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7歳の夏
レポート1:パープルスライム
しおりを挟む―――パープルスライムの朝は早い。
いや、パープルスライム自体の朝はそんなに早くないのだが、それでも夜明けと共にウィルから起こされ抱き上げられることから始まる。
捕食の時間だからだ。
まだ小さく弱いパープルスライムは、夜が明けて弱った状態の闇妖精と闇の小精霊でないと捕食出来ない。
しかし、完全に明けてしまうと光を厭うそれらは姿を消してしまう。
なのでウィルがわざわざ起こしてやって、瘴気がまだ残っている場所へと向かうのだ。
「セドリック、起きろ。パープルスライムに付き合うんだろ?」
「んんっ………お、きまっ………」
客間で寝ているセドリックをウィルが起こしている間、パープルスライムはうごうごとウィルの腕の中で蠢いた。
まだ眠かったのだ。
お腹はくぅっと空いている。
食べたいとも思う。
しかしそれ以上に、ニールやヘルギだって寝てるのになんで自分は起きなきゃいけないんだという不満しかない。
ごはんがこっちにきたらいいのに。
「不満そう。」
「他のパープルスライムは夜行性だからな。あまり朝が得意じゃないんだろ。とはいえ、食べなきゃ大きくなれないからな。」
パープルスライムは瘴気まで眠ろうと思ったのに、セドリックがツンツンと突くから眠れやしなかった。
もぞもぞとボディを動かして、ウィルの腕の中に潜るような素振りを見せる。
そんなパープルスライムに苦笑しながら、ウィルは優しく撫でてくれる。
ニールと同じくらいに優しくて、ニールよりも大きな掌。
パープルスライムは初めて会った時から、ニールとウィルが好きだった。
気が付けばぽつんと一人ぼっちだった牧場裏の森の中。
夜は闇妖精が引っ張ったりして意地悪してくるから怖くて、いつも瘴気からは少し離れた木の洞で朝が明けるのを待って、じんわりと明るくなってから隠れそびれた闇妖精や闇の小精霊を急いで捕食して木の洞に戻る。
その繰り返しの日々だった。
昼に現れるモンスターに、夜に現れるモンスターに怯える日々。
そんな日々の中でふと、パープルスライムは動こうと思った。
どこに向かうのか分からない。
でも小さなボディを必死に動かして、いっぱい怖い目に遭って、そうしてようやく、あの家に着いた。
もちもちぽてぽてと進んだ先に、自分じゃないスライムと人間が居た。
自分じゃないスライムはどっちも大きくて、でも、不思議と全然怖くなかった。
膝の上に乗せて抱っこしてくれた人間よりも大きな人間が抱き上げて、ぐんぐんと遠くなる視界はちょっぴり怖かったけど大きな人間はちっとも怖くなかった。
きっと居なくなった家族はここなんだと、パープルスライムは思った。
きっとみんな、まいごになってここにきたんだ。
だって、こんなにひろいんだから。しかたない。
でももうだいじょうぶ。みんないっしょ。ごはんもおとうさんといっしょ。
パープルスライムはいつもそう思いながら朝ご飯として瘴気に向かっていた。
寝ぐずりは起こすが、この時間は大好きなのだ。
「ほら、食べてこい。」
地面に下ろされたパープルスライムは、えっちらおっちらと瘴気へ向かう。
今日の瘴気は地面にあったので楽だ。
木の幹とかに湧いた瘴気は、あまり好きじゃない。
「おー、上手に食べるねぇ。」
「まぁ、食うのは上手いな。食うのは。」
まだ瘴気に群がっていた闇妖精を、ゆっくりゆっくり取り込んで消化する。
足からじっくり消化液で溶かすのは、そっちの方が核に触れられる可能性が少ないからだ。
一体の半分程を消化したら、もう一体取り込みながらゆっくり溶かす。
三体も捕食したら、もうお腹いっぱいだった。
「え?戻って来たけど………まだ残ってない?」
「残ってる。残ってるんだが、二体から三体で限界なんだよ。」
ちょっとだけ重くなったボディをえっちらおっちらと動かしながら戻って来たパープルスライムを、ウィルはなるべく負担にならないように抱き上げた。
「朝しか捕食してないんでしょ?足りるの?」
「分からん。ヘルギはもっと食べるから、明らかに少食なのは分かるんだが………」
もうお腹いっぱいで眠たくなったパープルスライムは、ウィルに早く帰りたいと強請るようにグリグリと顎にボディを懐かせた。
おなかいっぱい。おとうさん、かえろう。ねむねむ。
概ねこんな感じ。
「そうなると大きくなるまでかなり時間掛かるかもね。うーん………」
顎に指を添え考えるセドリックに、何を言っているんだろうとパープルスライムは思った。
明日にでも、シグルド位の大きさになるんだから何の心配も無いのだ。
尚、そんな事実はどこにもない。
「あ、そうだ。ちょっと試したいことあるんだけど、良い?」
「あ?」
ゴソゴソと、何やら空っぽの瓶を取り出しながらセドリックはウィルに提案した。
それはただ知的好奇心を満たしたいだけの提案だったのだが、パープルスライムのこれからのスライム生を大きく変える提案になるのだが、今のところその事実を知る者は誰も居ない。
当事者であるパープルスライムでさえも。
いや、パープルスライム自体の朝はそんなに早くないのだが、それでも夜明けと共にウィルから起こされ抱き上げられることから始まる。
捕食の時間だからだ。
まだ小さく弱いパープルスライムは、夜が明けて弱った状態の闇妖精と闇の小精霊でないと捕食出来ない。
しかし、完全に明けてしまうと光を厭うそれらは姿を消してしまう。
なのでウィルがわざわざ起こしてやって、瘴気がまだ残っている場所へと向かうのだ。
「セドリック、起きろ。パープルスライムに付き合うんだろ?」
「んんっ………お、きまっ………」
客間で寝ているセドリックをウィルが起こしている間、パープルスライムはうごうごとウィルの腕の中で蠢いた。
まだ眠かったのだ。
お腹はくぅっと空いている。
食べたいとも思う。
しかしそれ以上に、ニールやヘルギだって寝てるのになんで自分は起きなきゃいけないんだという不満しかない。
ごはんがこっちにきたらいいのに。
「不満そう。」
「他のパープルスライムは夜行性だからな。あまり朝が得意じゃないんだろ。とはいえ、食べなきゃ大きくなれないからな。」
パープルスライムは瘴気まで眠ろうと思ったのに、セドリックがツンツンと突くから眠れやしなかった。
もぞもぞとボディを動かして、ウィルの腕の中に潜るような素振りを見せる。
そんなパープルスライムに苦笑しながら、ウィルは優しく撫でてくれる。
ニールと同じくらいに優しくて、ニールよりも大きな掌。
パープルスライムは初めて会った時から、ニールとウィルが好きだった。
気が付けばぽつんと一人ぼっちだった牧場裏の森の中。
夜は闇妖精が引っ張ったりして意地悪してくるから怖くて、いつも瘴気からは少し離れた木の洞で朝が明けるのを待って、じんわりと明るくなってから隠れそびれた闇妖精や闇の小精霊を急いで捕食して木の洞に戻る。
その繰り返しの日々だった。
昼に現れるモンスターに、夜に現れるモンスターに怯える日々。
そんな日々の中でふと、パープルスライムは動こうと思った。
どこに向かうのか分からない。
でも小さなボディを必死に動かして、いっぱい怖い目に遭って、そうしてようやく、あの家に着いた。
もちもちぽてぽてと進んだ先に、自分じゃないスライムと人間が居た。
自分じゃないスライムはどっちも大きくて、でも、不思議と全然怖くなかった。
膝の上に乗せて抱っこしてくれた人間よりも大きな人間が抱き上げて、ぐんぐんと遠くなる視界はちょっぴり怖かったけど大きな人間はちっとも怖くなかった。
きっと居なくなった家族はここなんだと、パープルスライムは思った。
きっとみんな、まいごになってここにきたんだ。
だって、こんなにひろいんだから。しかたない。
でももうだいじょうぶ。みんないっしょ。ごはんもおとうさんといっしょ。
パープルスライムはいつもそう思いながら朝ご飯として瘴気に向かっていた。
寝ぐずりは起こすが、この時間は大好きなのだ。
「ほら、食べてこい。」
地面に下ろされたパープルスライムは、えっちらおっちらと瘴気へ向かう。
今日の瘴気は地面にあったので楽だ。
木の幹とかに湧いた瘴気は、あまり好きじゃない。
「おー、上手に食べるねぇ。」
「まぁ、食うのは上手いな。食うのは。」
まだ瘴気に群がっていた闇妖精を、ゆっくりゆっくり取り込んで消化する。
足からじっくり消化液で溶かすのは、そっちの方が核に触れられる可能性が少ないからだ。
一体の半分程を消化したら、もう一体取り込みながらゆっくり溶かす。
三体も捕食したら、もうお腹いっぱいだった。
「え?戻って来たけど………まだ残ってない?」
「残ってる。残ってるんだが、二体から三体で限界なんだよ。」
ちょっとだけ重くなったボディをえっちらおっちらと動かしながら戻って来たパープルスライムを、ウィルはなるべく負担にならないように抱き上げた。
「朝しか捕食してないんでしょ?足りるの?」
「分からん。ヘルギはもっと食べるから、明らかに少食なのは分かるんだが………」
もうお腹いっぱいで眠たくなったパープルスライムは、ウィルに早く帰りたいと強請るようにグリグリと顎にボディを懐かせた。
おなかいっぱい。おとうさん、かえろう。ねむねむ。
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「そうなると大きくなるまでかなり時間掛かるかもね。うーん………」
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明日にでも、シグルド位の大きさになるんだから何の心配も無いのだ。
尚、そんな事実はどこにもない。
「あ、そうだ。ちょっと試したいことあるんだけど、良い?」
「あ?」
ゴソゴソと、何やら空っぽの瓶を取り出しながらセドリックはウィルに提案した。
それはただ知的好奇心を満たしたいだけの提案だったのだが、パープルスライムのこれからのスライム生を大きく変える提案になるのだが、今のところその事実を知る者は誰も居ない。
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