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第33話

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 その日の晩。静かに寝息を立てるリルフの額に口付けをし、ユースティは部屋を出て書庫へと向かった。

 正直、この屋敷に再び招き入れるつもりはなかったが背に腹はかえられない。今現状で一番頼りになるのは彼しかいないのだから。
 ユースティが書斎のドアを開けると、月明かりに照らされた窓際のソファに横たわる男がこちらに気付いてヒラヒラと手を振った。

「よーっす、ユーウ」
「部屋の明かりくらい付けたらどうなんだ、アレクト」

 ユースティは溜息を吐きながら照明をつけた。
 もう二度と彼とリルフを関わらせるつもりはなかったが、今はそんな個人的な感情で判断してる場合じゃない。

「またこの屋敷に入れる日が来るとは思わなかったよー」
「仕方ないだろ。なるべくリルフから離れたくないんだ。屋敷周辺の結界もまだ完璧じゃない。だからお前を呼んだんだ」
「オレも忙しいんだけどねぇ。ソフィがあれもこれもって仕事を引き受けてきちゃったもんだから……」

 アレクトは深い溜息を吐いた。確かに前に会った時よりも少し痩せたように見える。今まで遊び呆けていたツケが回ってきたんだろう。ユースティはソフィに頭の上がらないアレクトを想像して少し笑いそうになった。

「それで、調査結果は?」
「あー、それね。やっぱりユウの想像通りだったよ。言われた通りの対処はしておいた」
「そうか、助かる。居場所の特定は?」
「そっちはまだ。逃げ足が早い連中でさ、結構苦戦してるんだよ」
「お前がそこまで苦労するとはな」
「腹立つよねぇ。おかげでちょっとマジになってきたよ」

 アレクトがここまで苛立ちを表に出すことは珍しい。いつもヘラヘラして女遊びばかりしている彼が本気を出して事に当たってくれるのであれば、頼もしい限りだ。
 しかし、そんな彼でも苦戦を強いられている。これは由々しき事態だ。

「リルフちゃんに関してだけ言えば、さっさと呪いを解いちゃえばいいんじゃないの? 前にあげた魔宝石使えばいいんだし」
「ああ。確かにそれはお前の言う通りだ。私も彼女の発情が起きるタイミングを待ってる場合ではないのかもしれないが……」
「まぁ、発情したときに血を飲ます方が確かに確実ではあるけどね。でも、いつあの子が狙われるかわかんないし、呪いさえ解いちゃえばもう普通の女の子だ。そうなったら連中も相手にしないだろ」
「そう、だと思うが……しかしサキュバスに呪われた一族であることに変わりはない。私たちの予想外のことをする可能性もあるだろう」

 いま呪いを解いたとしても油断は出来ない。悪魔を崇拝する者達が何を考えているかなんて分からないし、用心することに越したことはない。
 だが、魔法使いの目線から見ても呪われていた魂というだけで調べる価値はある。

「でーもさ、これからどうする? 魔法使いなんて黙ってればただの人だし、魔力を察ししようにも相手に一度でも会わないと分からないし」
「隠れることに長けているようだな。しかし、ここ最近は人攫いの話も少なくない。このまま野放しにしてはおけない」
「次に攫う人が分かれば跡を付けられるのにねぇ」
「囮にするというのか。そんな危ないこと……」
「それくらいしないと解決しようがないってことー」
「しかし、誰が狙われているかなんて分からないだろ。攫われた人達の共通点はない。ただ生贄にするためだけに狙われたとしか……」
「黒魔術に明るい人でもいれば何か分かりそうなんだけどねぇ」

 二人は腕を組んで「うーん」と唸った。
 手掛かりが少なすぎる。お互いに黒魔術に関して調べたこともなく、知りたいと思ったことすらない。
 そもそも黒魔術は禁術だ。記された文献は少なく、それも魔術教会の資料館に厳重に保管されている。
 だが魔術教会でも全ての禁術書を保管出来ている訳ではない。どこかの誰かが隠し持っている場合もある。

「いっそ、誰かにリルフちゃんの影武者でもさせる?」
「誰がそんな危険な役を引き受けてくれると言うんだ」
「ソフィなら進んでやってくれそうだけどね」
「…………それは、否定しないが」
「頼んでみる? もうそれしか方法なくない?」
「……気は進まないが……だったら彼女に追跡魔法と防御強化の魔法を」
「そんなにガッチガチにしたら相手に気付かれちゃうよ。向こうだって魔法を使うんだろうし、黒魔術で何ができるか分からないけど、無効化とかされたら意味無いだろ」
「そ、そうか……だが何もしない訳にはいかない。無防備な状態で囮になど……」

 再び二人は頭を悩ませた。
 あまり時間をかけていられない。こうしている間に誰かがまた攫われてしまう。
 しかし無作に突っ込んでいくことも出来ない。ソフィを囮役にしたとして、確実に彼女を助け出せる作戦を立てなければいけない。

「まぁ、ソフィだったら何とかなりそうな気がしちゃうけどね」
「確かにどうにかしてしまいそうだが、それはイメージだろ。彼女は非力な女性だ。攻撃魔法も使えないし、複数人の男にでも囲まれたら敵わない」
「分かってるよ。オレだって彼女に危険なことさせるつもりはない。これでも一応、オレにだって婚約者を大切に思う気持ちくらいはあるんだよ」

 アレクトは少しだけ頬を赤くしながらそう言った。
 そんなこと、ユースティにだって分かっている。囮作戦なんてしたくはない。

「……どうするかな」
「どーしようねぇ」

 二人の重い溜息が部屋に響いた。



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