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ようこそ、ここは―――
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それから結局どうなったかといえば、どうにもなってない。
ただ俺は翌日には女将に来月で辞めることと、婚約破棄についての慰謝料の相談をした。
厄介事には、巻き込まれたくなかったから。
たった一日ではあったけど、アレックスの新人ちゃんに対する献身ぷりは既に噂になって女将さんの耳に入ってしまっていて、慰謝料は寧ろこっちが払うし、だから残って欲しいとまで言われた。
嬉しい話ではあるが、異世界人であることを隠している以上そもそも俺自身がトラブルの元みたいなモノだ。
給料が良かった分そこそこ金額も貯まってきていたし、街という大きさには拘らず、どっか土地の安い田舎の村とかでのんびりスローライフも良いかもしれない。
人生舐めた考えだけどな。
そう考えると、折角くれると言っている慰謝料は貰った方が良いのでは?とも思うが、受け取ったことでトラブルになるのも嫌だし………大体、俺はただモブの筈なのになんでこんなにトラブルに巻き込まれてるんだ?
そもそもからして俺は事なかれ主義だというのに、異世界転移というトラブルが、次から次にどんどん新しいトラブルを呼び込んで来て困る。
急に混乱してきて、俺は兎に角慰謝料は要らないし辞めさせて欲しいと頭を下げてそこだけは完璧に終わらせてきた。
「………と、いう訳だから俺もう来月には出て行くし、安心してね。」
「は?えっ?どういうこと?」
何故か引き留めようとする女将を逆に必死に説得して、俺はなんとか来月に一身上の都合で退社することになった。
婚約も、破棄じゃなくて穏便に解消。
俺の希望で誓約書も書いたし、女将も女将でこれだけはさせて欲しいと紹介状を貰えることになった。
ぶっちゃげこの世界、紹介状が無いと転職なんて無理なんで有難く頂くこととする。
丸一日使ってしまったが、この際全部を終わらせてしまおうと俺はアレックスにちゃんと事情を説明することにした。
皆の前だからといつものように伸ばされた腕をするりと避けて、後のトラブル防止の為にその場に居た全員には目撃者になってもらう。
「婚約は破棄じゃなくて解消になったから、慰謝料も用意出来なくて申し訳ないけど………」
「いや、いや待って!待って何でそんな話になったの!?」
グッと肩を掴まれ、怒鳴るように詰め寄られる。
なんでそこまで言われなきゃいけないんだと、流石に俺も不快に思った。
そもそもこの婚約は俺に利益があっても、アレックスには何の利益も無い。
だからアレックスが恋をしたのならば、俺が身を引くというのは当たり前の話なのだ。
「だって、君はもう婚約したい人が出来ただろう?」
「………え?」
「昨日一緒に居た新人ちゃん、あの子のこと好きなんだろう?」
俺がそう言うと、アレックスがみるみる驚愕の表情を浮かべる。
何故そんなに驚くのかが分からない。
もしかしてアレックスから言い出すと俺が縋ると思っていた?
困るなぁ………
「婚約者持ちだと、口説くことも出来ないだろ?そんな不誠実なことして欲しくもないし………どの道俺は仕事辞めるつもりだったから、丁度いいなって思ったから。」
気にしなくていいんだよと、アレックスに告げる。
俺の方が年上な訳だし、惚れてるんだと思ってるなら言い難いよなー。
分かる。
だからこそ、必死に回転の悪い頭を動かして、なるべく気負わなくて済むような言い方をした。
「好きな人には、ちゃんと誠実で居ないと。」
先輩に対してもアレックスに対してもけして誠実じゃなかった俺が言えた義理じゃないんだろうけど。
まだ何か言いたげなアレックスの手をやんわりと離してやる。
ケンカしたい訳じゃないし。
「じゃあ、俺仕事に戻るから。」
一か月、ちょっと気まずいかもしれないけど我慢してくれると嬉しい。
俺はそう言い残して、さっさと持ち場へと戻る。
常連さんにもキチンとご挨拶をしなければ、商会の沽券に関わるからね。
なんだかんだで、この職場が俺は好きだった。
最後まで、ちゃんとしっかりと職員でいようと思えるくらいには。
ちなみに、先輩にはもう来月で辞めることは伝えてる。
反応は至って普通。
『そうか、寂しくなるな。』
俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でて、それだけ。
酔った席での戯言を信じてた訳じゃないけど、寂しいなと思ったのは事実だ。
でも仕方ない。
俺と先輩って、ただの職場の先輩と後輩だしね。
ただ俺は翌日には女将に来月で辞めることと、婚約破棄についての慰謝料の相談をした。
厄介事には、巻き込まれたくなかったから。
たった一日ではあったけど、アレックスの新人ちゃんに対する献身ぷりは既に噂になって女将さんの耳に入ってしまっていて、慰謝料は寧ろこっちが払うし、だから残って欲しいとまで言われた。
嬉しい話ではあるが、異世界人であることを隠している以上そもそも俺自身がトラブルの元みたいなモノだ。
給料が良かった分そこそこ金額も貯まってきていたし、街という大きさには拘らず、どっか土地の安い田舎の村とかでのんびりスローライフも良いかもしれない。
人生舐めた考えだけどな。
そう考えると、折角くれると言っている慰謝料は貰った方が良いのでは?とも思うが、受け取ったことでトラブルになるのも嫌だし………大体、俺はただモブの筈なのになんでこんなにトラブルに巻き込まれてるんだ?
