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地獄の結婚生活編
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しおりを挟む「……とにかく、離してください」
「ああ、そうだな」
「……ッうわ!!」
突如、ルシアンはローランの体を抱き上げた。かと思うと、そのままローランをポイッとベッドに放り投げる。
柔らかなベッドの上にぼすんっと背中から落ちたローランは、虚を突かれて目を白黒させた。その後ローランは我に返り、上半身を起こしてキッとルシアンを睨む。
「い、いきなりなにするんですかっ!?」
「早く抱いてほしいのかと思って」
「はぁ!? そんなわけないでしょう!」
大声で叫んだローランはハァハァと息を吐いて、呼吸を整えた。なんだかこの数十秒ですごく疲れた気がする。
──俺、こんな大声で喚き散らすようなキャラじゃないんだけどな……このひとがむちゃくちゃなせいで、調子が狂う……
ローランは片手で頭をがしがしと掻き回した。
このままでは、両親の言うわがままなクソガキそのものだ。いや、ローランは自分の主張がわがままだとは一ミリも思わないが。
「それじゃあ、初夜をはじめようか」
「──……待ってください」
こちらに覆い被さってこようとするルシアンを片手で制し、ローランは他人行儀な硬い声で言った。
「俺はあなたと初夜をともにする気はありません」
「……なぜ?」
にっこりと笑ったルシアンの目がするりと細められた。どこか仄暗さを感じるその青い瞳に、ローランは一瞬身をすくめる。
怖い。けれども、なんとかここを切り抜けなければ──
ローランは勇気を振り絞り、震える声で答えた。
「だ、だって、怖いじゃないですか。お腹に子どもがいるかもしれないのに……」
至極、真っ当な理由であると思う。
安定期もあるだとか、気にせず営んでいる夫婦も世の中にはいるだとか、そんなことはローランには関係ない。ローランはただこの初夜を回避して、自身の項を──自由を守りたいだけだ。
ベッドに乗り上げた状態で静止したルシアンは、きょとんとした目でローランを見下ろしていた。髪型も相まって、今日のルシアンは本当にいつもより幼く見えた。
ほどなくして、ルシアンはくすりと小さく笑う。
「なんだ、そんなことか」
「……そんなこと?」
ローランが険しい顔をすると、ルシアンは「ああ、違うんだよ」と誤魔化すように苦笑した。
「別に子どものことをどうでもいいと思っているわけじゃないさ。だが、まだ存在していない子どもの心配なんて、する必要ないだろ?」
「……お腹の子どもを『まだ存在しない』扱いするなんて、酷いと思います」
「そういうことじゃない。まだ私たちの子どもはどこにもいないんだ。君のお腹の中にもね」
──どこにもいない……?
ローランはぱちりと目を瞬かせた。
意味がわからない。だって、あの初めての夜からずっと、ローランのお腹の中にはルシアンとの子どもがいるものとして話は進んでいた。発情期状態のオメガがアルファと交わると高確率で妊娠するというのは、ある種の一般常識だからだ。
だからこそローランはなかなか身動きが取れなかったし、この結婚から上手く逃げることもできなかった。
それなのに、今さらローランのお腹に子どもがいないなんて──……ローランは呆然としながらルシアンに問いかける。
「……どういうことですか?」
「あの日──私の目の前で突然ユズリハ嬢が発情期を起こしたとき、私は持ち歩いていたアルファ用の抑制剤と避妊薬をすぐに服用したんだ。……といっても、愛しい君を前にしたら、抑制剤の効果なんてほぼないようなものだったけどね」
「…………」
「だからまあ、安心してくれ。その直後に抱かれた君は、絶対に妊娠していない」
しん、とその場が静まり返る。
アルファ用のそういった薬が存在していることは、ローランも知っていた。特に避妊薬はとても高価で、王族や高位貴族くらいしか買えないことも。
つまり、公爵のルシアンならその薬を持っていてもおかしくはないのだろう。
しかし、しかし──……
「っ~~この、嘘吐きクソ野郎ッ!!」
「おっと」
振りあげた拳は、あっさりとルシアンに手首を掴まれてとめられた。けれども、ローランはその力を決して緩めようとはしなかった。
殴り掛かろうとするローランと、それをただとめるルシアン。ふたりの攻防はしばらく続いた。
ぐぐぐっと拳を振りかざしたまま、ローランはひどく憎々しげにルシアンを睨み付ける。
「俺がこの三ヶ月、どんな不安な気持ちで過ごしてきたと……っ!」
「すまない。君のご両親と相談して決めたことだったんだが……君を傷つける気はなかった」
「傷つける気はなかった!?」
ローランはハッと鼻で笑ったあと、腕を勢いよく下に引くことによって、ルシアンの手を振り払った。
そして、怒りに任せて大声を上げる。
「傷付くに決まってるでしょう! 好きでもない相手と結婚させられたと思ったら、嘘までつかれて妊娠してるって騙されてたんですよ!? 嘘の内容があまりに酷すぎます!」
「そうだな……それは本当にすまない」
「そんな謝罪だけじゃすまないですよ! だいたいあなたは──」
「でも、もし妊娠していないってわかったら、国外逃亡しようとしてただろう?」
「…………え?」
「君が外国行きの船のチケットを取ろうとしていた情報は掴んでいる。身重での船旅は危険だと判断して諦めたこともね」
「…………」
嘘を吐かれていたこちらが優位だったはずが、一気に形勢逆転の雰囲気である。
それまでの威勢の良さはどうしたことか、ローランは冷や汗をかきながら、頭上の右上あたりに目を泳がせた。
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