十年先まで待ってて

リツカ

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書籍化記念SS

しあわせ巣作り 2


 ゆっくりと上昇していくエレベーターの中、腕組みをした総真は点灯する文字盤をイライラと睨んだ。
 こんなことなら、もっと低い階に住めばよかった。愛しい番が今もひとりで苦しんでいるかと思うと、一分一秒ですら惜しい。




『ヒートきたかも』

 雅臣からのメッセージを見た瞬間、総真の胸に最初に込み上げたのはぞくりとした興奮だった。しかし、そのメッセージを受け取ったのが就業時間中となれば、興奮は一瞬で焦りに変わる。
 働き出したらこういうことが起こり得るのは、十分理解していたはずだった。だが、実際にそのときがやってくると、腹立たしくて仕方がない。長年つらい発情期をひとりで耐えてきた雅臣をまたひとりにするなんて、らしくもなく自己嫌悪に襲われそうだった。

 ただ、普段は冷たい上司が総真と同じアルファだったこともあり、こうしてすぐに帰路に着けたのは不幸中の幸いだ。祖父が経営する会社のひとつとはいえ、番の発情期に理解のある大手企業に就職した甲斐がある。

 ──そうこうしているうちに、エレベーターが総真たちの暮らす部屋のフロアへとついた。
 総真は扉が開くと同時にエレベーターから飛び出し、自身の家の鍵を開けようとする。焦っているせいかいつもより時間が掛かった気がして、総真の口からは小さな舌打ちがもれた。

「雅臣っ!」

 ドアを開けると同時に、叫ぶように名前を呼ぶ。しかし、雅臣からの返事はなかった。
 わずかに香るメープルシロップみたいな甘いフェロモンの匂いに、総真の心臓がどくりと音を立てる。靴を雑に脱ぎ捨て、そのまま寝室へと走った。

 寝室の扉を開けると、途端に甘い香りがふわりと総真を包み込む。くらくらしそうな、甘美で愛おしい香りだ。

「……総真?」
「雅臣」

 ベッドの上に座るパジャマ姿の雅臣が、困惑したような顔で総真を見てきた。
 いつもよりぽやーっとした表情がかわいらしい。総真はあわてて雅臣に駆け寄ると、その体を強く抱きしめた。

「遅くなってごめん」
「……抑制剤飲んだから、こんな急いで帰ってこなくても大丈夫だったのに……」
「苦しむお前をひとりにしておけるわけねぇだろ」

 言いながら、雅臣の短い髪を撫でる。
 雅臣はとろんとした目をぱちりと瞬かせたあと、ふくふくと笑う。

「そっか。ありがと」
「どっか苦しいとかないか?」
「ないよ。お前がすぐ帰ってきてくれたから」

 雅臣は甘えるように総真の体にもたれかかってきた。抑制剤を飲んだと言ってはいたが、雅臣の体はすでに熱を持っている。
 総真も朝にアルファ用の抑制剤を服用していたが、愛しい番のフェロモンの前では抑制剤なんてなんの意味も持たない。
 うっとりとした笑みを浮かべた総真は、雅臣の首筋に唇を寄せた。
 そろりと伸ばされた赤い舌が、その首筋を這う直前──雅臣はぽつりと呟く。

「俺、うまくできなかった……」
「へ?」
「……巣作り……失敗した……」

 ──巣作り……?

 若干出鼻をくじかれた気分になりながら、総真は辺りを見回した。
 そこで総真は、自身の私服がベッドのあちこちに散らばっていることに気付く。
 瞬間──ぞくぞくとした興奮が総真の体を駆け巡った。
 はたから見れば、ベッドの上にぐしゃぐしゃになった服が乱雑に放られているだけに思えるだろう。
 しかし総真からしてみれば、そこは自分と雅臣のためだけに用意された、神聖で淫靡な場所だった。

「俺のために作ってくれたの?」

 蜂蜜のように甘ったるい声で問いかけた。
 顔を赤くした雅臣は、目を逸らしたまま小さく頷く。

「……でも、なんかあまりしっくりこないって言うか……他のオメガみたいにうまくできない……」
「他のオメガのことなんてどうでもいいだろ。お前が作ってくれた、俺たちだけの巣なんだから。がんばって作ってくれて、すげぇうれしい」

 総真が抱き締めながら囁くと、腕の中の雅臣は気恥ずかしそうに身動いだ。
 雅臣の口から、熱のこもった吐息がこぼれる。

「お前の花の匂いでいっぱいで、頭がぼおっとする……抑制剤もう効いてるはずなのに……」
「苦しい?」
「そうじゃなくて……」

 とろんとした淡い色の目が、困ったように総真を見上げた。
 言葉を濁した唇から覗く舌がやけに赤く見えて、総真はあふれてきた唾液をごくりと飲み下す。そして、大きな手を雅臣の体に滑らせた。