そもそもからして俺は事なかれ主義だというのに、異世界転移というトラブルが、次から次にどんどん新しいトラブルを呼び込んで来て困る。
急に混乱してきて、俺は兎に角慰謝料は要らないし辞めさせて欲しいと頭を下げてそこだけは完璧に終わらせてきた。
「………と、いう訳だから俺もう来月には出て行くし、安心してね。」
「は?えっ?どういうこと?」
何故か引き留めようとする女将を逆に必死に説得して、俺はなんとか来月に一身上の都合で退社することになった。
婚約も、破棄じゃなくて穏便に解消。
俺の希望で誓約書も書いたし、女将も女将でこれだけはさせて欲しいと紹介状を貰えることになった。
ぶっちゃげこの世界、紹介状が無いと転職なんて無理なんで有難く頂くこととする。
丸一日使ってしまったが、この際全部を終わらせてしまおうと俺はアレックスにちゃんと事情を説明することにした。
皆の前だからといつものように伸ばされた腕をするりと避けて、後のトラブル防止の為にその場に居た全員には目撃者になってもらう。
「婚約は破棄じゃなくて解消になったから、慰謝料も用意出来なくて申し訳ないけど………」
「いや、いや待って!待って何でそんな話になったの!?」
グッと肩を掴まれ、怒鳴るように詰め寄られる。
なんでそこまで言われなきゃいけないんだと、流石に俺も不快に思った。
そもそもこの婚約は俺に利益があっても、アレックスには何の利益も無い。
だからアレックスが恋をしたのならば、俺が身を引くというのは当たり前の話なのだ。
「だって、君はもう婚約したい人が出来ただろう?」
「………え?」
「昨日一緒に居た新人ちゃん、あの子のこと好きなんだろう?」
俺がそう言うと、アレックスがみるみる驚愕の表情を浮かべる。
何故そんなに驚くのかが分からない。
もしかしてアレックスから言い出すと俺が縋ると思っていた?
困るなぁ………
「婚約者持ちだと、口説くことも出来ないだろ?そんな不誠実なことして欲しくもないし………どの道俺は仕事辞めるつもりだったから、丁度いいなって思ったから。」
気にしなくていいんだよと、アレックスに告げる。
俺の方が年上な訳だし、惚れてるんだと思ってるなら言い難いよなー。
分かる。
だからこそ、必死に回転の悪い頭を動かして、なるべく気負わなくて済むような言い方をした。
「好きな人には、ちゃんと誠実で居ないと。」
先輩に対してもアレックスに対してもけして誠実じゃなかった俺が言えた義理じゃないんだろうけど。
まだ何か言いたげなアレックスの手をやんわりと離してやる。
ケンカしたい訳じゃないし。
「じゃあ、俺仕事に戻るから。」
一か月、ちょっと気まずいかもしれないけど我慢してくれると嬉しい。
俺はそう言い残して、さっさと持ち場へと戻る。
常連さんにもキチンとご挨拶をしなければ、商会の沽券に関わるからね。
なんだかんだで、この職場が俺は好きだった。
最後まで、ちゃんとしっかりと職員でいようと思えるくらいには。
ちなみに、先輩にはもう来月で辞めることは伝えてる。
反応は至って普通。
『そうか、寂しくなるな。』
俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でて、それだけ。
酔った席での戯言を信じてた訳じゃないけど、寂しいなと思ったのは事実だ。
でも仕方ない。
俺と先輩って、ただの職場の先輩と後輩だしね。
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