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しおりを挟むローランがルシアンとの約束をすっぽかした三日後のこと。
朝、ローランが教室に入ると、いつになく教室の中が騒がしかった。皆、少し興奮した様子で話し込んでいる。
「うちのクラスだといいな」
「いや、さすがに特進クラスじゃないか? 大公殿下の養女になったって聞いたし」
「私、転移者を見るのって初めて!」
──……なんだ? 転移者って……この前噴水に落ちてきたあの子のことか?
教室の後ろでローランが困惑していると、かすかに「ローラン、ローラン」と呼ぶ声が聞こえてきた。声の方を見ると、クリスがこちらに手招きしている。
ローランは自分の席に座るクリスの元に向かい、眉を寄せながら尋ねた。
「なにかあったのか?」
「この前、噴水に落ちてきた転移者が、この学園に転入して来るらしい。しかも、俺たちと同じ学年だって」
「転入って表現おかしくないか? 異世界からの転入ってなんだよ」
「わかんないけど、みんなそう言ってるし。あと、レーン大公殿下に気に入られて、彼の養女になったらしい」
レーン大公は、先代国王の弟にあたる人物だ。そんなひとの養女になるだなんて、いったいなにがあったのだろう。
ローランが訝しんでいると、ガラガラと前の扉を開けて、担任教師が教室に入ってきた。席を立っていた生徒たちは、あわてて自分の席に着く。
「おはよう。突然だが、転入生を紹介する。入ってくれ」
担任が開けっぱなしの扉の方に声をかけると、そこからひとりの少女が姿を現した。
髪も瞳の色も黒い、美しい少女だった。教壇へと歩みを進めるたび、長い髪がさらさらと揺れる。透けるような白い肌に、細めの黒いチョーカーがよく映えていた。
担任の隣に立った少女は、猫のような吊り気味の大きな瞳で生徒たちを見渡したあと、凛とした高い声で言う。
「初めまして、ユズリハ・レーンです。異世界から来たばかりでわからないことだらけですが、仲良くしてくれたらうれしいです」
彼女は最後に軽く首を傾げて、はにかむように微笑んだ。
その微笑みを見た生徒たちは、黄色い悲鳴をあげたり、息を呑んだり、だらしなく鼻の下を伸ばしたり……様々な反応を見せていた。なんにせよ、皆好意的だ。
それはローランも同じだった。なんたってローランは女の子が好きだ。古い考えだとか、オメガのくせになに言ってんだとも言われるが、男は女に優しくするべきだと常々思っている。
「見ての通り、彼女はオメガだから……同じオメガのローラン、しばらくの間、彼女の世話役を頼めるか?」
「はい」
そんな気はしていたので、ローランは迷わず即答した。周りから妬ましげな視線を注がれるのが少し心地いい。
「ありがとう、ローラン。迷惑かけるかもしれないけど、これからよろしくね」
「ああ、よろしく」
隣の席にやってきたユズリハと挨拶を交わす。彼女はローランの首元のチョーカーをちらりと見て、少しホッとしたような顔をした。
「──最後に、ここが図書室。広くてあまり人気もないから、調べ事をしたいときや、ひとりになりたいときはここに来るといい」
「へぇー、わかった」
ユズリハは広い図書室の中を物めずらしそうにぐるりと見回した。そして、ローランと目を合わせるとニッと笑う。
「案内ありがとう」
「どういたしまして」
「……ねぇ、少し話せる?」
「もちろん」
ユズリハのお願いを快く了承したローランは、彼女を連れて近くのテーブル席に腰を下ろした。
席に着いた途端、ユズリハは「はぁ……」と大きく息を吐いて肩の力を抜く。疲れているのだろうか。そのままテーブルに突っ伏してしまいそうだ。
「大丈夫か?」
「……怒涛の展開の連続で、正直ちょっと疲れたかな……なんでか文字や言葉が自然と理解できるのは助かるけど、急に転移者とか聖女とか言われても、こっちはわけわかんないよ……」
「へぇ……平然としてるように見えてたけど、そうでもなかったんだな」
ローランは少し意外に思った。ユズリハはもうすでにこの世界に適用しているように見えていたからだ。
顔を上げたユズリハは、じとりとした目でローランを睨む。
「当たり前でしょ。学校の屋上から飛び降りたと思ったら、急に知らない世界に連れて行かれて……」
「が、学校の屋上から飛び降りた……?」
ローランが強張った声をあげると、ユズリハはいかにも『しまった!』と言いたげな表情を浮かべた。その後、彼女はばつが悪そうに俯いてもごもごと口を開く。
「か、勘違いしないでね……自殺しようとしたとか、そんなんじゃないから……!」
「……なにがあったんだ?」
興味本位かと問われれば、そうなのかもしれない。この美しい少女がなぜ命を投げ出そうとしたのか、ローランは同じオメガとして興味があった。
ユズリハは迷うように目を泳がせたあと、ぽつりと呟くように言う。
「……あの日、ひとつ下の男子生徒から屋上に呼び出されて、告白されたの」
「うん」
「全然知らないひとだったし、私を見る目がなんだか気持ち悪くて……すぐに断って、家に帰ろうとした。けど、そしたらどこに隠れてたのか、三人の男子生徒が私の前にぞろぞろ出てきて……『ちょっとかわいいからってオメガが調子に乗るな』『劣等種の売女のくせに』って言われて……」
「……酷いな」
思わず、眉間に皺が寄る。
そんなふざけたことを抜かした連中を、今すぐぶん殴ってやりたい──ローランはふつふつと湧き上がってくる怒りに、グッと拳を握った。
ユズリハは強がるようにフンと鼻を鳴らして、言葉を続ける。
「ほんと、最低なやつらよ。そのあと、そいつらに襲われそうになって、必死に屋上を逃げ回った。フェンスを越えたらさすがに追ってこないだろうと思ったのに、あっちもフェンスをよじ上ろうとしてきたから……だから、思い切って中庭にある木に向かってジャンプしたの。ほら、よくアクション映画とかであるでしょ? 木の枝がクッションになって、そのままスタッて着地するやつ。あれがやりたかったの」
「へ、へぇ……」
『あくしょんえいが』というものがなんなのかはわからなかったが、ユズリハが死ぬ気で屋上から飛び降りたわけではないことはわかった。むしろ、彼女は自分の身を守るために勇気を振り絞ったに違いない。
ローランは勇敢なユズリハに尊敬の念を抱きつつ、彼女に尋ねる。
「それで、気付いたらこっちの世界に来てたってこと?」
「そう。中庭に落ちたつもりが、目を開けたら見たことのない学校の噴水でずぶ濡れ……本当にびっくりよ」
ユズリハはくすくすと小さな笑い声を上げた。口元に手を当てながら笑う仕草には品があって、彼女の育ちの良さが窺える。
「そのあとはずぶ濡れのまま大聖堂に連れて行かれたと思ったら、白魔術師みたいなおじいさんに『君は特別な力を持った聖女だ!』なんて言われるし、その場にいたマグナスさんには『今日から君は俺の娘だ!』って強引に家に連れて帰られるし……」
「大変だったな」
「うん、本当に。私、オメガって以外は普通の女子高生だったのになぁ……」
がくりと項垂れたユズリハがふと顔を上げ、ローランの方をじっと見つめる。その視線はローランの首元へと向けられていた。
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