10 / 51
前編
うつつだからもどれない
しおりを挟む
さて、話を戻そうか。
【彼】と【主人】が結婚したことで、【彼】には怒涛の勢いで不幸が押し寄せて来たんだ。
それこそ、【彼】自身が溺れてしまう程に。
そうだね。
まず最初の不幸は、【主人】の本命だと名乗る【彼女】が現れたことだ。
どこにでも居るような、黒髪短髪で特徴らしい特徴なんてそばかすと低い鼻位しかないような【彼】とは違い、兎の獣人の【彼女】は大きな目に小さな顔、思わず触れたくなるようなふっくらとした頬。
何もかもが愛らしくて、誰も彼もが当然【主人】は【彼女】を選ぶよなと納得した。
それは、【彼】もそうだった。
黒狼の獣人である【主人】は、その逞しい身体にキリっとした太い眉とグレーの瞳。
そしてまるで夜の女神の衣のような美しい光沢のある黒髪。
しっかりと通った鼻筋も相俟って、まさに理想の獣人だったのだから。
そんな【主人】に【彼】は相応しくない。
きっとあんなにもお似合いな二人を無理矢理引き離したに違いない
【彼女】と【主人】に憧れていたある一人のメイドが放った無責任で事実無根な噂は、留まることを知らずに屋敷中に伝播していく。
曰く、金と権力で【主人】と【彼女】を引き裂いた卑怯者
曰く、金遣いがとても悪く屋敷の金も湯水のように使うつもりの泥棒猫
曰く、屋敷の金を幾人も居る愛人に使っている最低な人間
どれもこれもが事実無根。
そもそも、少し考えれば分かる話だったんだよ。
この結婚話は元々王命で進められた話であったし、そもそも【彼】は【主人】も知らぬ不幸が原因で屋敷から一歩も出ていないというのにね。
それでも山火事と一緒だ。
一度付けられた火は、一瞬で全て飲み込んでいく。
新婚早々出陣を命じられ、不在となった【主人】を置き去りに。
【主人】の為だと大義名分を持ち出して。
まずは【主人】が【彼】に宛てた手紙を奪い、【彼女】が返信をした。
その内容を見れば誰もが噂は事実無根だと気付けたのに、【彼女】が言葉巧みに誘導して中身を見せなかったので誰も気付けなかった。
【主人】が【彼】に向けた愛の言葉は、そうすることで全て【彼女】のモノになった。
【彼】が時折【主人】に宛てた助けを乞う言葉や愛の言葉は、全て【彼女】の新派が握り潰したので【主人】には何一つ届かない。
【主人】が何も不自由なく【彼】が暮らせるようにと送った金の殆どは、【彼女】や【彼女】の新派が着服していた。
それを全て【主人】が知ったのは、もうどうしようもなくなった後。
つまり、【彼】が死んだ後。
それも屋敷に居た全員を拷問した後だった。
遅いよね、今更だよね。
そんなことしたって【彼】は目を覚まさない。
誰よりも純粋に幸せを願った【彼】は、冷たい床の上で固く醜くなっていく。
【■しい■】が、自分の所為で死んだ。
それは【■】を大事にする獣人にとっては、耐え難い事実だった。
せめて、せめて自分が傍に居れば―――
そう思った直後、ふと、気付く。
「あの子の家族は、何をしている?」
【主人】の拷問で、息も絶え絶えな執事長にそう聞いた。
【彼】の家族は【彼】をとても愛していた。
【彼】の兄で自分とは違う部隊に所属している先輩騎士は、結婚した際は泣きながら【彼】を泣かせたら許さないからと言っていた。
そう言えば、戦場で【彼】の兄を見たか?
