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第32話

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「……」
「あの……ユースティ様?」

 翌朝。朝ごはんを準備しようと部屋から出ると、先に起きていたユースティが玄関先で眉間に深い皺を寄せながら手紙に目を通していた。
 さっきからリルフが何度も声をかけているのに反応がない。一体何が書かれているのか気になるが、さすがに勝手に覗き込むのはお行儀が悪いと遠慮した。

「……参ったな」
「何がですか?」
「ああ、リルフ。すまないね、いつからそこに?」
「さっきからずっと声を掛けていたのですが……何かあったのですか?」
「うん、ちょっとね……学院の方から連絡があって、少し面倒なことが起きたみたい」

 頭をガシガシと掻きながら、ユースティは深い溜息を吐いた。
 相当困っているのか、さっきから何度も小さな声で「うーん」と唸っている。

「あ、あの……私が聞いても分からないことだろうとは思いますが……何があったんですか?」
「いや、君にも関係のあることだから聞いてほしい」
「え?」
「昔から厄介な集団がいてね。とは言ってもそこまで危険視するほどのものではなかったんだけど、ここ最近になって活動が活発的になっているみたいなんだ」
「一体、どんな方たちなんですか?」

 リルフの問いに、ユースティは小さく息を吐いた。

「……悪魔を崇高する集団だよ」
「あ、悪魔……?」
「ああ。黒魔術を研究しているみたいで、人を攫って悪魔召喚の生贄にしていると噂で聞いたことがある。だが噂とはいえ異端な魔術に手を染めている者を放置しておけない。魔術協会でも彼らのアジトを探していたんだが中々見つからなくてね」
「そうなのですか……」
「万が一、君のことが知られていたら狙われてしまう可能性がある。だからリルフ、暫くはこの屋敷から出ないでほしい」
「え?」

 リルフは驚いて声を上げた。
 言ってる意味がすぐに理解できなかったが、考えてみれば当然だ。リルフは悪魔であるサキュバスに呪われている。悪魔を崇拝している者たちからすれば、喉から手が出るほど欲しい人材だろう。もし攫われでもしたら、その体を散々調べられ、とても口には出来ないような惨いことをさせられるかもしれない。
 想像しただけで怖くなる。リルフは震える体を両手で抱きしめた。

「ああ、申し訳ない。怖がらせたい訳じゃなかったんだが……この屋敷には魔法で結界も張ってある。それに私も君のそばにいる。もし私が外に出なくてはいけないときがあれば必ず誰か護衛を付ける。だから安心するといい」
「ユースティ様……」
「普段のリルフからは魔力も感じないし、知られている可能性は低いだろう。ただ君に何かあったら困るからね」
「分かりました、気を付けます」

 アレクトの一件もあり、リルフは油断しないように気を引き締めた。
 また自分は大丈夫だなんて気を抜いてユースティに迷惑をかけるようなことがあったらいけない。それに今回はアレクトよりもヤバい集団だ。警戒しすぎて困ることもない。

「それにしても、なんで急に表に出てくるようになったんだろうか……」
「ま、まさか私のご先祖様のように悪魔と遭遇してしまったとか、本当に悪魔を召喚してしまったとかでしょうか?」
「そんなわけ……と言いたいところだけど、君の先祖のような実例がある以上、否定はできないな。私は黒魔術に関して詳しくないから悪魔召喚の成功率も分からないし……」
「私もこんな体でなければ信じられなかったかもしれないです」

 悪魔なんて言葉、耳にすることも早々ない。黒魔術自体が禁術とされていて、誰も口にすらしようとしないのだから。
 だがいつの時代にも禁じられたことを調べようとする輩はいる。リルフの先祖を襲ったサキュバスも誰かが召喚したであろう悪魔だ。それに巻き込まれてしまった先祖に関しては残念だったとしか言えない。

「それにしても、なんで悪魔なんかに興味を持ってしまうんだろうね。召喚が成功したって殺されるのがオチだというのに」
「怖いもの見たさ、とかでしょうか?」
「何なんだろうね。自分たちなら大丈夫っていう根拠のない自信があるとか、かな?」

 ユースティは肩を竦め、リルフの肩をそっと抱きしめた。
 もう少しで呪いが解けるかもしれないのに、こんなところで余計な邪魔なんて入ってほしくない。
 これ以上、リルフを苦しめたくない。
 何としてでも、守り抜きたい。
 ユースティはリルフの髪に顔を埋め、目を閉じた。

「こんなことになる前に、君の呪いを解くことが出来ていたら……ごめんよ」
「そんな……ユースティ様は何も悪くないです、謝らないでください。ユースティ様がそばにいてくれれば、私は怖くないです」
「リルフ……」
「もし私にもお手伝いできることがあったら言ってくださいね」
「ありがとう。でもその気持ちだけで十分だよ。さ、私のせいで朝食が遅くなってしまったね、一緒に準備しようか」
「はい」

 ユースティに肩を抱かれたまま、キッチンへと向かった。
 今は余計な心配をさせたくない。何事もないまま、早いこと集団を捕まえることが出来ればいいのに。ユースティはそう願いながら、屋敷の結界を強化する術式を頭の中で考えていた。


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