「っ、あ……」
「どうしてほしい? どうされたい?」
「……キス、してほしい……」
「キスだけでいいの?」
「……いじわる」
「お前が素直にならねぇからだろ」
「キスしてほしいのは本当だもん……」

 ──『本当だもん』って……かわいすぎんだろ……っ。

 発情期のせいでいつもより幼い態度を取る雅臣がかわいくて、総真は雅臣の望み通りその唇を食むように口付けた。
 唇の柔らかさを堪能したあと、歯列を舐め、口内へと舌を挿し込む。雅臣の舌と絡めあって吸い合うたび、いやらしい水音が頭に響いた。
 それから、絡めあっていた舌を一度解いて、今度は舌先で雅臣の上顎を擦るように舐めてやる。
 すると、雅臣の唇から「ンッ……」と苦しげな、それでいて甘い声が響いた。そのまま総真が上顎への愛撫を続けていくと、やがて雅臣の体がびくりと小さく跳ねる。塞がった口からは、くぐもった嬌声がもれていた。
 総真は唇を離し、からかうような笑みを浮かべて雅臣の下腹部を優しく撫でる。

「キスだけで甘イキするなんてやらしいな、雅臣」
「っ、ン、あ……あ……っ」

 とろけた顔を晒したまま、雅臣はひくりと体を震わせていた。半開きの口からは赤い舌が覗いていて、口の端からは総真に注がれた唾液がとろりとこぼれる。

 普段は『性的なことなんて興味ありません』という顔をしているくせに、雅臣の体は快楽に従順だ。熱心に愛撫を施せばそこかしこが性感帯へと変化して、特に発情期は簡単に達するようになってしまう。
 総真は腕の中の雅臣を見つめて舌舐めずりをした。
 本当にどこもかしこも総真好みだ。雅臣としては望まぬ自分の一面だろうが、番が淫乱で困るアルファなんていない。

 総真は目を細めて意地悪く笑う。

「雅臣、どうされたい?」
「あ……」

 雅臣の唇が小さく震えた。
 真っ赤な顔が物欲しげに総真を見上げて、その手がおずおずと自身の下腹部へと伸ばされる。

「……ここ、いっぱいにしてほしい……」
「ここ?」
「っあ……!」

 総真は雅臣の手の甲に自身の手を重ねて、雅臣の下腹部をグッと押した。
 雅臣の足がびくりと跳ね、快感に耐えるように足先が丸まる。
 涙の膜を張った雅臣の瞳が、拗ねたように総真を睨んだ。

「いじわるやだ……」
「ごめん」

 機嫌を取ろうとするように、総真は雅臣の頬や目尻に何度もキスを落とす。
 すると次第に雅臣の目が再びとろんと惚けてきて、甘えるように総真へと頬を擦り寄せてきた。

「そうま……」
「雅臣、かわいいな」

 雅臣の項に顔を埋め、メープルシロップみたいな甘い匂いを思いっきり吸い込む。脳みそがどろどろにとけていくような心地良くも欲を掻き立てるその香りに、腹の底がずしりと重くなるのを感じた。

 総真は腕の中にあった雅臣の体をベッドに押し付け、舐めるように見下ろす。雅臣の目にも自身と同じもどかしい欲が宿っているのを目の当たりにすると、それだけでいっそう体が熱くなる気がした。
 はぁ、と濡れた吐息をこぼした総真は、荒い呼吸まじりに告げる。

「せっかくお前が用意してくれた巣、ぐちゃぐちゃにしちゃうかも……」
「……うん、いいよ。お前に喜んでほしくて作った巣だから」

 雅臣の目がするりと細められた。柔らかく、それでいてどこか扇情的な視線が、総真へと注がれる。

「ぐちゃぐちゃにしていいよ。巣も、俺のことも」
「っ~~お前、ほんっと……!!」

 総真に抱かれるまでなにも知らなかったくせに。日がたつにつれ、雅臣がどんどんいやらしくなっている気がする。それを雅臣に言ってもきっと『お前のせいだ』と言い返されてしまうのだろうが。

 極度の興奮で総真は頭がくらくらした。
 心臓がどくどくと高鳴って、スラックスの中の性器が痛いくらいに勃っているのがわかる。
 総真はフーッと大きく息を吐いた。

「──……どうなっても知らねぇからな」

 ギラついた目で総真がそう言うと、雅臣はどこか挑発的にも見える至極うっとりとした表情で笑った。
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