4 / 28
4
しおりを挟む心を無にして目と口をギュッと閉じていること数秒……ルシアンの唇がそっと離れていく。
ホッとしたローランが目を開けると、そこには呆れたようなルシアンの苦笑があった。
「君は本当に素直だ。良くも悪くもね」
「申し訳ありません」
「責めているわけじゃないさ。……まあ、褒めているわけでもないが」
肩をすくめたあと、ルシアンは気を取り直したようにいつもの笑みを浮かべて、「じゃあ、私はそろそろ帰るとするよ」と言った。
意外な言葉にローランはぱちりと目を瞬かせる。
「もう、帰るんですか?」
「ああ。こう見えて、私は結構忙しいからね。もともと今日君と会うのも、一時間程度の予定だった」
つまり、その貴重な一時間は、見事ローランの時間潰しで消費されてしまったということだろう。
多少ばつが悪い気分になりながらも、ローランはひそかに安堵した。何時間もルシアンとふたりきりだなんて、想像するだけで息が詰まる。ローランにとってはまさしく苦行そのものだ。
「……では、お見送りいたします」
「ああ、頼むよ」
ルシアンは一歩踏み出しかけた足をふと止め、再びローランを見下ろした。
頭ひとつ分ほど高い位置にあるその美しい顔を見上げつつ、ローランは首を傾げた。
「ルシアン様?」
「次からは、私が君を学園まで迎えにいくことにしよう。そうしたら、さすがの君も逃げられないだろう?」
「……そ、それはやめてくださいっ」
「──ローラン」
低い声色で名前を呼ばれた瞬間、背筋にぞわりと冷たいものが走った。部屋ごとぴりりとした空気に包まれて、ローランは身動きひとつできなくなる。
そんな中、その圧の正体であるルシアンはおかしそうにくつくつと笑った。
「私は久しぶりに君と会えるのをとても楽しみにしていたよ。たとえ君がそうじゃなくてもね」
「…………」
「だから、次は私から会いに行って、君を見つける。ただそれだけの話だ」
「……ごめんなさい」
子どもじみた謝罪がこぼれた。
怖かったからではない。ルシアンを怒らせたのではなく、傷付けたのだと気付いたからだ。
苦手だし、怖いと思っているが、男として尊敬はしている。それに、ルシアンはなにも悪くない。
そんな彼を、ローランだって傷付けたいわけではなかった。むしろ、自分より圧倒的に素晴らしい人間であるルシアンを傷付けたと思うと、自分がいっそう最低な人間に思えて来る。
しゅんとしたローランを見てか、フッと室内の空気が和らいだ。ルシアンの大きな手が、ローランの頭をぽんぽんと優しく叩く。
「ローラン、私は怒っているわけでもなければ焦っているわけでもない。どれだけ君が私を嫌っていても、あと半年もすれば君は私の妻に──唯一無二の番になる。そうしたら、今日の諍いなんて些細なことだ」
「別に、嫌っているわけでは……」
「じゃあ、苦手くらいか。しかしなんにせよ、君は私と結婚したくないわけだろ?」
「…………」
笑顔で核心を突かれたローランは、思わず押し黙った。
なにもかも見透かされている。やはりこの男は怖い。
引きつったローランの顔を覗き込んで、ルシアンは薄っすらと笑う。
「心配ないさ。時間はたっぷりある。君が私を愛していなくても、君は私のオメガだ」
うっとりとした声色に、ローランの肌が粟立った。
どうしてこんなに怖いのか、ローランにもよくわからない。
他のオメガみたいに、この完璧なアルファの番になれることを喜べたら良かったのだろうか。同じ年頃の女の子と結婚したいなんて、つまらないこだわりなのだろうか。
でも──……
「……俺はまだ、誰のオメガでもありません」
その青い瞳を射るように鋭く見つめ返して、ローランは冷ややかに告げた。
すると、虚を突かれたようにルシアンは目を見開く。丸くなった瞳に、太々しいほど不機嫌そうなローランが映っていた。
「くっ……」
程なくして、ルシアンの喉からくつくつとした笑い声が漏れはじめる。必死に笑い声を堪えているような、そんな笑い方だった。
よくわからないが、おそらく馬鹿にされている。
ローランがむすっとしていると、ようやく落ち着いたらしいルシアンは弾んだ声で喋りだした。
「ああ、そうだな。だからこそ、君が私のものになる日が待ち遠しいよ」
「…………」
ローランの返事などはなから期待していなかったのか、ルシアンは言うだけ言って颯爽と応接室を出ていった。
立ち尽くしたローランは、遠ざかっていくその広い背中を呆然と眺める。
──やっぱり、あのひとと結婚するのは嫌だなぁ……
ローランはがくりと肩を落とし、深いため息をついた。
そうして、帰宅するルシアンを見送るため、のろのろとした足取りで彼の後を追った。
928
あなたにおすすめの小説
婚約破棄を提案したら優しかった婚約者に手篭めにされました
多崎リクト
BL
ケイは物心着く前からユキと婚約していたが、優しくて綺麗で人気者のユキと平凡な自分では釣り合わないのではないかとずっと考えていた。
ついに婚約破棄を申し出たところ、ユキに手篭めにされてしまう。
ケイはまだ、ユキがどれだけ自分に執着しているのか知らなかった。
攻め
ユキ(23)
会社員。綺麗で性格も良くて完璧だと崇められていた人。ファンクラブも存在するらしい。
受け
ケイ(18)
高校生。平凡でユキと自分は釣り合わないとずっと気にしていた。ユキのことが大好き。
pixiv、ムーンライトノベルズにも掲載中
こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡
なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。
あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。
♡♡♡
恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
【完結】逃亡オメガ、三年後に無事捕獲される。
N2O
BL
幼馴染の年上αと年下Ωがすれ違いを、不器用ながら正していく話。
味を占めて『上・中・下』の三話構成、第二弾!三万字以内!(あくまで予定、タイトルと文量変わったらごめんなさい)
※無事予定通り終わりました!(追記:2025.8.3)
表紙絵
⇨うつやすみ 様(X:@N6eR2)
『下』挿絵
⇨暇テラス 様(X:Bj_k_gm0z)
※オメガバース設定をお借りしています。独自部分もあるかも。
※素人作品、ふんわり設定許してください。
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
運命よりも先に、愛してしまった
AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。
しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、
2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。
その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。
アルファのアイツが勃起不全だって言ったの誰だよ!?
モト
BL
中学の頃から一緒のアルファが勃起不全だと噂が流れた。おいおい。それって本当かよ。あんな完璧なアルファが勃起不全とかありえねぇって。
平凡モブのオメガが油断して美味しくいただかれる話。ラブコメ。
ムーンライトノベルズにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる