十年先まで待ってて

リツカ

文字の大きさ
33 / 81
過去話・後日談・番外編など

十年先 12


 いま思えば、夜彦が誠を置き去りにした時間なんて、ほんの数分か十数分だったのだろう。
 けれど、誠にはそれが数時間にも数日にも思えた。永遠に続く地獄のように思えた。

「帰る?」

 夜彦に尋ねられた瞬間、誠は泣きながら夜彦に追い縋り、何度も何度も深く頷いた。先ほどまで『死ね』と恨言を繰り返していた対象であるはずの男に、媚びるように身を寄せた。

 まるで砂漠の中のオアシスのようだった。
 ──実際は、その砂漠に誠を突き落としたのは夜彦で、そのオアシスは毒で満ちているのだと頭ではわかっていた。わかっていても、それでも夜彦に縋らずにはいられない。

「お前、本当に俺がいないと生きていけなくなっちゃったのな」

 夜彦は誠を抱き上げて車に運び込むと、後部座席で優しく誠の頭を撫でた。

 DV加害者が暴力を振るった後に優しくするのを繰り返して、相手を洗脳するのに近いのかもしれない。
 それでも、誠はそんな夜彦を優しいだとか愛しいとはまったく思っていなかった。
 誠は夜彦に洗脳されているわけでもなければ、愛しているわけでもない。

 だからこそ、この生活は地獄だ。



 ◇◇◇



「ねぇねぇ、なに黙ってんの? 質問の答えは?」

 わざと幼い口調で煽るように尋ねてくる夜彦に向かって、誠は小さな声で「わからない」と答えた。

 そもそも誠には、自分のいまの状況が『自分が悠木雅臣にしようとしてたこと』だとは思えない。
 誠は雅臣を愛していた。幸せにしてやりたいと思っていた。
 そんなことを言えば夜彦はまたケラケラと笑うだろうが、誠の中ではこれが真実だ。

「へぇー、わかんないんだ。仕方ねぇよな。お前クズだもん」

 言って、夜彦はくわえた煙草に火をつける。

「なんか不満そうな顔してるけどさぁ、こうなったのって全部お前の責任じゃん? お前が病んだのだって俺のせいじゃないし、むしろお前は俺に感謝すべき立場なんじゃねぇの? この十年面倒見てやって、病院にも連れてってやって、欲しがるもんも全部買ってやってさぁ。ここまでしても俺だけが悪者なの? じゃあ、いまから離婚して精神病院に入院でもする?」
「……そんな話、誰もしてないだろ」
「そういう顔してんだよ、お前は。目は口ほどに物を言うってことわざもあるだろ」

 そうやって誠を責め立てながらも、実際は離婚する気も、誠を精神病院に送るつもりも夜彦には更々ないのだ。
 それを恨めしく思いながらも安堵している自分がいて、誠は悔しさに拳を強く握りしめた。

 夜彦は悠々と煙草を燻らせながら、視線を誠からスマートフォンの画面に移す。

「お前みたいなクズに捕まらなくて、悠木雅臣もラッキーだよな。……いや、いまはもう卯月雅臣だっけ? 卯月の方が婿入りしたような噂も聞いたけど、どっちだったっけなぁ……」
「…………」

 聞きたくもない話を聞かされるのが嫌で、誠は無言で席を立った。自室に戻るため、夜彦が開けっぱなしにしていたリビングのドアへと向かう。

「不貞寝してもいいけど、ちゃんと時間までには準備済ませとけよ。今日はだから」

 ──なにが特別だ。

 背中に投げかけられた言葉に心の中で悪態を吐きつつ、誠は静かにリビングのドアを閉め、二階の自室へと向かう。
 自室といっても夜彦の部屋でもあるので自由はないが、いまはとにかく夜彦の口から雅臣の話なんて聞きたくなかった。

 一度ベッドを殴り付けてから、そのままその上に倒れ込み、目を閉じる。

 また雅臣の夢を見たい。悪夢だっていい。
 誠は祈るような気持ちで眠りについた。

 しかし、眠ってから夜彦に起こされるまでの間、誠の夢に雅臣が出てくることは一度もなかった。
感想 76

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。 様々な形での応援ありがとうございます!

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

運命よりも先に、愛してしまった

AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。 しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、 2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。 その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。