きなので問題はなかった。むしろ、もっと近くで待ち伏せしてほしかったくらいだ。
リョクは小さく笑いながら、光秋を抱き寄せて言う。
「もしかしたら警察に通報されて捕まるかも……って思ったけど、でも会いに行かなきゃ告白もできないし。もしみっちゃんに嫌われてたら逮捕されてももうどうでもいいや、って開き直って待ち伏せしてた」
「……リョク君って、結構後先考えないタイプなんだね……でも、俺がリョク君のこと通報するなんてありえないよ」
「そんなのこっちからしたらわかんないじゃん。俺はみっちゃんが九月のコーヒーショップの男と付き合い出したのかも、って思ってたし」
──ま、また出てきた……
九月に光秋と一緒にコーヒーショップにいたという謎の男……その存在をリョクはひどく気にしているようだが、今のところ光秋に心当たりはない。
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