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過去話・後日談・番外編など
十年先 12
いま思えば、夜彦が誠を置き去りにした時間なんて、ほんの数分か十数分だったのだろう。
けれど、誠にはそれが数時間にも数日にも思えた。永遠に続く地獄のように思えた。
「帰る?」
夜彦に尋ねられた瞬間、誠は泣きながら夜彦に追い縋り、何度も何度も深く頷いた。先ほどまで『死ね』と恨言を繰り返していた対象であるはずの男に、媚びるように身を寄せた。
まるで砂漠の中のオアシスのようだった。
──実際は、その砂漠に誠を突き落としたのは夜彦で、そのオアシスは毒で満ちているのだと頭ではわかっていた。わかっていても、それでも夜彦に縋らずにはいられない。
「お前、本当に俺がいないと生きていけなくなっちゃったのな」
夜彦は誠を抱き上げて車に運び込むと、後部座席で優しく誠の頭を撫でた。
DV加害者が暴力を振るった後に優しくするのを繰り返して、相手を洗脳するのに近いのかもしれない。
それでも、誠はそんな夜彦を優しいだとか愛しいとはまったく思っていなかった。
誠は夜彦に洗脳されているわけでもなければ、愛しているわけでもない。
だからこそ、この生活は地獄だ。
◇◇◇
「ねぇねぇ、なに黙ってんの? 質問の答えは?」
わざと幼い口調で煽るように尋ねてくる夜彦に向かって、誠は小さな声で「わからない」と答えた。
そもそも誠には、自分のいまの状況が『自分が悠木雅臣にしようとしてたこと』だとは思えない。
誠は雅臣を愛していた。幸せにしてやりたいと思っていた。
そんなことを言えば夜彦はまたケラケラと笑うだろうが、誠の中ではこれが真実だ。
「へぇー、わかんないんだ。仕方ねぇよな。お前クズだもん」
言って、夜彦はくわえた煙草に火をつける。
「なんか不満そうな顔してるけどさぁ、こうなったのって全部お前の責任じゃん? お前が病んだのだって俺のせいじゃないし、むしろお前は俺に感謝すべき立場なんじゃねぇの? この十年面倒見てやって、病院にも連れてってやって、欲しがるもんも全部買ってやってさぁ。ここまでしても俺だけが悪者なの? じゃあ、いまから離婚して精神病院に入院でもする?」
「……そんな話、誰もしてないだろ」
「そういう顔してんだよ、お前は。目は口ほどに物を言うって諺もあるだろ」
そうやって誠を責め立てながらも、実際は離婚する気も、誠を精神病院に送るつもりも夜彦には更々ないのだ。
それを恨めしく思いながらも安堵している自分がいて、誠は悔しさに拳を強く握りしめた。
夜彦は悠々と煙草を燻らせながら、視線を誠からスマートフォンの画面に移す。
「お前みたいなクズに捕まらなくて、悠木雅臣もラッキーだよな。……いや、いまはもう卯月雅臣だっけ? 卯月の方が婿入りしたような噂も聞いたけど、どっちだったっけなぁ……」
「…………」
聞きたくもない話を聞かされるのが嫌で、誠は無言で席を立った。自室に戻るため、夜彦が開けっぱなしにしていたリビングのドアへと向かう。
「不貞寝してもいいけど、ちゃんと時間までには準備済ませとけよ。今日は特別だから」
──なにが特別だ。
背中に投げかけられた言葉に心の中で悪態を吐きつつ、誠は静かにリビングのドアを閉め、二階の自室へと向かう。
自室といっても夜彦の部屋でもあるので自由はないが、いまはとにかく夜彦の口から雅臣の話なんて聞きたくなかった。
一度ベッドを殴り付けてから、そのままその上に倒れ込み、目を閉じる。
また雅臣の夢を見たい。悪夢だっていい。
誠は祈るような気持ちで眠りについた。
しかし、眠ってから夜彦に起こされるまでの間、誠の夢に雅臣が出てくることは一度もなかった。
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