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過去話・後日談・番外編など
十年先 15
しおりを挟む昔より少し髪が伸びていたが、それ以外はなにも変わっていないように見えた。
誠が愛し、誰よりも誠を愛してくれた悠木雅臣がそこにはいた。
ふたりはしばし無言で見つめあう。
雅臣は信じられないものを見るように、唖然と誠を凝視していた。
──雅臣。俺の、たったひとりの……
誠はまるで引き寄せられるかのように、ふらりと一歩踏みだす。そして、雅臣に向かって手を伸しかけた、そのとき──
「こんばんは」
鈴の鳴るような、愛らしく、幼い声だった。
伸ばしかけた手をぴたりと止めた誠が声のした方へと視線を落とすと、そこには可愛らしい少女がいた。
子どものいない誠にはよくわからないが、おそらく小学校低学年くらいだろうか。
淡い水色のワンピースドレスを着て、雅臣の隣に寄り添うように立つ少女は、少し恥ずかしげに微笑んで誠を見上げている。
誠はその天使のように美しくも愛らしい少女の顔にぞっとした。
その顔は誠から雅臣を奪ったあの悪魔のような男とよく似ていて、柔らかい印象の目元と、はにかむような笑い方は雅臣にそっくりだった。
言葉を失った誠はその場に立ち尽くす。
いや、わかってはいたのだ。
あれだけ雅臣に執着していた男と、幸せな家庭を夢見ていた雅臣が番になって、子どもを作らないはずがない。
しかし、想像していたのと、実際にそれが目の前に現れるのとでは、なにもかもが違う。
誠との間には絶対に産まれるはずのなかった存在がそこにいて、微笑んでいる。
そんなはずはないのに、少女の笑みは誠を嘲笑っているかのようだった。
誠がなにも言わないことに不安を覚えたのか、少女は戸惑ったように雅臣を見上げた。
すると、少女を見下ろした雅臣は優しく微笑んで、少女の頭を撫でる。
「真尋、パパのとこに行こうか」
「うん」
そう言って、雅臣は少女の手を取る。
縋るような目で雅臣を見る誠に対して、雅臣は静かに会釈しただけだった。
そして、まったくの赤の他人と目があったときに浮かべるような微笑を顔に貼り付けて、雅臣は素っ気なく誠の横を通り過ぎていく。
誠は呆気に取られたようにその場に留まっていたが、数秒後には我に返り、弾かれたように雅臣を振り返った。
「まっ──」
待ってくれと言おうとしたのか、それとも雅臣の名前を呼ぼうとしたのか──振り返りざま、突然誰かに胸ぐらを掴まれた誠は、それを一瞬で忘れてしまった。
そのまま、会場の中からは死角になるバルコニーの隅に引きずられるように連れていかれ、床に叩きつけるように放られる。
誠は怯えた表情でその男を見上げた。
先ほどの少女によく似たその端麗な顔は、激しい怒りで歪んでいる。
「おい、あのクソサイコパスに言っとけ。今度勝手な真似したら、どんな手使ってでもお前の家ごと潰すってな」
「お、おれは……雅臣に」
「気安く呼ぶな。もうお前のじゃねぇんだよ」
男──十年前よりもずっと大人びて見える卯月総真は、心底不愉快そうに舌打ちをした。
その後、さらなる罵倒を続けるためか、卯月は再び口を開きかけた……が、横目でなにかを見つけたのか、渋々といった様子で口を閉ざす。
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