人参のグラッセを一個

かかし

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あの後すぐに駆けつけてくれた救急隊員の人に救急車で運ばれて、俺は病院で検査を受けることとなった。
救急車なんて大袈裟だし悪いと思ったけれど、捻っただけと思っていた足首がみるみる腫れだしのが、原因だった。
看護師さん達の介助を受けながら検査着を着ていると、ひゅっと息を飲む音が聞こえた。
あーあ、だから嫌だったのに。
渡邊さんとオーナーだけが知る秘密は、とうとう白日のもとに晒されてしまった。

「検査結果が出るまで、コチラでお待ちください。」

あっちにこっちにと車椅子で連れて行かれ、待合室に戻される。
始めてだけど検査が嫌いになりそうと思いながら待合室を見渡せば、渡邊さんとオーナーが居た。
相変わらず何故か俺の両親と担任………あと弟も一緒に。

「ちぃちゃん!」

車椅子でそっちに行こうとした俺に、渡邊さんは真っ先に気付いて駆け寄ってくれた。
押してくれていた看護師さんと代わると、渡邊さんはゆっくりと押してオーナーの所へと連れていってくれた。

「ちぃ、どうだったー?」

ふわふわと笑ういつものオーナーにホッとする。
オーナーのヤクザモードは格好良いけど緊張するからあまり好きじゃない。
検査終わるまで待っててって言われた旨を伝えると、そうかそうかと頭を撫でてくれた。

「実はここにねー、ほんの少し前まで警察の人がいたのー。でもさっき病院のせんせーに呼ばれて行った。なんでか分かるよねー。」

オーナーの言葉に、両親と担任がビクリと体をふるわせた。
分かりやすい動揺だなと思いつつ、俺は首を縦に動かす。
見られてしまった【秘密】、呼ばれた警察官。
両親と担任の分かりやすい動揺。
簡単な話だ。
イジメか虐待の可能性で情報共有が行われ、そして警察が戻ってきたら両親と担任が事情聴取されるんだろう。
恐らく弟の件は完全なる誤算。
オーナーの元々の狙いは、最初から警察に可能性の認知をさせる事にあったんだろう。

「そもそもずっと不思議に思ってたんだー、俺。」

ニコニコと、オーナーは笑いながら俺の頭を撫でる。
でもけしてご機嫌な訳ではない。
寧ろ怒っているのだ。
俺にじゃない。
俺と渡邊さん以外の人間に。

「ちぃ、俺の質問にちゃんと答えてねー。」
「うん。」
「俺の名前は?」
「石重忠恒(いししげただつね)さん。」

最初聞いた時古風だなと思ったし、逆に覚えにくいなと思っててオーナーと呼んで誤魔化してた。
でも一生懸命覚えたのだ。
抜き打ちテストするって言われたから。
一度もされなかったけど………いや、これもしかしたら数年越しの抜き打ちテストなのか?

「じゃあ後ろのアホはー?」
「オーナーひどい」
「渡邊愛永さん」

俺の好きな人、大好きな人、かけがえのない人。
誰にも取られたくない。
俺だけの人。
そして俺は、この人だけのモノだ。

「俺の時より食い気味で答えててウケるんだけどー。じゃあさぁ、じゃあさぁ」

―――君の両親と弟の名前は?
オーナーの質問の意図が、漸く分かった。
看護師さんが固唾を飲んで見守る気配がする。
答えたくない。
オーナーはちゃんと答えるように言った。
俺にとって渡邊さんの言葉は最優先だが、次に従わないといけないのはオーナーの言葉だ。

「わかっ………分かりま、せん………」

苗字が杉村なのは知ってる。
俺が杉村だからだ。
そもそも俺が杉村千草という名前なのは、小学校の頃に漸く知ったのだ。
両親も弟も、ずっと俺を呼んではくれなかった。
弟の名前が飛び交う団欒の場に俺が加わることは許されなかった。

オーナーが聞いたのが両親の名前だけならまだ誤魔化しが聞いた。
高校生にもなってどうかと思うが、それでもお父さんとお母さんの名前はお父さんとお母さんですで誤魔化せるから。
でも双子の兄弟の名前が分からないはどう足掻いても誤魔化しが効かない。
俺はオーナーや渡邊さんに【帰りたくない】事は言っているけれど、【居ないもの扱いされている】事は一度たりとも言ったことはない。
でも俺は弟の名前を知らないから、弟の事は【弟】と呼んでいた。
オーナーは、きっと渡邊さんも、ずっとそれが引っかかっていたのだろう………。

「ピーチ聞いたー?」
「ピーチって言うな阿呆。百瀬さんと呼べ。クソが、面倒な案件持ち込みやがって。」

突然聞こえた知らない人の声に驚けば、スーツ姿のイカつい男性が検査の時に見た医者と一緒にこっちに歩いてきた。
………検査が終わったのだろうか。
そもそも何の検査だったんだろう。
俺が怪我した箇所は足だけなのに。

「千草くん、渡邊さんと一緒にこっちに来てくれるかな。」
「………お前に渡邊さんとか言われるとしこたま気持ちが悪い。」
「うるさいよ、愛永。お前の顔の方がよっぽど気持ちが悪い。」

さっきのスーツの人も含めて知り合い、なのだろうか。
そんな疑問が顔に出ていたのか、医者が幼馴染なんだと答えた。
………つまりあのスーツの人もこの医者も、元ヤンか。

「そんな!そんなのは事実無根だ!!!」

突然、父親の怒鳴り声が院内に響いた。
待合室に居た他の人達がチラチラとこっちを見ている。
恥ずかしくないのだろうか、世間体を気にする癖に。
医者と渡邊さんに連れられて診察室に入る直前にも、父親の怒声と母親の金切り声が聞こえた。
でも他の看護師さんの院内ではお静かに願いますという注意の言葉と共に診察室の扉が閉まったので、それ以上は何も分からなかった。
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