お仕置きはほどほどに

リツカ

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「なにあからさまにホッとした顔してんだよ」
「……クリス」

 隣を見ると、すぐ傍にクリスがやってきていた。クリスは軽食を口に運びながら、ダンスホールで踊りはじめたルシアンとユズリハを眺めている。

「身長差すごいな」
「まあ、ルシアン様が高いからな」

 百九十センチ以上あるルシアンと、女性の平均身長ほどのユズリハ。身長差がありすぎるとダンスを踊りにくいはずだが、そこはルシアンが上手くカバーしているようだった。
 先ほどローランもルシアンと一曲踊ったが、ルシアンのリードは上手い。こちらはただ流されるように足を動かしているだけなのに、まるで自分がダンスの達人になったかのように錯覚させてくれるのだ。
 ローランは踊るふたりの姿をぼうっと見つめる。くるりと回るたび、ユズリハのドレスの裾がふわりと揺れていた。ルシアンが纏う黒の正装もかっこよくて、ふたりが踊る姿はそれだけで絵になる。

 ──……なんか、すごくお似合いじゃないか?

 ふたりは美男美女で、アルファとオメガで、おまけに公爵と大公女という素晴らしい家柄の持ち主──平凡なローランがルシアンの隣に並ぶよりもよほどしっくりくる。
 どうやらそう感じているのはローランだけではないようで、周りの貴族たちは皆、ルシアンとユズリハのダンスに目を奪われていた。若い令嬢たちなど、口元を扇で隠しながらキャッキャとはしゃいでいる。
 ただ、隣に立つクリスだけは渋い表情でふたりを見つめていた。

「……いいのか、あれ?」
「むしろ、あのままふたりが恋に落ちてくれたら最高だ」
「なに言ってんだよ──あっ!」

 キャッ! という甲高い悲鳴とともに、ユズリハの体がぐらりと傾く。見ると、どうやら右足の靴のヒールが折れてしまったようだ。
 そのまま背後に倒れかけたユズリハの体を、ルシアンの両腕が受けとめた。その光景はまるで、恋愛劇の一幕のようだった。

 腕の中のユズリハになにかしら声をかけるルシアンを、ユズリハがぽーっとした目で見上げている。その大きな黒い瞳は、火照ったようにとろけて見えた。

 ──……これは、もしや本当に……?

 ローランが期待に胸を膨らませていると、クリスが焦ったように「おい!」と声をかけてくる。

「これは、本格的にまずいんじゃないか?」
「いや、むしろどんとこいだ」
「お前は本当になに言ってんだよ……!」

 クリスが呆れていたところで、広間の至るところから「キャアー!」と黄色い悲鳴が上がった。
 ふたりがルシアンたちの方を見ると、ユズリハを横向きに抱き上げたルシアンがこちらに歩み寄ってきていた。いわゆるお姫様抱っこである。
 戻ってきたルシアンはローランと目を合わせ、笑ったまま眉を下げた。

「ヒールが折れてしまったみたいだ」
「ご、ごめんなさいっ、わたし……っ!」
「いや、君が謝ることじゃないさ。怪我がなくて良かった」

 そう言って、ルシアンはユズリハを大広間の壁際にあったソファに下ろす。
 ユズリハの顔は、耳まで真っ赤だ。その赤みが羞恥から来るものだけではないことを、おそらくこの場にいる全員がわかっていた。
 ルシアンはローランに向き直り、あのにこやかで温度のない笑みを浮かべる。

「せっかくだ。もう一曲踊ろう」
「いや、俺は……」
「まだ一曲しか踊ってないじゃないか」

 不満げなルシアンを、ローランは困ったように見つめ返した。
 ローランだってルシアンともう一曲踊るくらいわけないが、ユズリハとルシアンのダンスの直後に踊るのは嫌だ。絶対に悪目立ちするのが目に見えている。
 じっとこちらを見下ろす青い目に気まずさを感じて、ローランは俯いた。
 すると、ちょうどそのとき、大広間に快活な老人の声が響く。

「モンクレア卿!」

 やってきたのは、レーン大公そのひとだった。ルシアンほどではないがなかなかの長身で、立派な口髭をたくわえた老紳士だ。

「レーン大公、今日はお招きいただきありがとうございます」
「いやいや、挨拶が遅れてすまない。それに、うちの愛娘も世話になったみたいだ」
「いえ、大したことは……」

 レーン大公は、赤面したままソファに腰掛けているユズリハを楽しげに見下ろす。

「モンクレア卿は良い男だろう」
「は、はい……」
「婚約者がいなければ、すぐにでもお前の結婚相手に選んでいたのにな!」

 レーン大公はそう言って「ハッハッハッ!」と快活に笑った。
 嫌味なのかどうか判断できなかったので、とりあえずローランもにこりと笑っておく。なんにせよ、レーン大公がルシアンを気に入っているのは、ローランにとっても好都合だ。
 レーン大公と話すルシアンと真っ赤な顔で俯くユズリハの姿を視界に入れて、ローランは目をキラキラさせる。

 ──この出会いはきっと運命だ。いや、絶対にそうに違いない。

 隣のクリスが胡乱な目をしているのに気付かないふりをして、ローランはにんまりとほくそ笑んだ。
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