「………ご存知、ないの、ですか?」
「何が、だ。」
弱い呼吸を繰り返しながら、執事長は【主人】に問うた。
その瞬間、漸く執事長は気付くのだ。
自分達のしたことの、愚かさを。
「おとり潰しになりました………あの方の目の前で、みな、処刑されてます………」
「どうしてだ!」
何故かは執事も分からなかった。
ただ、【主人】が出陣した翌日に、【彼】は兵士達に囚われ連れて行かれた。
だから自分達は、【彼女】の噂は真実なのだと誤解してしまったのだ。
しかし執事はそれは告げなかった。
言い訳にしか、ならなかったのだから。
「………王命、です」
それが執事長の最期の言葉だった。
屋敷中に響く、慟哭にも似た遠吠え。
湧き上がる怒りと衝動のまま、【主人】は屋敷の者達を皆殺しにした。
それでも、怒りの炎は消えることは無かった。
殺してやろうと思った。
【彼】を不幸にした存在は全て。
自分自身も含めて。
愚かだよね。
殺したって、どうしようもないのに。
【彼】と【主人】が結婚したことで、【彼】には怒涛の勢いで不幸が押し寄せて来たんだ。
それこそ、【彼】自身が溺れてしまう程に。
そうだね。
まず最初の不幸は、【主人】の本命だと名乗る【彼女】が現れたことだ。
どこにでも居るような、黒髪短髪で特徴らしい特徴なんてそばかすと低い鼻位しかないような【彼】とは違い、兎の獣人の【彼女】は大きな目に小さな顔、思わず触れたくなるようなふっくらとした頬。
何もかもが愛らしくて、誰も彼もが当然【主人】は【彼女】を選ぶよなと納得した。
それは、【彼】もそうだった。
黒狼の獣人である【主人】は、その逞しい身体にキリっとした太い眉とグレーの瞳。
そしてまるで夜の女神の衣のような美しい光沢のある黒髪。
しっかりと通った鼻筋も相俟って、まさに理想の獣人だったのだから。
そんな【主人】に【彼】は相応しくない。
きっとあんなにもお似合いな二人を無理矢理引き離したに違いない
【彼女】と【主人】に憧れていたある一人のメイドが放った無責任で事実無根な噂は、留まることを知らずに屋敷中に伝播していく。
曰く、金と権力で【主人】と【彼女】を引き裂いた卑怯者
曰く、金遣いがとても悪く屋敷の金も湯水のように使うつもりの泥棒猫
曰く、屋敷の金を幾人も居る愛人に使っている最低な人間
どれもこれもが事実無根。
そもそも、少し考えれば分かる話だったんだよ。
この結婚話は元々王命で進められた話であったし、そもそも【彼】は【主人】も知らぬ不幸が原因で屋敷から一歩も出ていないというのにね。
それでも山火事と一緒だ。
一度付けられた火は、一瞬で全て飲み込んでいく。
新婚早々出陣を命じられ、不在となった【主人】を置き去りに。
【主人】の為だと大義名分を持ち出して。
まずは【主人】が【彼】に宛てた手紙を奪い、【彼女】が返信をした。
その内容を見れば誰もが噂は事実無根だと気付けたのに、【彼女】が言葉巧みに誘導して中身を見せなかったので誰も気付けなかった。
【主人】が【彼】に向けた愛の言葉は、そうすることで全て【彼女】のモノになった。
【彼】が時折【主人】に宛てた助けを乞う言葉や愛の言葉は、全て【彼女】の新派が握り潰したので【主人】には何一つ届かない。
【主人】が何も不自由なく【彼】が暮らせるようにと送った金の殆どは、【彼女】や【彼女】の新派が着服していた。
それを全て【主人】が知ったのは、もうどうしようもなくなった後。
つまり、【彼】が死んだ後。
それも屋敷に居た全員を拷問した後だった。
遅いよね、今更だよね。
そんなことしたって【彼】は目を覚まさない。
誰よりも純粋に幸せを願った【彼】は、冷たい床の上で固く醜くなっていく。
【■しい■】が、自分の所為で死んだ。
それは【■】を大事にする獣人にとっては、耐え難い事実だった。
せめて、せめて自分が傍に居れば―――
そう思った直後、ふと、気付く。
「あの子の家族は、何をしている?」
【主人】の拷問で、息も絶え絶えな執事長にそう聞いた。
【彼】の家族は【彼】をとても愛していた。
【彼】の兄で自分とは違う部隊に所属している先輩騎士は、結婚した際は泣きながら【彼】を泣かせたら許さないからと言っていた。
そう言えば、戦場で【彼】の兄を見たか?
「………ご存知、ないの、ですか?」
「何が、だ。」
弱い呼吸を繰り返しながら、執事長は【主人】に問うた。
その瞬間、漸く執事長は気付くのだ。
自分達のしたことの、愚かさを。
「おとり潰しになりました………あの方の目の前で、みな、処刑されてます………」
「どうしてだ!」
何故かは執事も分からなかった。
ただ、【主人】が出陣した翌日に、【彼】は兵士達に囚われ連れて行かれた。
だから自分達は、【彼女】の噂は真実なのだと誤解してしまったのだ。
しかし執事はそれは告げなかった。
言い訳にしか、ならなかったのだから。
「………王命、です」
それが執事長の最期の言葉だった。
屋敷中に響く、慟哭にも似た遠吠え。
湧き上がる怒りと衝動のまま、【主人】は屋敷の者達を皆殺しにした。
それでも、怒りの炎は消えることは無かった。
殺してやろうと思った。
【彼】を不幸にした存在は全て。
自分自身も含めて。
愚かだよね。
殺したって、どうしようもないのに。
164
あなたにおすすめの小説
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました
2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。
様々な形での応援ありがとうございます!
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる