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ようこそ、ここは―――
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―――俺はよくある異世界転移者だ。
とはいえ別にトラックに轢かれたとかじゃないし、すっごいチートを持ってる訳じゃない。
誰かの転移に巻き込まれた訳じゃないし、異世界転移した先にあったのは煌びやかな王宮でもなかった。
じゃあ真っ暗な森の中で、魔獣に襲われそうになったのかと言われるとそうでもない。
普通に出勤中に歩いてたら街外れの、でも人通りのそこそこ多い森の中に転移させられた訳だ。
誰からも事情を説明されておらず、軽くパニックを起こす俺を拾ったのは優しい老夫婦………でもなく、目が不自由で街の人達から忌避されている少女だった。
何もかも普通じゃない環境に放り出された俺は、それでも少女………アンナと寄り添い懸命に生きることを決めた。
それしか選択肢はなかったとも言える。
初めのうちは厄介者である少女が得体の知れない人間を連れて来たと警戒していた街の人達も、俺が毎日毎日必死に仕事を請うては低賃金でもこなすことでその警戒をなんとか和らげることが出来た。
警戒すること、忌避すること、憎むこと、怒ること。
それらは想像以上にエネルギーを使い、やがて疲れ果ててしまう。
街の人達も警戒を無くした訳では無いけれど、俺達を常に見張ることはしなくなっていった。
仕事と言っても、俺は基本的に雇い主の店には行かないという姿勢を貫いてるのも警戒を弛める理由にはなってると思う。
俺自身が窃盗等の濡れ衣を着せられないようにする為のものだが、俺みたいなのが何時間も傍に居ない、でも仕事は仕上がってるというのは住民たちにとっても楽なことなんだろう。
雑務ばかりだから、店内の効率も上がるのかもしれない。
俺としては濡れ衣を着せられる可能性も減らせるし、アンナの傍に居れる。
一石二鳥だった。
アンナは盲目だが、きっと誰よりも自立した人だ。
俺の手なんて借りなくても、生きていける。
寧ろ俺という世間知らずこそ、アンナの足でまといになっていた。
けれどもアンナは其れで良いのだと笑う。
傍に居て、話し相手になってくれるだけで良いのだと。
その言葉は俺が常に願っていた言葉で、アンナはただ寂しかっただけだからそう言ったのかもしれないが、俺にとっては救いの言葉のように聞こえていた。
「シュー、ご飯にしましょう。」
仕事を淡々と処理する俺に、アンナがそう声を掛ける。
俺の名前は柊弥だが、この世界の人達的には発音しにくいらしく俺は【シュー】と名乗ることにした。
別の世界、別の名前。
なんだか元の世界を捨てたような気分になったが、不思議と悲しみや寂しさは出てこなかった。
俺はどこにでも居る普通の陰キャで、どこにでも居る普通の非モテで、どこにでも居る子供に関心のない両親の下で育った男だったからかもしれない。
元の世界に、そこまでの未練は思い付かなかった。
特別なことなんて何一つ無い。
もしあるとすれば、性自認がゲイであることか。
でも言い方は悪いけどゲイなんてどこにでも居る。
オープンにしてるか隠してるかの違いなだけで。
そう考えると、隠れゲイの俺なんてそんなに珍しいものじゃないだろうから、やっぱり俺なんかに特別なことなんて何一つ無いのだろう。
この世界は、同性愛は至って普通な話らしい。
まぁ、異性愛が主流ではあるが、同性愛者もざらにいる。
そういった意味ではこの世界もよくある異世界ではないのかもしれないけれど、それでもだからって何か生きやすくなった訳でもない。
「ありがとう。今行くよ。」
元の世界でもこの世界でも、自分からは動かない精神的ナマケモノ特有の息苦しさは変わらない。
それにアンナがもしも誰かと結ばれた時は、俺は用済みとなるだろう。
アンナは良い子だから、いつか盲目であることを気にしない王子様が迎えに来る筈。
その時が来たら、俺はこの街を離れようと思う。
もしかしたらあっさりと魔獣に食われてしまうかもしれないが、どうせ俺みたいなモブが死んだところで、誰の何にも影響を及ぼさないのだから。
とはいえ別にトラックに轢かれたとかじゃないし、すっごいチートを持ってる訳じゃない。
誰かの転移に巻き込まれた訳じゃないし、異世界転移した先にあったのは煌びやかな王宮でもなかった。
じゃあ真っ暗な森の中で、魔獣に襲われそうになったのかと言われるとそうでもない。
普通に出勤中に歩いてたら街外れの、でも人通りのそこそこ多い森の中に転移させられた訳だ。
誰からも事情を説明されておらず、軽くパニックを起こす俺を拾ったのは優しい老夫婦………でもなく、目が不自由で街の人達から忌避されている少女だった。
何もかも普通じゃない環境に放り出された俺は、それでも少女………アンナと寄り添い懸命に生きることを決めた。
それしか選択肢はなかったとも言える。
初めのうちは厄介者である少女が得体の知れない人間を連れて来たと警戒していた街の人達も、俺が毎日毎日必死に仕事を請うては低賃金でもこなすことでその警戒をなんとか和らげることが出来た。
警戒すること、忌避すること、憎むこと、怒ること。
それらは想像以上にエネルギーを使い、やがて疲れ果ててしまう。
街の人達も警戒を無くした訳では無いけれど、俺達を常に見張ることはしなくなっていった。
仕事と言っても、俺は基本的に雇い主の店には行かないという姿勢を貫いてるのも警戒を弛める理由にはなってると思う。
俺自身が窃盗等の濡れ衣を着せられないようにする為のものだが、俺みたいなのが何時間も傍に居ない、でも仕事は仕上がってるというのは住民たちにとっても楽なことなんだろう。
雑務ばかりだから、店内の効率も上がるのかもしれない。
俺としては濡れ衣を着せられる可能性も減らせるし、アンナの傍に居れる。
一石二鳥だった。
アンナは盲目だが、きっと誰よりも自立した人だ。
俺の手なんて借りなくても、生きていける。
寧ろ俺という世間知らずこそ、アンナの足でまといになっていた。
けれどもアンナは其れで良いのだと笑う。
傍に居て、話し相手になってくれるだけで良いのだと。
その言葉は俺が常に願っていた言葉で、アンナはただ寂しかっただけだからそう言ったのかもしれないが、俺にとっては救いの言葉のように聞こえていた。
「シュー、ご飯にしましょう。」
仕事を淡々と処理する俺に、アンナがそう声を掛ける。
俺の名前は柊弥だが、この世界の人達的には発音しにくいらしく俺は【シュー】と名乗ることにした。
別の世界、別の名前。
なんだか元の世界を捨てたような気分になったが、不思議と悲しみや寂しさは出てこなかった。
俺はどこにでも居る普通の陰キャで、どこにでも居る普通の非モテで、どこにでも居る子供に関心のない両親の下で育った男だったからかもしれない。
元の世界に、そこまでの未練は思い付かなかった。
特別なことなんて何一つ無い。
もしあるとすれば、性自認がゲイであることか。
でも言い方は悪いけどゲイなんてどこにでも居る。
オープンにしてるか隠してるかの違いなだけで。
そう考えると、隠れゲイの俺なんてそんなに珍しいものじゃないだろうから、やっぱり俺なんかに特別なことなんて何一つ無いのだろう。
この世界は、同性愛は至って普通な話らしい。
まぁ、異性愛が主流ではあるが、同性愛者もざらにいる。
そういった意味ではこの世界もよくある異世界ではないのかもしれないけれど、それでもだからって何か生きやすくなった訳でもない。
「ありがとう。今行くよ。」
元の世界でもこの世界でも、自分からは動かない精神的ナマケモノ特有の息苦しさは変わらない。
それにアンナがもしも誰かと結ばれた時は、俺は用済みとなるだろう。
アンナは良い子だから、いつか盲目であることを気にしない王子様が迎えに来る筈。
その時が来たら、俺はこの街を離れようと思う。
もしかしたらあっさりと魔獣に食われてしまうかもしれないが、どうせ俺みたいなモブが死んだところで、誰の何にも影響を及ぼさないのだから。
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